第22話 青く炎はこい焦がる

「お兄ちゃんと一緒じゃないと、やだ」




あたしは喉が割れそうなほど、大きな声でそう言った。

それを聞いてお母さんは溜息をつくように、はいはい、と言った後、あたしに諭した。



「お兄ちゃんはね、火の魔法を練習する宿題があるから、お留守番なの。

ミミル、お兄ちゃんを困らせちゃだめでしょ」



その声を聞いた玄関前にいたお兄ちゃんは、軽く笑い、言った。

しかし、動いたのはお兄ちゃんの口だけだった。



「ミミル、どうせすぐに帰ってくるんだから、それからお兄ちゃんと遊ぼう。

今はお母さんの言うことを聞くんだよ」



あたしは、目から水を出したくなった。あたしはお兄ちゃんと違って、水の魔法が得意なのだ。だが、こういう時は、魔法じゃなく、塩水を出したくなる。

だが、大概こういう時、どう駄々をこねても事態はあたしの望むようにはならないことを知っていが、どうにも、気持ちは抑えきれないのだ。

しかし、結局、最後は、お兄ちゃんの優しい声に説得されてしまう。毎回、こうだ。

お父さんには前に、「ミミル、いい加減、大人になりなさい」と怒られたこともあったが、それは無理だとあたしでも分かった。

あたしはまだ、6歳なのだ。自分でも自分がまだ子供だと分かっていた。



それからあたしはすごすごと、お母さんと一緒に買い物に行くことにした。お兄ちゃんは笑顔のまま、玄関前であたしに手を振って見送った。

それを見てあたしは、自分もお兄ちゃんと同い年だったら一緒に宿題ができたのに、と悔やんだ。




あたしは昔から、お兄ちゃんこだった。

お父さんもお母さんも、「ミミルはお兄ちゃんのクルルが大好きだね」と言ったが、あたしはお父さんもお母さんも、最近、その意味をはき違えていることに気付いた。


あたしはお兄ちゃんこだが、みんなが思うような兄弟愛ではなく、お兄ちゃんを恋愛対象として好きなのだ。

そしてそれはお兄ちゃんも知っていた。


あたしは、6歳になった時、お兄ちゃんに告白した。

あたしは「あたし、お兄ちゃんのこと、兄弟じゃなく、好きなんだと思う」とお兄ちゃんに言ったら、お兄ちゃんは「僕もミミルが好きだよ。でもこれは、みんなには内緒だ」と返事をした。


あたしはそれを聞いて、胸が焦がれた。

あたしが好きなお兄ちゃんはなんとあたしのことが好きだったのだ。告白されてから、1時間もの間、あたしの顔から笑顔は消えなかった。



それからというもの、お兄ちゃんとあたしは皆に秘密を抱えている。

お兄ちゃん曰く、兄弟でそういう想いを抱えるのは『いけないこと』らしい。

どうしてか聞いてみるとお兄ちゃんは「兄弟は血が繋がっているから、恋をしちゃいけないらしいんだよ」と言った。

それを聞いて、あたしはバカみたいだと思った。



お兄ちゃんとあたしは、よく二人で山で遊びつつ、魔法の練習をした。

お兄ちゃんは火の魔法を使って何かを燃やし、あたしは水魔法でそれを消化した。

時には魔法の練習じゃなく普通に遊ぶこともあった。そして、勢い余ってお互いにべたべたと、身体に触れ合う時もあり、またそれ以上のことをしたこともあった。山での事もやはり、あたしたちの秘密の1つになっていた。


