29 平和であるということ

「相変わらず、何処にそれだけの量が入って行くんだか……」

「何処って、胃袋だろ」


 戦場から戻ったカイたちの姿は、青の王都アイオライトにある、城の一室に存在した。

 朱の王国マールスから正式な終戦の報せが届き、無事にアルヴァールの体を取り戻す事が出来た一行は、暫くの休養を言いつけられていたのである。


 そんなカイの部屋には、暇を持て余したスレイが遊びに来ていたようで、テーブル一杯に並べられた大量の食事を目にして、うんざりとした表情を浮かべている。

 いつもと変わらないそんな食事の光景に、スレイはため息を吐きながら窓の外へと視線を走らせた。


「すっかり、平和ムードだねぇ」

「そりゃあ、朱の王国マールスとの戦争が終わったんだから、そうなるだろ」


 彼らの居る窓からは、美しい王都の街並みと、雲一つない青空が広がっている。

 ネレイデスの加護により、王都を守る結界が機能しているおかげで、空には水の薄い膜が張られている事もここからは確認できた。

 鳥たちの囀る声が窓の外から聞こえてくる中で、カイは口を動かしながらスレイの言葉に不思議そうな視線を向ける。


「まぁ、そうなんだけどさ……結局、偽物の王様は何がしたかったのかね」

「さぁ、それを今朱の王国マールス側が調べてくれてるんだろ」


 スレイの何気ない呟きは最もである。

 結局、あの偽物の王が何を目的としてアルヴァールの体を乗っ取っていたのか、詳しい事情については調査中とのことだった。

 

 あの戦いからカイ達が戻って三日が経った訳だが、慌ただしいのは城で働く者たちのみで、窓の外から見える景色は普段と変わらない民たちの暮らしがあるようだった。





 王の使いが二人を呼びに来たことで、彼らは王の間に集められていた。

 別の部屋でゆっくりと休養をとっていたイリーナも、どうやら声がかかったらしい。そこには彼女の姿もあるようだった。


 三人がその場に集まった事で、青の王――キースは口を開いた。


 カイ達が戦いに赴く前日に、王冠の魔術師に襲撃されたと聞いていたが、大した怪我では無かったようで、玉座に腰かけるキースの顔色は至って血色が良いように見える。


「傷の具合はもう大丈夫か?」

「はい、お陰様でもうすっかり良くなりました」


 三人の様子をそれぞれ観察した相手は、カイの言葉を受けて静かに頷くと、真剣な表情を浮かべて続ける。


「そうか……此度の件、誠に感謝するぞ」

「いえ……俺一人では何も出来ませんでした……お礼ならこの二人に言ってください」


 王からの礼を受けて、カイは左右に立つ仲間達へと視線を走らせる。


「改めて、お前たちにも感謝を」

「恐れ入ります」

「勿体ないお言葉です、陛下」


 それぞれが頭を下げてその言葉を受け取ると、キースはそれから会話を続けていく。


「お前たちをここに呼んだのには理由がある……アルヴァール王がお前たちに用があるらしく、繋げと煩くて……――ネレイデス」

『――はい』


 その呼び声に反応して素早く姿を見せた水の精は、王からの命を待つように瞳を伏せていた。


の王に繋げてくれ」

『畏まりました』


 その言葉に従い、瞬時に目の前に水の球体を出現させたネレイデスは、状況が良く分かっていない三人に向けて優しく語り掛けてくる。


『どうぞ、そのままお待ちください』


 一体、何が起きるのかと三人が顔を見合わせていると、その水の向こうからは、急に映像が浮かび上がってくる。

 どうやらそこに浮かんだ水の球体は、ネレイデスの魔力が込められたものであるらしく、鏡のように何処かの光景を映しているようだった。


「アルヴァール王、約束通り彼らに繋げたぞ」


 名を呼ばれた王は、ゆっくりと視線を向けると何やらネレイデスが映しだした映像の中からカイたちに向けて語り掛けてくる。


『あぁ、助かるぞ青の王よ……』


 もしかしたら、水を経由してお互いの姿を映しだしているのかもしれない。

 至極当然のように、その状況を受け入れたアルヴァールは、カイたちの姿を確認するなり語り掛けてきた。


 その様子を見る限り、両国の王同士は仲良くしているらしい。少なくとも、戦争中の時とは雰囲気が全く違う印象を受ける。


『もう体の方は平気か?』

「……えっと、はい」


 カイが戸惑いながら答えれば、アルヴァールは淡々とした口調で続けた。


『ならば三人で此方に足を運ぶと良い。此度の礼に、うまい飯でも振舞ってやろう』

「え? でも、そちらはもう大丈夫……なんですか?」

『まぁ、忙しないのは変わらんが、特に問題はない。アグライアもお前たちに感謝が伝えたいと煩くてな』

『――王よ、失礼ながら。此度の件に関しては、しっかりとした形で感謝を伝えるべきだと思い、発言したまでです。彼らが居なければ、今頃我々はこのように平和を取り戻す事は出来なかったでしょうから』


