最終話 as Long as I'm Alive 私の生きている限り

 まだ、公務員としての勤めが残っているとは言え暇になった。

 10代の独身の頃と同じように車で浜にくる。


 食事などは、和美の勤めがある時の若い頃はコンビニを良よく使ったが、今では7-11のブリトーとローソンのカルボナーラをオヤツ代わりにするくらいだ。

 和美が闘病生活に入ってからはコンビニよりもスーパーのお惣菜を買って済ますことも増えた。


 勤めを終えた夕方そんな食事を持って車で浜に寄る。

 

 昔はよく自販機も使った。

 しかし今ではあまり使わない。

 かつて自販機はどこにでもあった。中には5台も10台も並べて置いてある店もあった。

 今ではせいぜい2〜3台くらいの並べで、それも探し出さなければ見つからない。


 初夏の陽長の時期変わらず浜はサーファーと人で賑わっている。


 あの頃よりも強風で押し寄せられた砂がコンクリート上の通路に堆積しているのが目立つが、他はあまり変わっていない。

 しかしもう海水浴場では無くなったし、海水浴用のライトもない。


 タバコの匂いはあまりしなくなったが、今でも車の周囲にその匂いがすることがある。


 夏至の晴れの日は和美を追悼して、かつて聴いていたファイヤーフォールなどの曲と共に浜にくる。


 和美の命日でもある日にこんなことをするのが心の拠り所だ。


 あの好きな曲のソフトはかつてのアナログではなくデジタルだ。オーディオCDをそのままカーステレオに入れたり、MP3に焼いてまとめたものを使ったりする。


 夕方6時でも夕陽が眩しい。あの頃と比べるだけの対象はないが、陽射しの厳しさは強くなった気がする。

 そしてあの頃よりもずっと暑い。


 サーファーも行楽客も散歩のおじさんもいる。犬連れのおじさんも昔と比べ体格の大きな人が目立つ。世代交代はちゃんと行われたのだ。


 日没の時間が近付いて偶然ペイジスのサードアルバムがかかる。

 このアルバムは都会的な中にも、どこか海のしっとりとした自然の息吹が感じられる。

 俺がこのアルバムを初めて聴いた時は結婚して間もない頃で、どう言う訳かアナログ盤を手に入れた。

 当時の涼しい北国の夏の夜の海に似合うコーラスハーモニーが印象的だった。

 あまり涼しくなくなってもこのアルバムは今でも好きで、CDでも手に入れている。


 暮れなずむ浜の風景にこのアルバムの曲が溶け込んでいく。


 そろそろ日没の時間が過ぎ、夕闇が迫る。

そんな中この次に入っているグレッグギドリーのオーバーザラインのアルバムがかかる。


 このアルバムは和美の長い入院生活中の頃に買ったものだ。

 家でも車でも独りになった。このアルバムを聴いていると、しみじみと自分が孤独の中に置かれたと思うのだった。

 そんな黄昏たそがれた気分なのだが、和美の亡霊を見ることはないし、幻影を想像ない。


 それは娘がよくここに来るからだ。

彼女はもう結婚していて家庭を持っているが、夏を中心に俺と同じでこの浜が好きなのだ。

 彼女は身体が痩せ身で身長が女性としては高い。その点和美に似ていないが、叔母である恵子に似ている。

 恵子は遊び人と高を括っていたが、外で見かけると驚くほど美人だ。


 娘もその血をひいているのだ。ただしっとりとした色気は和美由来に思う。


 車の窓をノックする音がする。

娘だ。

 夏だと夕方には2〜3回に一回彼女と会う。

今では後ろに若き夫を伴ってだが。


 グレッグギドリーの淋しげなコーラスも心になずむが、娘がいるので明るくはなる。


 この2つのアルバムは、自分の家でかける時の時間帯は少しずれ込む。


 夕食を済ませて、シャワー後にペイジスをかけ夜の闇を愉しむ。


 眠る時間が近付いてからグレッグギドリーを聴くのがよく似合う。


 それから日が明けても眠れない深夜未明の時間にはパブロクルーズのリフレクターのアルバムがよく似合う。

 このアルバムを聴いていると耳鳴りのするくらいに静まった深夜の砂浜の風景が目前に広がる。


 田中先生とはずいぶん違う時間観だか、俺はそう思う。



 そして、リトルリバーバンドの最後のスタジオアルバムであるGet Luckyから8曲目のas Long as I'm Alive と言う曲の歌詞を和訳してみた。


 まさに今の俺そのものの歌詞で、どうも恋人か妻に先立たれたか、遠く手の届かないところに行ってしまった、と言うもの。

〜私が生きている限り彼女のことを決して忘れないだろう。

(その記憶から)私を自由にすることはない。〜


  和美  愛してる


  ありがとう  和美


           完



佐藤 旧姓高橋 和美

1963年4月20日〜2022年6月21日

春に生まれ夏至に没す

悪性骨腫瘍にて死去

享年59歳

3児の母

生前死後7人の祖母に

最期の言葉 浩愛してる 幸せ

      子供たち元気でね


佐藤浩

2024年12月地方公務員退職

この物語は2024年中に浩が若い頃の恋愛と愛する妻和美との初期の家庭での奮闘と幸福を追憶する形で作られた創作である

言いかえれば小川初録の完全なフィクションの作品である

登場する人物、団体、地域などは事実とは関係ありません

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昭和末期の物語 海と音楽と恋と家庭 小川初録 @rocketman99

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