あたしたち兄弟は、世間一般では、特に魔法が強いと噂された。

あたしたち一家は魔法使いの血を濃く持つ一族で、普通はあたしやお兄ちゃんのように幼いうちは魔法を覚えない。一般的に、魔法を覚える年齢は16歳前後だ。

お兄ちゃんやあたしはあまりに早く魔法を覚えるので、魔法のエリート校に通っていた。

お兄ちゃんはあたしより2歳年上で、お兄ちゃんの使う火の魔法は、彼の学年で並ぶものはいなかった。それをあたしは自分の事のように誇らしく思った。




それから2年が経った、ある日。


あたしは8歳になり、お兄ちゃんは10歳になっていた。

あたしは相変わらずお兄ちゃんこで、お兄ちゃんはあたしをとても大事にしてくれていた。

1年くらい前から、あたしとお兄ちゃんは、夜に同じベッドで一緒に寝るようになっていた。


そして、ある夜。

あたしを後ろから抱っこしながら寝ていたお兄ちゃんは、静かな口調であたしに衝撃的なことを言った。



「今日、クラスの女の子に告白されたよ」


「えっ」



それを聞いた、あたしは一瞬にして、顔が曇った。

お兄ちゃんは、世間一般的に、モテる顔つきをしていた。さらには魔法が強い、お兄ちゃんがモテない理由がなかった。すでに今まで、今回と同じように告白された話をあたしは3回は聞いたことがあった。だが、いつ聞いても、この告白話は心臓に悪かった。



「大丈夫、すぐ断ったよ。ふった理由を聞かれたけど、魔法の相性が悪いから、とてきとうに答えておいた」


「そうなんだ……」



あたしはそれを聞いて内心、ほっとしていた。しかし顔には思っていたことが出てしまっていたのだろう。

お兄ちゃんはあたしの顔を見ると、くすっと笑って、言った。



「ミミルは隠すのが下手だな、顔に出てるよ」


「お兄ちゃんと違って、あたしは隠すのが下手なの」


「心配かけてごめんね」



そう言ってお兄ちゃんはあたしを両腕で強く抱き、自分の唇をあたしの頭にあてた。

お兄ちゃんをすぐ近くに感じ、あたしはとてつもない幸せを感じた。胸がまるで火の魔法を使ったように、熱くなった。おそらくあたしの水魔法を使っても、この温度は下がらないだろうとあたしは思った。

恍惚とした表情のまま、あたしは目を閉じて、口だけを動かした。



「もっと歳を取ったら、今みたいに一緒にいられなくなるのかな……?」


「普通は、そうだね……」



お兄ちゃんもどことなく、悲しそうに、静かに、そう言った。


あたしは世界が時を刻むことを憎んだ。後2年もすれば、お兄ちゃんはあたしとは別の上の学校に行ってしまう。

そうなったら、また別の女がお兄ちゃんに声をかけてくるかもしれない。学校から一緒に帰ることもままならなくなるだろう。もし、お兄ちゃんが少し遠い学校に行くことになったらさらに、一緒にいる時間が減るだろう。世間では、兄弟はそれほどお互いに一緒にいる間柄ではないのだ。

