天然ギャルちゃん、幽霊を(無意識に)ボコす
ミズクラゲ
第1話
満開だった桜が散ってゆき、通学路は葉桜の並木道へと移り変わった。辺りは桜の花びらが散りばめられ、舞うように人の行く場を花びらが降り注いでいる。そしてその光景を照らすように、水平に傾いた太陽が一直線上に光を放っていた。
見上げた空は瑠璃色の夜と朱色の夕日に挟まれ、グラデーション豊かで写真映えしそうである。
現に隣を歩いていた私の友人は突如立ち止まり、手にスマホを持って写真撮影を始めている。
「いいの撮れた?」
私は彼女に駆け寄ると、持っているスマホの写真を覗き込む様に見る。
「めっちゃ、良いの取れた!特にコレッ!!」
「見てみて!」と言うように顔を嬉しそうに輝かせて写真を私に見せてくる。
スマホ画面には並木道と空が写っていた。そこに丁度、水平に傾いた太陽が並木道を朱色の光で包み込んでいる。
見慣れた通学路が炎に包まれている光景の様に見え、とても芸術的な写真だなと私は強く感じた。
「逆光が炎みたいですごい芸術的…!上手く撮ったね。」
「専門的評価ありがとう~!インスタに載せたらバズるかな!」
「専門的評価って言い過ぎだよー。」
楽しそうに写真加工している友人、あや(彩花)に対して私、ひな(日向)は苦笑を浮かべる。
それから私とあやは他愛のないくだらない話を続けていた。すると、カンカンという機械音が近くで鳴り響いた。
びくりと驚いた私はその音源を確認する。それは一定のリズムで音を鳴らしながら、赤い色のライトを点滅させている、踏切だった。
そして今、踏切の遮断機がゆっくりと動き始めていた。
「ヤバッ、ひな走るよ!」
「あっ、うん!」
それに気付いたあやが私に声をかけて、走り始める。私もあやに続いて走り出した。
遮断機が降りきる前になんとか私たちは踏切を越えることができた。
「ふぅー間に合った…。ここの踏切、待ち時間長いんだよな。」
あやと私は一息付いて、乱れた呼吸を整える。
踏切ぐらい待てばいいだろと思うけど、ここはそうはいかない。さっきあやが言ったように、ここの踏切は待ち時間が他の場所と比べて少し長い。踏切音がうるさい中で時間を潰したくないので、私たちは息を切らしながらも走ったのだ。
短い距離だけど、全力で走ったから疲れたな。後でジュースでも買お、とモチベーションを上げて再び歩きだそうとした時、不意に私は背後で何かを感じた。
それと同時に背筋が凍る様な寒気も起きる。さっき走ったから汗でもかいて冷えたのだろうと私はそう思った。だけど一応念のため、と背後を振り返った。
それを見た途端、私は固まってしまった。
遮断機が降りた踏切の中で白いワンピース姿の女性が突っ立っていた。
えっ…なんであそこに……というかこのままだとあの人…。
女性はそこから動く気配を見せない。
自分が取るべき行動はわかっているはずなのに、あまりにも異常なこの光景に私は立ち竦んでしまう。
「ひな…?どうしたの?急に立ち止まって…。」
私が立ち止まっていることに気付いたあやが不思議そうな顔をして近づいてきた。踏切の様子には気付いていないみたいだった。
「あ…あそこに……女の人が……。」
私は声を引き絞り出して、震えた指で踏切の方を指した。
だけど、あやから帰ってきた返事は思わぬものだった。
「女の人って……誰もいないけど?」
「……えっ………」
その瞬間だった。ゴォーと音がすると同時に電車が踏切を横切った。
電車が風を切る音と踏切音が共鳴して唸りをあげているかのように聞こえる。さっきまで車のエンジン音や子供の喋り声が聞こえていたはずなのに、今はこの唸り音しか聞こえない。
電車が横切った時間は数十秒程度のはずなのに私にとってこの時間はとても長い数十秒だった。
