第10話 それから(兄弟視点)

 沢井穂乃が去った後、奏斗はやれやれと肩の力を抜き、壁にもたれかかった。


「なんか変なヤツだったな、沢井って。妙に達観してて」


「ま、バレたのが彼女で良かったんじゃない? 損得勘定がしっかりしてるから、僕らの敵にはならないよ」


 ……決して味方ではなさそうだけど、と律希は内心付け加えた。


「でもさ、なんかムカつくよな。俺らが沢井を調べてるってはなから疑って。そんな失礼なことするかよ」


 憮然と顔をしかめる弟に、兄はサラリと、


「実は、興信所の調査書が週末届く」


 奏斗はかくんと顎を落とした。


「は!? リツ、本当に調べてたのか!?」


「手札は多い方がいいからね。こっちは先に弱みを握られてるんだから、対抗策は練っておかないと」


「うわー、エグっ。我が兄ながらやり口が汚い」


「あはは、褒め言葉だと思っとく」


 ドン引きな奏斗に律希は悪びれない。


「こっちだって必死だよ、人生かかってるんだから。いきなり現れた異分子にせっかくならした場を荒らされたくない」


 沢井穂乃が自ら言っていたように、この学校での立場は真城杜兄弟――特に律希――の方が上だ。しようと思えば一介の女子生徒を退学に追い込むなんて造作もない。……そんなことはしたくはないけれど。


「なんにせよ、彼女が僕達と関わりたくないのならそれで一件落着だよ。このまま無事に卒業まで過ごせばいい」


「ああ。そうだな」


 奏斗は頷いてから……少しだけ、俯いた。


「どうしたの? カナ」


 不思議そうに顔を覗き込んでくる律希に、奏斗はへらりと笑う。


「大したことじゃないが。ただちょっと残念だったと思って」


 何が? と首を傾げる兄に、弟は躊躇いがちに、


「俺達、ずっと『律希』と『奏斗』を演じて来たろ? 両方本来の性格でもない、自分達で創ったキャラクターを。だから沢井に見破られた時、驚くと同時に微妙に期待したんだ。素の自分を見てくれる他人の存在に。あ、今の生活に不満があるわけじゃないぞ? ただ、ほんの少し、人生の風通しが良くなりそうだなと思っただけ」


 ……閉塞した世界を変える風穴が欲しかった。

 黙って奏斗の言葉を聞いていた律希は、ポツリと呟いた。


「そうだね、拒絶されるのは痛いよね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

私が双子と共犯関係になるまで 灯倉日鈴 @nenenerin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