時間が経てば、不安になることばかりだ、とあたしは胸が締め付けられる思いに駆られた。あたし達が、兄弟じゃなければいいのに。あたしは強くそう思った。



「あたしとお兄ちゃんが、兄弟だって知ってる人がいなくなれば、いいのにね」



あたしはぼやくそうにそう言うと、お兄ちゃんはすぐ後ろから「確かに」と言った。

それから、お兄ちゃんは少し考えこむように、動きを止めた。



「どうしたの?」



あたしはお兄ちゃんが数秒、動かなかったので、気になって目を開け、尋ねた。お兄ちゃんはなおも考え込んでいたが、その後、あたしの目に焦点を合わせて、にこっと笑った。



「いや、さっきミミルが言ったこと、本当にそうだなって思ったんだ。

僕達が兄弟だって知ってる人がいなくなれば、いいなってさ」


「だよね」



お兄ちゃんはそう言ったあたしには何も返事を返してはこなかった。その代わり、あたしの頭を熱い掌で撫ででくれた。

あたしはそのまま、幸福な思いを抱きつつ、眠りに落ちた。




それから2日後のことだ。

学校でなんと、火事があった。


普通の火事くらいなら、あたしはちょっと変わったことがあった一日だな、くらいは思うかもしれないが、今回の事故はあたしの胸を破裂させるほど、驚かせた。

火事があったのは、お兄ちゃんのクラスだったからだ。



学校で避難活動があり、その後あたしは担任の先生に呼ばれた。そして、お兄ちゃんのクラスが火元だったことを知った。

それを聞いたあたしはすぐにお兄ちゃんの身の安全のことを聞いたら、担任の先生は少し笑って答えた。



「君のお兄さんは、無事だよ。というか、君のお兄さんだけが、助かったんだ。火の魔法が強かったからかな……火事で生き残ったのは、君のお兄さんたった一人だ」



担任の先生は、あたしのお兄ちゃんだけが助かったことが少し気がかりなように顔をしかめたが、あたしはお兄ちゃんが無事だったというだけで、心底、ほっとしていた。


それから授業は休みになり、あたしは魔法省の役人と一緒にいたお兄ちゃんと再会して、帰宅することにした。

お兄ちゃんは火事があったというのに、火傷一つなく、元気な姿で、そしていつも通りの明るい笑顔であった。



「心配かけてごめんね。僕はこの通り無事だよ」

「ほんと、すごく心配したよ。心臓に悪かったー」

「火事があった時、僕らは自習だったんだ。クラスのみんなは居眠りしてて、僕だけ起きていたんだ。だから僕は助かったみたい」

「お兄ちゃん、真面目で良かったねぇ。たまには悪いことしてもバチがあたらないよ?」



そう言ったあたしの最後の一言に、お兄ちゃんはすぐには返事をしなかった。その後、5秒ほど置いた後、お兄ちゃんは微かな声で遠くを見つつ、「バチがあたらないといいけどね」と言った。

あたしはお兄ちゃんがあたしを見ていなかったので、独り言だろうと思い、特に返事をしなかった。

その代わりにあたしはお兄ちゃんの手を握った。真顔だったお兄ちゃんの顔はそれに合図するように、笑顔に戻った。



お兄ちゃんのクラスが火事になり、お兄ちゃんはとうぶん、学校に行かなくていいことになった。

あたしも学校に行かないでお兄ちゃんと過ごしたかったが、あたしが学校を休む理由はなかったので、しょうがなく学校へ通学した。授業が終わると、あたしはすぐに帰宅した。


お兄ちゃんが家にいる代わりに、お母さんとお父さんは夜遅くまでいなくなった。どうやら、魔法省に呼ばれているらしい。先日の火事の事件で、お兄ちゃんに代わって事情を日々、聞かれているらしかった。

だから家にはあたしとお兄ちゃんしかいなくなり、二人だけで過ごす時間が増え、あたしは嬉しかった。


あたしとお兄ちゃんはべたべたくっつきつつ、晩御飯を作ったりした。あたしは料理なんかほとんどしたことがなかったので、ほとんどお兄ちゃんが作っている邪魔をしただけに終わってしまっていたのだが、お兄ちゃんもそれが嫌でない様子で、とにかくあたしは幸せだと感じた。

