1.5歩目 侵食②

風が短い青髪を揺らす。両サイドの刈り上げを通る風が心地よい。

黒いTシャツに白のパーカーを羽織ったラフィエルの兄であるティルビィはビニール袋を片手にラフィエルのいる病院に向かっていた。

早くて1週間で退院できると聞いていた話が、延期になったりラフィエルが倒れたりと、何かしら起きて未だラフィエルあいつは退院できていない。


「ラフィエルに悪いことしたなぁ...」


ラフィエルが目を覚ましてから次の日に会いに行くと言って会いに行った。もちろんその次の日も行くつもりだったが、サボっていた分の課題提出やら担任との面談やらでしばらく行けていなかった。

手に持つ袋の中には、オレが食べる用の昼飯とあいつ用に買った本が入っている。


「あいつ喜ぶかなぁ」


好きだと言っていた作家の新刊が出ているのを見つけ、あいつの喜ぶ顔を思い浮かべながら即購入した。

意気揚々と病院に辿り着くと、そこには警察と救急車が集まっていた。病院の入り口はブルーシートで囲われ、武装した警察が銃を手に中の様子を伺って突入していく。

その様子を見て身体が固まった。


何が起きてる…?何が起きた…?警察と救急…


ラフィエルが最初に搬送された病院での凄惨な出来事が頭を過った時には、俺の身体は警察らの声も制止も聞かず、無理やり病院に押し入った。


エントランスに入って目の前に広がったのは、倒れた大勢の人と血の海だった。独特の生臭い匂いが鼻をつく。

その光景に一瞬脚が止まったが、恐怖よりもラフィエルの安否確認の方が優先だと脳が命令を下し、俺は駆け出した。

血の海を踏みつけ、その拍子に跳ねた血が服に付着する。白いパーカーと黒いTシャツ、カーゴパンツに血の色はよく映えた。

走っても走っても、人が倒れ続けている。

途絶えることのない血の海。時々足を滑らせ、よろけてしまうが立ち止まることはしなかった。


「ラフィ!」


ラフィエルの病室に着いたが、中はラフィエルを除いた患者と看護師しかいなかった。

彼らは既に絶命していた。


「いない…どこにいるんだよ…!」


他の病室の中に隠れている可能性もある…そう思って移動しながら一つ一つ確認していったが、ラフィエルの姿は見つからない。

今いるフロアの最後の病室に望みを賭け確認したが、あいつは居なかった。


「なんで…どこに…」


他のフロアも探そう、そう思い階段に向かった。

その時、カツン、と靴音が下の階から聞こえた。カツン、カツン…その音は近づき、また遠ざかっていく。

その音がする下の階に急いで向かい廊下に出た。


スーツを着た大人と、武装した大人が3人…廊下を歩いていた。警察だと思い俺は声をかける。


「あの!」


よく響いた俺の声に、4人は足を止めこちらを向いた。


「(…あれ、あの武装した奴らの服、国境とかにいる警備員と同じ…?)」


武装した奴らが俺に銃口を向けた。それに俺は即座に両手を上げ敵意がないことを示し言葉を続ける。


「あの、俺、ここに居る弟を捜しているんです。俺よりも水色に近い髪色に、俺と同じ眼の色をした少年を…見ま…」


スーツを着た大人が子どもを抱えていることに気づいて、俺の声は最後まで言葉を紡がなかった。

その子供の髪色があいつと同じ色だったから、まさかと思って尋ねる。


「…なあ、あんたが担いでるその子ども、よく見せてくれないか。」


そう言うと、男は少しだけこちらに身体を傾けた。


「…なぜそうする必要がある。」


そう答える男の身体が少しだけこちらに向いた時、その子供の顔が見えた。


「てめぇ、俺の弟抱えてどうするつもりだ?!」


返せ!そう叫んだ直後、首裏に強い衝撃を感じ、俺の視界はぐらついた。

立っていることもできなくなり、その場に倒れこむ。

薄れゆく意識の中で、俺は必死に床を這いずる。スーツの男は振り返ることもなく、足を進めどんどん遠ざかっていく…


「まて…ラフィ…」


俺の声は空しく、そのまま意識を手放した。





**************


「うぁああああああああ!!」


喉が痛い。

身体中が、全身に激痛が走り続けてる。

声を出さないと耐えられそうになくて、喉が切れそうになっても声を出し続ける。


「も…やめてくれ…頭が…割れる…!」


何もない白い床の上で僕はじたばたと暴れる。

無くならない痛みを紛らわすためには叫び続ける以外こうするしかなかった。