 映像には映りこまないが、凛とした女性の声がすかさず聞こえてくる。

 どうやら、彼の側にアグライアが居るのだろう。

 最もな指摘を受けたアルヴァールは、なんとも言い難い表情を浮かべてカイたちに語りかけてくる。


『――と言うわけだ。色々と調べた件についてもお前たちは知る権利があるだろう。お前たちの都合が良い時にこちらに足を運ぶと良い、ではな』


 彼がそう言葉を口にした瞬間、相手はカイ達の返事を待たずに、一方的に通信を切ってしまう。

 ネレイデスが繋いでくれていた水の球体に、何も映らなくなったことで、カイは戸惑ったような声を上げた。


「――え?……もしかして、切られた……?」

『向こうが応答をしなくなったので、これ以上繋げる事は出来ないようです』


 ネレイデスの言葉を受けて、恐らくこうなることを予想していたキースは、ため息を零すなり、カイ達に視線を向けた。

 カイの隣に立つイリーナとスレイは、苦笑を浮かべている。

 そんな三人を見ながら、王は口を開いた。


「――全く……素直に足を運べと言えば良いものを……そういう事だ、体調が戻り次第、朱の王国マールスへ足を運んでくれ……」

「分かりました。それまでお世話になります」

「構わん、せっかくの機会だからな、ゆっくり休息していくと良い……それから、お前たちに報酬を渡しておこう」


 そう言って王が合図を出すと、ネレイデスがカイの前にやってくるなり一つの箱を差し出してくる。


「これは?」

『王のお言葉通り、今回のお礼となります。国をお救いくださった皆様には少ないかもしれませんが、お礼の気持ちです。どうぞお受け取りください』


 両手で持てる程度の箱は大きすぎるわけでもなく、かといって小さすぎるわけでもなかった。

 一体何が入っているのか、カイが首を傾げながら受け取ると、随分とずっしりとした重みが手のひらに伝わってくる。


「な、何ですかこれ?」


 カイがその重たい箱に驚きながら王を見上げれば、キースは当然の事のように答えた。


「言ったはずだ、だと。中身はお前たち三人で好きにすると良い。話は以上だ」


 どうやら、これで話は終わりらしい。

 そう宣言された三人は困った様子で互いに顔を見合わせると、ひとまずその場を後にするのだった。





 場所を移した三人は、カイの部屋に集まり、先ほど受け取った箱の中身を確認していた。

 渡された箱の中身は、大量の宝石が詰め込まれていたらしく、そこにある宝石を全て換金すれば、かなりの金額になる事が分かった。


 光輝く宝石を前にして、カイは困った様子で二人に質問を投げかける。


「これ、どうする? 三人で山分けしようか?」

「凄い数の宝石ですね……この量をどうやって分ければ良いでしょうか」

「俺の今回の報酬は相棒に食べ物を奢ってもらう事だったし、あの話だと朱の王から美味しいご飯を振舞ってもらえるらしいから、二人で半分ずつわけなよ」

「良いのですか?」

「もちろん」


 スレイの言葉に驚いた表情を浮かべたイリーナは、それから困ったようにカイに視線を向けてくる。

 今後も旅を続ける二人にとって、確かに資金は大切だ。かといって、それだけの報酬を二人で分けて良いものか迷っているのだろう。

 最終決定権を委ねられたカイは、小さく息を吐き、今回はその言葉に甘える事にする。


 もし、この状況でスレイに報酬を受け取って貰う方法があるなら、以前と同じ手段となるからだろう。だが今回は、街中で困っている子供たちの姿も見かけなかったので、難しいと判断したようだった。


「……じゃあ、お言葉に甘えようか?」

「分かりました。では有難く頂戴致します」

「どうぞ」


 カイの判断を受けて、イリーナが礼儀正しくスレイに頭を下げた。


「俺の方からも、有難うスレイ」

「どう致しまして」


 それぞれにお礼を言われて、スレイは何処か擽ったそうに笑っていた。


「……それじゃ、まずはイリーナが気に入った宝石、全部持って行ってくれないか? 俺は残り物で良いから」

「それでは不平等です……でしたら、スレイさんにこの宝石を分けていただくというのはどうでしょうか?」

「じゃあ、それでいこう。頼めるかスレイ?」

「了解」


 随分と欲のない二人の姿に、スレイは苦笑を浮かべてそう返事を返すのだった。



***



 朱の王からの誘いを受けた翌日、カイの姿は王都の街の中にあった。


 朱の王国マールスへ向かう前に、ここで買い物を済ませておこうという話になり、今日は旅の準備も兼ねてイリーナと出かける約束をしていたのだ。

 空には青い空が広がっており、街に広がる光景に目を輝かせる少女の表情は随分と明るい。


「色々物資も買いつつ、色々見て回ろうか」

「はい! 街の水路に魚が泳いでいるなんて、本当に凄い街ですね」

「そうだな」

「カイさんは以前いた世界では、どんな街に住んでいたんですか?」


 イリーナの歩く速度に合わせつつ、隣を歩いていたカイはその質問に記憶を辿るように空へと視線を走らせる。


「うーん……俺が居た都市は、ここほど自然が綺麗な場所じゃなかったからなぁ……ただ、街の人たちでいつも賑わっているような、普通の街だったよ」

「そうなんですね」

「逆にイリーナはどんな街に住んでいたんだ?」


 カイの質問を受けたイリーナは、どこか遠くを懐かしむように、青色の瞳を細めていた。


「私が生まれ育った場所は、白の王国ファティルの王都から少し離れた場所にある街で、緑が多い場所でした」

「へぇ、そうなのか。じゃあ、あの時白の王都ダイアモンドの側にいたのは、里帰りした後だったのか?」

「はい、そうなりますね」

「そっか」


 こうしてみると、お互いの事をあまり良く知らないのだなとカイは思った。

 カイ自身も、異世界から召喚された立場であることもあり、どこまで話して良いものか分からない部分があったからだ。

 

 隣を歩く少女の横顔を眺めて、カイはぼんやりと思う。

 彼女の事をもう少し、知りたいなと。


 城を出て、暫く歩いたこともありそろそろ喉も乾いてきた事に気が付いたカイは、ちょうど喫茶店の看板を見つけて話題を出してみることにした。


「そろそろ休憩しないか? せっかくだし、甘い物でも食べながら」

「良いですね!」


 カイの提案に、イリーナは表情を輝かせてそう微笑むのだった。

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不適合者は謳歌する 猫兎 夏奈 @Scoring0403

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