あまり良くない事かもしれないが、お兄ちゃんのクラスで火事があって良かったな、などと思ってしまうこともあった。



ある夜、またお兄ちゃんと一緒に同じフトンに入って寝ていると、あたしの耳元にお兄ちゃんの声が間近で聴こえた。



「ミミル、もしさ」

「ん?」



お兄ちゃんの声には抑揚がなかった。

その声は、あたしにはどことなく悲し気に聞こえた。



「ミミルと僕が、二人だけでここじゃないとこで暮らすことになったら、嫌かい?」

「ここじゃないとこって、この家じゃないってこと?」

「家もそうだけど、知らない土地とか」

「二人だけってことは、お母さんとかお父さんもいないってこと?」



あたしの言葉に、お兄ちゃんは小さく、「そうだね」と答えた。なぜか、あたしのお腹を抱くお兄ちゃんの手は少し、震えていた。

あたしはその震えるお兄ちゃんの手に自分の右手を添えると、お兄ちゃんの震えは止まった。

そして、あたしは真後ろにいるお兄ちゃんに対して、言った。



「お兄ちゃんと一緒だったら、それ以外、どうでもいいよ」



そういったあたしにお兄ちゃんはすぐには何も言わずに、あたしを抱く手の力を強めた。そして、いつものようにあたしの頭に口づけをして、小さく答えた。



「ありがとう。

僕も同じ気持ちだよ」



そう言った後、お兄ちゃんは、真顔から笑顔に戻っていた。笑っているのをあたしはその口調から、察した。長年一緒にいるので、あたしにはそのくらい、すぐに分かった。


それからお兄ちゃんは、ちょっとごめんね、と言いつつ、ゆっくりとフトンから出た。

あたしは「どこいくの?」と言うと、お兄ちゃんは笑顔のまま、



「お父さんとお母さん、魔法省に色々問い詰められて疲れてると思うから、よく眠れるように睡眠魔法をかけてあげに行ってくるよ。すぐに戻ってくるから」



と笑顔で言って、部屋を静かに出て行った。




その夜のことだ。


お兄ちゃんのフトンで寝ていたあたしは朝になる前に、目を覚ました。

頬に刺激を感じて、あたしは起きた。起きた瞬間に、頬が熱いことをすぐに感じた。


そして、起きた瞬間にまず見たのは、真上にいる、お兄ちゃんの真剣な顔だった。

お兄ちゃんの背後には、黒い煙が漂っていた。



「ミミル、すぐに起きるんだ。家が火事になった。

すぐに逃げるよ」



そう言って、おにいちゃんはあたしの身体を少し強い力で起こした。あたしはお兄ちゃんの横顔を見ると、そこに少し火傷の跡があった。

それを見たあたしは、すぐに治癒魔法でお兄ちゃんの火傷を治した。


それから進む先にあたしは水魔法を使い、放射状に水を撒きつつ、お兄ちゃんに聞いた。



「お父さんとお母さんは?」



お兄ちゃんはあたしの後ろからしゃべった。



「お父さんとお母さんのことは後で、話すよ。今は僕達だけで、逃げよう」



それを聞いたあたしは、両親は無事なんだろうと思い、とにかく目の前のことに集中しようと、進路上に水魔法をかけた。

一階に降りると、煙は少なくなっていた。どうやら、火元はニ階だったらしい。



「お兄ちゃん、あたしの水魔法なら、この家の火を全部消せるくらいできるよ。

どうする?」



そのあたしの提案にお兄ちゃんは、なぜかぎょっとした表情になった。それから、お兄ちゃんは「ええと」と考え込んだ後、一瞬置いて、言葉を続けた。



「それはやめておこう。僕達が逃げることが先決だ。

まず、外に出よう」



そのお兄ちゃんの言葉を聞いてあたしは、頷き、家の出口に向かって魔法を使いつつ、進んだ。



家の外に出ると、すでに家の周りは人だかりだった。

人々は、子供二人だけで家から出てきた僕達に驚いたように声を上げた。

そして、そばにいた魔法省の役人がすぐに僕達に声をかけてきた。



「大丈夫だったかい!?」

「こっちへおいで、怪我はない?」



慌てふためいた大人たちにあたしたちはついていくことになったが、あたしはお父さんとお母さんがどうなったのか気になった。

それを察したのか、お兄ちゃんは、小さい声であたしに話しかけてきた。



「―実はお父さんとお母さんは、僕が見た時にはもう、手遅れだった。

二人とも、寝たまま、火傷で死んでいたんだ」


「え!」



それを聞いたあたしはショックで時間が止まるかと思った。

お父さんとお母さんがいなくなったことをすぐには、信じられず、心も真っ白になった。


そのあたしに寄り添うように、お兄ちゃんはあたしの肩を温かく、抱いて、

そして言った。



「どこへ行っても、僕がいるから、大丈夫。

だからミミル。僕のそばにいてほしい。

ミミルを困らせるものがあったら、僕が何とかするから」



あたしの中はなおもからっぽのままだったが、お兄ちゃんがいるという事実だけがあたしの中に入ってきた。

今まで色々入っていたあたしのコップは、今、お兄ちゃんという水だけで、埋まった。



「うん」



あたしはお兄ちゃんにそう答えるだけで精一杯だった。

だからお兄ちゃんの瞳に映る火が少し黒くなっていることに気付いてはいなかった。

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魔法のサラダ(短編集) まじかの @majikano

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