電車が消えると音やライトの点滅は止み、何事もなかったかのように遮断機が上がり始める。そこには女性がいたであろう痕跡が一つも見当たらなかった。
私はこの状況を呆然と眺めていた。
「…ひな、大丈夫?」
私の異様な状態を察したのかあやが心配そうに声をかける。
「大丈夫…ただの貧血だよ。さっきのは私の見間違いらしい。」
取り敢えず私はあやに心配かけないように明るく振る舞う。
”あれは見間違いだ”と自分に言い聞かせ、気を取り直して歩きだそうとした時、私は目の前の光景を見て氷のように固まってしまった。
私たちの数距離先に先程の女性がいたのだ。だけど私が驚いたのはそこじゃない。
その女性は”腰から下“がなかった。地面に這いつくばるよう、うつ伏せになっていた。
着ていた白いワンピースは破れ、赤黒い色に染まり、腕や顔に血と土埃がこびりついている。そして女性は私たちをじっと睨んでいた。
とてもじゃないがあれは、人とは思えなかった。いやそもそもあれは人と呼んでいいのか。
普通、腰から下が欠損した人間なんて生きていられるはずがない。それにあんな重症な人がいるのに誰も気に留める様子がない。
それはあやも同じだ。あやはさっきから私の様子に違和感を覚えたのか、心配そうにこっちを見ている。
あやにはあの女性が見えない。見えているのは私だけ。
…じゃあ、あの人はもしかして……幽霊……?
そんな思考に私はたどり着いてしまった。
その時、早くこの場から去らなければ、という防衛本能に近い感情が込み上げてきた。だけど、底知れない恐怖が私の思考と判断を止めてしまう。
すると私たちを睨んでいた女性は突如、ズルズルと両腕を器用に使って体を引きずり、こちらに迫ってきた。赤ちゃんがするようなずりばいに近い動き方なのに、人が走っているとき同じ早さをしている。
「あ、あや……早く…行こ…!」
身の危険を感じた私はあやを連れてこの場から逃げようする。だけど
「えっ、なになに急にどうしたの?!」
あやにはあの女性が見えない。だからか、急な私の行動に困惑して、この場から動こうとしない。
私はあやをこの場から離れさせようとしたけど、恐怖に染まった思考は賢明な判断を鈍らせてしまう。そうこうしているうちに、女性は確実に私たちの方へと近付いてきていた。
迫ってくる危機から逃げ出したかったのに、体がいうことを聞かなく、震えと寒気が止まらない。けど女性はそんな私とは違ってどんどんスピードを早めていく。
充血した眼から血を流し、殺意の様な眼差しをした悪意の表情が私の目の前に差し掛かろうとしたとき、
「お、お姉ちゃんたち!そのボール取ってー!!」
女性のいる所から数距離先に、小学生くらいの男の子が慌てて私たちの方へ走ってきているのが見えた。
その前には男の子が使っていたのだろうサッカーボールが勢い良く転がっていて、どうやらボールを追いかけているらしい。
だけど今はそれどころじゃない。急いで逃げないと…!そう思っていた私だったけど…。
「このボール?よーし!私が華麗に返してあげる!」
「えっ、ちょ…あや…!」
あやは私の制止を聞かずに、転がっているボールに向かって呑気に走り出す。しかもまずいことに、あやが走り出した方きは丁度女性がいる方面であった。
まずい…このままだとぶつかっちゃう…!
あやと女性をお互い減速するどころか加速していき、ぶつかることを気にしていない様子だ。(あやは幽霊の存在を知らないけど…。)
血眼になって険しい顔をしている幽霊の女性と楽しそうに笑っている私の友人、対になった二人が面と向かって走っている光景はまさにカオスの極みであった。
すると突然、あやは走るのを止めて、蹴りの構えをする。女性のことばかり気にしていた私だったから気付かなかったけど、女性の真後ろを転がっていたボールがいつの間にか女性を追い抜かそうとしているのが見えた。
やばい…!止めないと…!!
