第21話 予め言う大人の嘘
僕は16歳になっても、何の魔法も使えなかった。
これは実は、おかしい話だと学校の先生は語った。
「お前は、魔素測定器ではもう、魔法を発現してるくらいの数値なんだ。何か使えるはずなんだけど……」
先生は僕にそう説明するので、僕は火を出そうとしたり、水を生みだそうとしたりと、あらゆる魔法を試したが、全てが無駄に終わった。
他の生物の精神を読む、精霊魔法を試してもみたが、同じ結果だった。
ところがある日、魔法の実践授業、これを才育というが、この授業の最中で僕は、先生と話をしている時、考えてもいないことをいきなり、意図せずして口走った。
「世界に次の光が満ちる時
一つの影が青い中に消える
それから逃げた罪深き支配者は
やがて暗い箱で余生を過ごすことに」
僕の言葉を先生含め、数人の生徒が聞いていたが、皆、気味悪がって、僕から離れた。そして、先生はというと、僕に警戒し、少し後退った。
「シェイル、お前まさか、呪いを発現したんじゃないか?」
「先生、僕達、解呪してもらった方がいいでしょうか……」
先生や周りの生徒は、僕に発現した魔法が人を呪う魔法ではないかと疑った。そして、僕はその授業を時間半ばに離脱し、先生と魔法省の窓口に行った。
魔法測定を行う専門の窓口において、防護服のようなものを着た数人の大人たちが僕の魔法をすぐに解析した。その結果、驚くべきことが分かった。
「シェイル君の発言した魔法は、おそらく新種のものです。
呪いではありません。
まだはっきり何の魔法か分かりませんので、これからゆっくり解析していきましょう」
防護服を着ていないすごく偉そうな人が、そう説明した。
それを一緒に聞いていた僕の先生は、すぐに質問をした。
「シェイルは授業中に、突然、意味の分からないことを言ったんです。
あれは……人に害はないのでしょうか?」
その質問は目の前の大人に向けられたものであったろうが、その質問に答えたのは、僕だった。
僕は「いきなり横からすみません、あの」という枕詞を置き、話をした。
「さっき、才育の授業で僕が言った言葉の意味は、僕が解ります。
なぜだかは解りませんが。
明日、学校の水泳授業で、うちのクラスの生徒が一人、溺れます。
だから先生は、ちゃんとその生徒を助けた方がいいですよ」
その僕の言葉を聞いた僕の先生は、口をつぐんでしまった。何か、気まずいような顔のまま、先生は黙ったままでいたので、代わりに偉そうな人が口を開いた。
「シェイル君、君はなぜ言葉の意味が分かるんだね?
そしてその言葉とはどういう意味があるんだ?」
その偉そうな人は、真剣に僕の言葉の意味が気になっているうようで、目を大きく見開いて僕の言葉を待った。
だから、僕は分かる範囲で、自分の魔法のことを説明した。
「僕は僕のしゃべった魔法の言葉の意味が、無意識的に解ります。
理由はなく、本能で、解るんです。
僕が今日、つぶやいた言葉は、明日の体育の授業で起きる不吉なことを予知したもののようです。
先生の顔を見たら、勝手に口が言葉を発しました。
そういう魔法なんだと、思います」
「本当か!?未来のことが分かる魔法なのか?
それが本当だとしたら、すごいぞ。
よし、これからの検査で、さらに解析していくことにしよう。
シェイル君、君はすごい才能を持っているのかもしれない」
なおも気まずそうにしている僕の先生とは裏腹に、偉そうな先生は顔を紅くし、嬉しそうに話した。
僕はというと、自分の魔法が何なのか分かったが、それを喜んだらいいのか、悲しんだらいいのか、その場にいた2人の大人たちの顔色のどちらでもない顔色を浮かべた。
翌日から、僕は学校にはほとんど、行かなくなった。
代わりに国の魔法省の研究機関に通うことになった。ご丁寧なことに、毎日、僕を2人の大人が迎えにきてくれる。
父や母は、「世界で初めての魔法を覚えた息子だ」と感激し喜んでいたが、僕は学校にも行けなくなり、友達とも遊べなくなり、親とは真逆の沈んだ気分だった。
ある研究機関に行かなくていい休日。
僕は2階の自宅部屋の窓から外を見てうなだれていると、隣の家に住む幼馴染のクォルが僕と同じように同じ高さの窓から顔を出し、僕を見ていた。
「シェイル、顔色悪いよ。あと、学校のノート、取っておいたから」
「うん」
クォルが僕にかけた言葉を僕は、抑揚のない二つ返事だけで済ませた。それをクォルは溜息をつきつつ、言った。
「何か変な魔法覚えて気が落ち込んでいるのかもしれないけど、部屋にばっかりいたら、気が滅入るでしょ。
散歩でもいこ」
「僕と一緒にいたら、預言をされてしまうかもしれないよ。
やめておいた方がいいと思うけど」
その僕の言葉に、クォルはまた溜息をついた。そして、次に彼女は、少し怒ったような声で言った。
「あなたの言葉にあたしが動じたことがある?