汗が止まらない、心臓がうるさい、全身で脈打つ音が感じ取れる。


「くそっ…もぅ…」


あの後僕は意識を失い、気が付くとこのだだっ広い真っ白な個室にいた。

そのときには既に僕の五首には拘束具が付いており、さらには鎖が繋がっていた。

首にはチューブのようなものがついており、それは天井へと続いている。


「だれか…」


…もう、どれくらいの時間この痛みに蝕まれればいいのだろう。

意識を失ってからそれだけの時間が経ったのだろう。

病院であった可笑しな空腹と渇きは無くならず、むしろ悪化している。


何度も舌を噛もうとした。

苦しくて苦しくて耐えられそうになかった。

だけど、歯には舌を噛み切れないようにマウスピースが付けられていた。

死のうにも死ねない。


じわ…と首から冷たいものが身体なかに入ってくるのが分かった。

身体中の痛みが、より一層強く走った。


「あああああああああ!!!!」


拘束具を外そうと思い切り引っ張るが外れる気配は全くしない。床でのたうち回っていると、壁の一角がガラス張りになっているところが視界に入った。その時、僕は一瞬痛みを忘れた。



白衣を着た大人の中に、が僕を見つめていた。



「っなん…あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」


そしてまた激痛が戻ってきて、いつの間にか僕は意識を手放していた。




**************




「……」


ふと意識が浮上する。

気を失う前にあった痛みは無くなり、代わりに気怠さが強く残っていた。


「あれ…ここ…」


意識が覚醒してくると、あの白い空間ではなくボロボロの小屋の中に僕はいた。

手足には拘束具と千切れた鎖。首には拘束具と千切れたチューブが着いていた。


「僕、どうやって外に…」


意識を手放してからの記憶はない。誰かが連れ出してくれたのかと思ったが、周りには他の人間の物らしきものは一切なかった。

気怠い身体を動かして外に出る。一気に差し込んできた光に目を瞑り、少しずつ目を慣らしていく。空を見ると雲一つない青空が広がっていた。爽やかな風が吹く。季節は初夏…くらいだろうか。いつから外に出ていなかっただろう。ひどく久しぶりな気がする。

辺りを見回すと少し離れたところに公園があるのを見つけた。


「水…のみたい…」


そう言えば、どれくらい風呂に入っていないのだろう。

喉の渇き具合から、水すらしばらくきちんと飲んでいない気がする。

 公園には誰もいなかった。僕は早く済ませようと急いで蛇口を捻る。冷たい水が口を潤し、喉、食道、胃と流れていく。


「はぁ…」


満足するまで水を飲み、そのまま顔を濡らす。来ていた服で顔を拭くと少しさっぱりした。

公園に建ってある看板を見て、今僕がどこにいるのかが分かった。


【バルニア国立公園】


僕が住んでいる場所から随分離れたところにある公園だった。


「見慣れない風景が広がってるはずだ…」


でもどの位置にあって、どう移動すれば良いのかは分かる。僕は目的地に向けて裸足のまま歩みを進めた。



**************


疲れた…


日が暮れかけている。

僕はあれから歩き続けた。お金を持っていないし、ヒッチハイクも怖くて出来なかった。そうなると移動手段は自分の足だけ。拘束具も付いているしと、周りに気を配りながら歩き続けてきた。

そしてやっとの思いで家に着いたが、家に明かりは点いていなかった。

もちろん鍵もかかっており、中入ることもできない。


「ラフィエル.....?」


名を呼ばれ後ろを振り返った。

片手にビニール袋を提げ、額に包帯を巻いているティルビィの姿があった。

視界が滲む。


「兄貴…!!」


涙を声にしたように、僕は思わず呼んだ。

身体の気怠さも忘れて、僕は兄貴の胸に飛び込んだ。それを兄貴はしっかりと、強く受け止めてくれた。兄貴の匂いと、温もりに包まれもっと涙が零れ落ちる。


「無事で良かった…ほんとに…おかえり。」

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ラフィエルの喪失 ZeRo. @Amber-xxx-00

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