恐怖でいっぱいであった私だったけど、何とか行動に移そうと考える。だけどこの後に起きた出来事は私の想像の遥か斜め上であった。
あやは転がっているボール目掛けて勢い良く蹴ろうとした時、それは起きた。丁度そのタイミングで、ボールが女性の体を貫通(幽霊だから透ける?)して、女性の顔と重なるよう合体した。
あやはそんなことを知らずに、ボールとフュージョンした女性の顔面ごとボールを蹴りあげてしまう。
「シューートッ!!」
元気良く声をあげたあやの足元から、ミシミシと女性の顔がめり込み、醜い顔へと変形する音が聞こえる。しかしそれもつかの間の話、『カキーン!』と野球のバットでボールを打ったかのような響き音を立てると女性はボールと一緒に天高くぶっ飛んだ。
そして吹っ飛ばされた女性は、まるでアニメの悪役が倒され、一番星となって飛んでいく様に見えなくなり、最後に一瞬だけキラリと輝いた。
その数秒後、サッカーボールだけが男の子の近くに落ちる。
「ありがとう!ナイスシュートだったよお姉ちゃん!」
「えっへん!」
あやは自分のシュートに胸を張る様に堂々として、にっこりと笑っていた。
…へ……?え、なにが起きたんだ一体……
あまりの情報量の多さに私の頭の容量はパンクしてしまい、脳内で浮かんだ言葉が倒置法になってしまう。
端から見たら和やかな光景、だけど私にとっては異様かつ訳のわからない光景だった。
……よし…!一旦整理しよう。まず…あやと私が歩いていたら女性の幽霊に襲われそうになった。それで偶然サッカーボールが転がっていて、あやはそれごと幽霊を蹴飛ばした…………待て全っ全意味わからんっ!!
冷静に考えようとした私だけど、逆に困惑してし、冷や汗をダラダラと流す。
いやいや可笑しいでしょ?!幽霊って物理的攻撃とか効くのか普通?!しかもなんでサッカーボールなのにバットで打った時の響き音がするの?!基本的なところから狂っていやがるよ?!!
心の中の私は人格が変わる勢いでツッコミの連打をした。
まてそれよりも、人の頭ってあんな風に蹴れるものなのか?おまけ漫画で見たような、人の頭を使ってサッカーしたのはわかる。けどあの人、腰まであったよね。明らかにボールよりでかかったよね。…え、マジでどゆこと…??
常識的かつ基本的なことが狂ったこの出来事は私の頭をパンクさせる。
あやが強すぎたのか、あの女性の幽霊がとてつもなく弱かったのか…。
私は異様な困惑のあまり、なんかどうでも良く感じた。
取り敢えず、あやも無事そうだし良いか!……まあ、あのバットの響き音が、スマブラに出てくるホームランバットの効果音に似ているなと思ったことはもう忘れよう。
そう思うことにして私は、カオスで埋め尽くされたこの出来事を乗り切った。
「っ!ねぇひな!コンビニスイーツ新しいのが出たらしいから買いにいこうよ!」
すると、あやは子供がはしゃぐように慌てながら、スマホの検索画面を私に見せてきた。さっきまで幽霊を物理という力でねじ伏せたことも知らずに。
まあ、一件落着ってことかな…。もう、この事について考えるのやめよ…。
「…そうだね。新作スイーツすぐ売り切れちゃうしね!」
そう言って、私たちは呑気にスイーツ検索をしながら再び歩きだす。
…あの女性の霊、無事成仏してくれるといいけどな。
ふとそう思った私はあやの”足元”を見た。
あやの足元付近には何なのかは分かりたくない、破片の様なものがパラパラと落ちていた。そしてそれは灰を放出しながら小さくなっている。
私はそれを青ざめた表情をして眺めていた。
…成仏ともかく、恨まれなかったらいいか。…取り敢えず次の休みにあやをお祓い屋に連れていこう…。
私はそう考えて今日を乗り越えた。
天然ギャルちゃん、幽霊を(無意識に)ボコす ミズクラゲ @ricorice
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