うだうだ言ってないで、身体のために外に出なさい。下で待ってるから」
そう言うと、彼女は向かいの窓から顔を消した。
僕は彼女が、僕を下で待っているという彼女の預言を無視できず、外へ出た。
クォルは外で準備運動をしつつ、僕を待っていた。
クォルは昔から心も体も軽く、僕はその真逆だったが、そんな僕をいつも、クォルは無碍にしなかった。
そんなクォルに僕は密かに、想いを寄せていた。もちろん僕はその想いのことは彼女だけでなく皆に内緒にしていたし、今日の散歩の間に預言として僕の外に出ないことを、僕は願った。
「ちなみに国からは外出するなって言われてるんだよ、一応ね」
僕が今にも走り出しそうにしているクォルに言うと、クォルは「知ったことかっての」と言って、屈伸運動をした。
「外に出る自由もないのに、生きていてどうするの?
それじゃ奴隷じゃない?
そんなんなら、逃げたほうがマシ、でしょ」
それを聞いた僕は、「そうだね」と言って笑い、彼女と歩き出した。彼女は歩くというより、走るに近く、僕はついていくのがやっとだったが、それでも僕の心は、どことなく踊った。
10分も走っていると、僕は彼女の後姿を見て、僕の目が緑色に光った。
そして、僕は意図せずして口を動かした。
「緑の丘、すぐに赤に染まる
人は木の案山子になり、再び人に戻るまでに7つ夜を越すだろう」
その言葉を聞くなり、前を走っていたクォルは止まり、僕に振り返った。
「あ、今のが、預言てやつなの?」
「そう、クォルを見てたから、クォルのこれからのことを予言したんだ。
まぁ信じないだろうけどさ」
「なんで、信じるよ?」
僕の言葉に、クォルは迷いのない返事をした。
「あたしがどれだけ、あなたと一緒にいると思ってるの。
シェイル、あなたが嘘つくときは、目を見ればわかるの。
嘘、ついてない」
クォルは僕を真っ直ぐ見ながら、そう言った。
僕はその言葉に、どうしようもない嬉しさを感じていた。
「あー、ありがとう。
ちなみに公園で君は、足を怪我する。それも、打撲じゃなくて、深い切り傷だ。一週間は足を引きずることになるよ。
公園に行くのは、やめよう」
「えー、あたし、預言なんかのために行動変えるの、嫌なんだけど」
僕は公園に行くことはやめようと思ったが、クォルと散歩にいくことはやめたくはなかった。少しでも、彼女と一緒に時間を過ごしたいと思っていたので、代わりを提案することにした。
「公園じゃなくて、裏手の山に行って、花でも見よう」
その僕の提案をクォルは笑顔で応えた。
「あぁそれいいね。
つうか、シェイルのその預言ての?なんかいいじゃん。
かっこよくない?」
そのクォルの言葉を僕はただ、笑って聞いただけだった。この力のことを『僕のこととして』褒めてくれたのは、彼女だけだった。
親はこの僕の力を家の名声を高めるために使えるだとか、先生はクラスの誇りだとか、研究機関の偉い人は世界のために利用できるだとか、まるで僕とは無関係なことのように、語った。
だから、僕は言葉にはできなかったが、心底、嬉しかった。
魔法の預言のように、彼女を想っていることを軽く打ち明けたかったが、心はどうにも頑なだった。
それから、2年という時間が経過した。
僕はもう、学校に通ってはいなかった。
代わりに、国の機関の、厳重なセキュリティに守られる白い部屋で日々を過ごしていた。
僕の持つ預言という力は、世界初の魔法で、重宝された。
僕は毎日のように、朝から晩まで、部屋に3つあるモニターに浮かぶ国のあらゆる映像を見させられては預言を発現する、ということを繰り返された。
モニターには別の領域の偉い人の顔が映ることもよくあった。
僕は衣食住に困ることもなく、毎日、栄養の整ったバランスのいい食事を支給されたが、身体に悪いドリンクや、お菓子を食べる自由は与えられなかった。
外に出ることも許されず、僕は部屋の中にある運動器具を使うことしか許可されなかった。
もちろん、友達に電話したり、直接会ったりもできない。
直接、仲の良い人と最後にあったのは、2年前のことだった。そう、それはクォルと花を見に行ったのが、最後だった。
僕は命を狙われてもいた。
