第10話 衛士たちの証言
「おーう、なんか鍛練の庭を賑わせていたって?」
「遅くなってすいません
二ノ刻半どころか三ノ刻を迎えた衛士局では、椅子に座って寛ぐ瑛珉の目の前。机に雪崩れ込むように突っ伏しながら座る
這う這うの体で次の仕事に間に合わなくなると逃げてきたものの。予定がなければ永遠に付き合わされるのだろうと、冗談ではなく燕皓が身の危険を感じるほどの熱量であった。
「最初は長棒を使ってやってたんですけど、途中から模擬剣持ってきたり、弓の早打ちさせようとしてきたり、最早見世物ですよ見世物……!!」
「あー、燕皓の身体能力はなんというか。見ていて惚れ惚れするところがあるからなあ。色々やらせたくなるんだろ」
はははと笑いながら言い切る瑛珉に、笑っているような拗ねているような何とも形容しがたい表情で燕皓は口を尖らせる。
数多く存在する四侯の座を狙う官吏の中から他ならぬ燕皓が選ばれた理由の一つ、それこそが彼の持つ身体能力の高さであった。元来、炎の一族は身体能力に秀でた武官を多く輩出していたが、四侯となりうる年齢の官吏の中でも飛びぬけた才覚を有していたのが燕皓である。今朝の殿下の招集にも明陽宮を囲う塀を木々伝いに跳び越え、剣であれば両手に一本ずつ二人の相手をし、弓を持たせれば遠くの的でも外すことがない。
もとは平民であったということが疑わしいと言わしめるほどの、まさに『身体能力お化け』であった。
「でも俺にだって昼休憩する権利あるんですよ!?」
「それはその通りだ。ということで、衛士たちが来るまでの時間、座って休んでいるといいさ」
「うっ、短い休息だ……」
はあー、と深く息を吐いた燕皓は、時間をかけて空気を吸い込む。深呼吸を繰り返して、目が覚めるどころか臨戦態勢まで跳ね上がった鋭敏な感覚を、程よく落ち着かせていく。
「机が冷たくて気持ちいい」
「こりゃ相当しごかれてきたか。お疲れさんー」
ぽんぽんと労わるように黄赤の頭を撫でられる。こういった振る舞いが、瑛珉が軍務局の兄貴分だと言わしめさせる部分だなと改めて考えさせられた。平民としても一人っ子で両親の元育ってきた燕皓には、頭を撫でて褒められたことはあれど、咄嗟にそのように褒める仕草は出てこない。他に妹や弟もいる多く兄弟姉妹を抱える瑛珉だからこそ、出てくる行動だなと感じられた。
「お。そんな話をしていたら来たな」
その言葉に衛士局の出入り口を見れば、数人の衛士がぞろぞろと入って来るところであった。まだ眠たげな
「おーい君たち。ちょっとこちらに来てもらっても?」
「え、瑛珉軍尉……!?」
「何故こんなところに!」
眠たげだった目がぱっちりと見開かれ、ごしごしと目の端を擦る様子まで見せる。そこまでして幻覚でないと理解した衛士たちは、そそくさと置かれた椅子や机を避けて燕皓たちへと近づいてくる。
「瑛珉兄、衛士局だといつもこんな感じなんですか?」
「さあ。でも昼前に来た時もこんな感じだったな」
「あ、相席失礼致します!」
「……いや、そんな堅苦しくならなくていいって。気楽にしてくれ」
そう声を掛けるものの、一部右手と右足を一緒に出す様子が見られるほどに衛士たちはがちがちに緊張していた。夜間担当の衛士たちは基本持ち回りであるが、一部その生活が身体に馴染んでしまい毎回続けている者たちも少なくない。
今回“智星”を保護したのもそういった勤務を続けている者たちだったため、寝不足ではない衛士が対応できたのは不幸中の幸いであった。その反面、日中に活動している四侯や軍尉といった存在は遠いらしい。
「お噂はかねがね窺っております!」
「玉の文字を受け継ぐ直系にして、類まれなる方術の使い手であるとか……!!」
平民出身が多い衛士らにとっては、雲の上の人が目の前にいるようなものであるようで。先程までの鍛練の庭における燕皓と同じような、
「お、世辞でも嬉しいね。それは置いておいて、本題に入ってもいいか?」
「たぶん、今朝のことですよね。智星殿下を保護したときの……」
そう告げたのはきらきらとした目で軍尉を見ていながらも、最も落ち着いた様子を装っている年長の
「その通りです。四侯としても情報を集めていまして」
「ああ! きみ、燕皓じゃないか……!! 久しぶりだね、元気だったかい?」
「お久しぶりです千李さん。お陰様でなんとかやれてますよ」
かくいう燕皓も衛士時代にお世話になった頼れる先輩であり、久々の対面であった。新米衛士たちが不慣れな夜勤をこなすことできるのは、こうした年長衛士の支援があるからこそである。
「おー、燕皓の知り合いか。話込みたいのはやまやまだが、他の衛士たちも名前の確認をしても?」
「俺が
「僕が
「私が
「と、
それぞれの自己紹介に合わせて事前に見ていた調書をばらばらに分けると、瑛珉は席の順に合わせて分けた調書を置いていく。各々の発言と調書の内容を簡単に確認するために、複数人の話合いで用いられる初歩的な技術であった。
「有難う。それでは今朝の殿下を保護した際のことについて今一度話を聞かせてほしい」
「俺たちは一度調書に目を通しています。書いたことと重なる部分もあるだろうけれど、答えていただけるよう何卒宜しくお願いします」
「勿論です。協力を惜しむようなことは致しません」
千李の返答に同意を示すように、並んで座った衛士たちが各々頷きを返す。
協力的な衛士たちの様子も相まって、穏やかにかつ淡々と質疑は進んでいった。
「では。当時、最初に見つけたのは誰でしたか? 保護までの流れをもう一度――」
「まず気になる点として、智星殿下であると一目で判別できた者とできなかった者がいたことについて――」
「他にも、言われるまで智星殿下であると認識できなかった方。その時に方術の気配があったのか――」
「保護した際、智星殿下の怪我の具合については――」
「その際の周囲の状況や、天候、風が吹いていたかといった環境について――」
「その他、個々人で何か気が付いたことは――」
瑛珉の問いかけに打てば響くように返ってくる応えを、ひたすらに燕皓は書き記していく。中でも気になったのは、やはり宮殿の門を訪れた人物が“智星殿下”であると認識できた時期の差だった。
ある者は一目で殿下であると認識し、ある者は言われてから気が付いて。
特筆すべきは、他の衛士が大慌てで男を運んでいたから手伝ったが、まさか殿下であると思わなかったという供述である。これは百剛の言であったが、彼はその際に特徴的な金髪を見た覚えもなく、ただ負傷者を運んでいたと感じたのだと。
「ま、こんなとこか」
「ですかね。気になる部分は粗方聞き取れたかなと思います」
「よし、皆さん有難うございました。ご協力に感謝します」
ちょうど一刻が過ぎた辺りでそう切り出した瑛珉によって、衛士たちからの聞き取り調査は終了したのだった。
政敵手は宮中の影を射る 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi
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