歯が痛すぎるから今度献血に向かう
脳幹 まこと
良い意味でヤケクソ
その日は死ぬほど立て込んでいた。
仕事が山のように押し寄せてきて、徹夜上等だった。実際徹夜した。その時は猛烈にハイだった。背水の陣を立てようと絶対に寝ないように心がけたのだ。
仕事がひと段落、というか相手先がようやっとOKを出したので寝たのだ。OKを出すまで終われないって、生殺与奪を握られている感じがして最高にクールだった。
で、その日を境に突然、右側で噛めなくなった。
目が覚めて、歯をカチカチならした瞬間「まず……」と思った。
なんというか右の奥歯の挙動がおかしい。グラグラとはしないけど、神経にキた時特有痛みが走ってくる。痛みと気持ち悪さと底知れなさがない交ぜになった防御不可の痛みだ。
ああ、変な寝方しちゃったかな、大したことないよきっとHAHAHAと思って飯を食べてみる。
一口目で察した。「昨日までのキミに戻ってよ」なんてキザな台詞なんてはける余裕もなくひゃあああと叫んだ。
ネットで調べてみると、噛んだ時に痛くなるという症状は、別に虫歯に限った話でもないらしい。歯ぎしりなどが強くて捻挫のような状態になっていたり、根がひび入ったり割れても症状があるそうだ。
何が分かったか。自然治癒する可能性もあるよということだったのだ。
なんだなんだ、直る可能性もあるのか。まあ、歯痛って色々パターンあるしちょっと様子見しましょ、と安堵のひと息をついた。
とんだ大馬鹿野郎である。
一週間後、顔面蒼白になっている自分がいた。
……あ、やばい、これ、詰んでるわ。
ロクに飯食えないし、寝るのもヤバくなってるわ。
自然治癒とやらに一体どれだけ時間がかかるのかは知らないが、おそらくあと一週も持たない。
かかりつけの歯医者さんにすぐさまTELをする。
「耐えられそう?」「無理です」「じゃあ明日即来て」
アキネイターもびっくりの速度で正解が出てきた。
翌日、仕事帰りに直行。平日の夜というのもあって人はそれなりにいた。
しばらく待ってたら呼ばれて、デンタルミラーで右の歯を一通り叩かれる。
「ここは」「大丈夫」「ここは」「大丈夫」「ここは」「あひぃ」「ここね」
ワニワニパニックの気持ちが少しわかった気がした。
というわけでレントゲンを撮ってみる。いや、明らか横からトンネルみたいに穴空いてるように見えるんですけど、大丈夫っすかね。
ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、虫歯というのは別に上から穴が出来るとも限らない。ひび割れなどから侵入し横に広がるケースがある。
この場合、見た目以上に広がってて手遅れというパターンも考えられるのだ。
「見た限り問題はなさそう。トンネルみたいに見えてる箇所も実際に穴が開いているわけではない。だけど、私生活に影響出るようなら神経取るしかないかな」
ため息をつく間もない。バリバリ支障出てるのだ。秒で頷く。
神経を取る。歯の寿命が縮むとか、虫歯の進行に気付きにくくなるとか、色々なデメリットがあるが、何よりも根管治療はクソみたいに痛い。というか怖い。
麻酔が効いていれば問題ないかもしれない。だが、十分に効いていなかったり、生きてる神経が存在した場合、神経に針をぶっ刺すことになる。
麻酔が投入される。何本も何本も刺されているように見える。これが最低限の命綱だ。
それ以上はもう、先生を信頼し、天に間抜け面と祈りを捧げるしかないのだ。
で、結論から言うと、神経死んでた。
この右奥歯は前回施術した際に虫歯を取ってもらっていたのだが、実は予想以上に奥まで蝕んでいたらしい。
簡単に言うと「お前はもう死んでいる」状態だったのである。ダメなものはダメだった。
そんなの前回教えてくれよお、とは一瞬思ったのだが、実際に頭の調子が悪いからって脳をかっぴらく人はいないのと同じで、概算しかないのである。
だから歯医者に駆けつけたのは正解だったということだ。
とりあえず、長きにわたる根管治療が始まった。今のところは痛みは引いている。誤って右の奥歯跡地で噛んでしまうとおぎぃぃぃと叫びたくなるほど痛いが、制御出来る時点で随分マシである。
痛みに対する恐怖はこれで一時的に過ぎ去った。
しかし、このままでは悪いイベントとして終わってしまう。
あの独特な痛みを覚えているうちなら、大概の痛みならいけるだろう。今の自分は痛みマスターなのだ。是非ともこの状態を利用しなくては。
この勢いを使って、献血に出向こうかなと思った。東京から名古屋に旅行行くときに帰り道に静岡にも寄ってみようとかそういう気分で。
あれもどでかい注射針の印象やら、血が抜かれる時(というか針が体内にあるという)の気持ち悪い感覚やらは相当なのだが、まだマシなはずだ。
……腕のいい看護師さんに挿してもらえることが大前提だが。
歯が痛すぎるから今度献血に向かう 脳幹 まこと @ReviveSoul
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