僕という存在は、この国の僕がいる領域以外のあらゆる領域には不利益にしかならず、その結果、秘密裏に僕を消そうとしている力は多々あるらしかった。
食事に毒が盛られていることもあり、僕の毒見係はすでに3人、毒で死んでいた。
夜に機関内に殺し屋が紛れ込んでいたこともあったらしい。
そんなある日、僕の部屋にあるモニターに通信が入った。
それはたくさんいるこの国の組織員の一人からだった。もちろん、名前など、知らない人だった。
「シェイル様に会いたいという方が窓口に来ています。
帰して宜しいですか?」
僕はモニターで会いに来ている人間の顔を確認すると、通信先の組織員に返事をした。
「この人は僕の昔からの知り合いだから、大丈夫だ。
敵じゃないよ。予言でも敵じゃないって、結果が出てる。
少し会いたいんだけど、いいかな?」
僕がそう言うと、モニターからはかしこまりました、という小さい声が聞こえ、僕の部屋の入り口のドアが機械的な音と共に開いた。
そこには2人の警備員が僕を待っていた。
魔法省の研究施設の入り口で僕を待っていたのは、クォルだった。
僕は2人の警備員を「彼女、僕の幼馴染なんだ。大丈夫だから、少し下がってて」というと、ようやく2人の警備員は10mは下がってくれた。
だが、もちろん、退席してはくれなかった。
僕がクォルに近づくと、彼女はすでに、顔の表情を歪めて立っていた。
そして、僕が挨拶のために口を開く前に、彼女の口が開いていた。
「シェイル、こんなのって、いいの?
ずっと、閉じ込められてるんでしょ?外に出る自由もなくて……
これ本当に、あなたの望んだことなの……?」
クォルの両目には粒が光っていた。
僕の顔も、彼女に釣られて歪みそうになったが、僕はそうならないように、精一杯こらえて、作り笑顔で返事をした。
「いやぁ、ここの生活は意外に気楽だよ。
運動もできるし。
親にお金も入るし、就職活動もしなくて済んだから、ありがたかったよ。
それにー」
「まるで、奴隷じゃない!」
僕の言葉を遮るように、クォルは叫んでいた。
その叫びに呼応するように、離れていた警備員がこちらに向かおうとしたのを、僕は手で大丈夫だと、制した。
「……ねぇ、あたしと逃げよう?
あたし、魔法強くなったの。
あの2人の警備員くらい、何とかできるから」
僕はそのクォルの言葉に今度こそ、顔を歪めたくなった。
そのクォルのその、預言よりも力のある言葉に、僕は衝動的にうん、と言いたくなった。
しかし、それを言ってしまうと、僕は、僕の中で何よりも大切にしている存在が危険にさらされることは、預言を使わなくても、解った。
だから僕は返事の代わりに、目を閉じて、言った。
「君と僕のこれからを、預言してみたんだ。
クォル、君は僕と逃げたとしても、1年後、僕をほっといて、違う男性と結ばれるよ。
悪いけど、僕はそんな未来は、ごめんだ……。
その提案には乗りたくないね。それなら、今の生活の方が、よっぽどいいさ。
悪いけど、ここにはもう、来ないでくれ」
「本当、なのね……?それ」
僕は目を閉じていたが、クォルが泣いているが声色から、分かった。
本当なら目を開けてしまいたかったが、それだけは絶対にできないことだと、自分に言い聞かせた。
「……なんなら、目を開けてもいいよ。
僕を信じられないなら―」
「いい、開けなくて、いい。
分かった……。
もう、もう来ないから、ここには」
僕は暗黒の世界で、心に刺さったトゲの痛みに耐えることで精一杯だった。
そして、暗い世界で、その場を去って行くクォルの足音を聞いた。
その足音に対して、僕は『ごめんね』とだけ、心の暗い世界で、つぶやいた。
その僕の言葉が聞こえたのか、去り際のクォルの足音が束の間、止まった。
そして、クォルの口から小さい言葉が紡がれて、それは僕の耳に入った。
「ごめんね。
嘘、つかせて」
それを聞いた僕は、すぐにクォルには見えない方向にうつ伏せた顔を背けた。
僕の目に浮かんだ涙を見られるわけにはいかなかったからだ。
そしてクォルの足音が消えると、僕は垂れる光と共に、暗い目を開けた。
僕の目は、魔法を使った時の光を放ってはいなかった。
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