第09話 束の間の手合わせ
身の丈ほどもある長い棒を二本抱えて、鍛練の庭へと向かう。
「おーいお待たせー」
「ああ、来た来た」
「向こうの手合わせ陣が空いてるから、そこでやろうか」
「りょうかーい。一本頂戴」
「あいよ」
言われるがまま長棒を渡し、それぞれ担いで手合わせ陣の方へと向かう。
手合わせ陣とは、衛士たちが鍛練の手合わせに利用する線で囲まれた長方形の空間である。新米衛士に対しては、攻め手と守り手に分担し、攻め手はいかに守り手の向こうの本陣に入るかを。守り手はいかに攻め手を進ませずに本陣を守り続けられるかを、それぞれ鍛えるために利用される。
しかし、中堅衛士以上であれば攻めと守りを併せ持つ前提にて、限られた空間でいかに相手を無力化・降伏させるかを身を以て学ぶために用いられるのだ。勿論、囲まれた空間から出ることは許さず、訓練が始まれば方術によって出られないようになっている。燕皓と白鴎が今回実施するのも、こちらの訓練形態であった。
「方術はどうする?」
「ありにしたいけど、この後担当の仕事あるし……なしがいいかなー」
「わかった。じゃあさっさと始めるか」
こつこつ、と二人して中に入れば、陣が反応して白く光を放つ。空間を隔てるように一枚薄い膜が四方に張られたことを確認してから、お互いそれぞれ両手で長棒握り、構えを取る。
長棒の半分の距離を開けて、立ち会う二人。切っ先を上げて両足を前後に開く燕皓に対し、白鴎は切っ先を下げて片足を一歩分下げるだけに留める。衛士として働く中で自身に合った型をそれぞれ見つけた二人の様子に、そこはかとなく鍛練の庭に居る衛士や武官の視線が集まる。
「三つ数えて、始めるか」
「いいよー。じゃ、僕が数えるね」
「ん。頼んだ」
短く言葉を交わすと、数舜。それぞれ目を瞑ると呼吸を整えて、それからかっと見開いた。白鴎の肺が息を吸って、唇を震わせる。
「三、二、一」
零。
その音が響いたその瞬間、燕皓はぐっと足に力を込めた踏み込みで駆け出す。
「――ふっ!」
詰められる距離。
切っ先が間合いに入った一瞬を見極め、動きを封じ込めるように撃ち込まれる長棒。
それを食い入るように見つめた灰色の瞳は、すんでのところで切っ先を持ち上げ。
「くっ!」
込められた力を受け流すように上から下、右から左に長棒を動かす。それでもじんじんと手に伝わる痺れが、燕皓の一打の重さを物語る。
そのまま詰めるように連撃を繰り出す攻めの姿勢に、防戦を強いられる白鴎。
「どうした! 守りだけじゃつまらねえぞ?」
「言ってくれるよ、ねっ!!」
そう言い切ると同時に、逆に燕皓の長棒へと絡めるように動かす。
打ち込んだ流れを利用されながら、あらぬ方向へと無理やり力を掛けられた長棒。そのまま力比べに負けた燕皓が手から離れた武器は、跳ね返るようにくるくると回りながら高く高く、頭上の宙を舞う。
「やっべ!」
「ははっ、余所見禁止!!」
そのまま踊るように踏み込んできた白鴎が、突きを繰り出す。
長棒を回転させ繰り出される、流れるような連撃。
左右に避け、しゃがみ、薙ぎ攻撃には後方転回で応じる。避けきれない攻撃には両腕で防御をするが、素早い反転攻勢に半歩ずつ下がることを強いられる燕皓。その最中にも落ちてくる自身の武器を取り戻さなければ、勝ち目はない。
それこそこのまま白鴎の背後に落ち、跳ね返って陣の外側に落ちれば敗北確定だ。
「ほらほら、もう後がないよ!」
「うっせえ! やってやらあ!!」
手合わせ陣は、試合の決着がつくまで中に入った者が外に出ることはできない。
つまりは、手であろうが足であろうが、陣の仕切りに合わせて貼られた膜は身体の一部に対して壁のように作用する。
(見えない壁がある、壁があるなら駆けられる!)
後方回転を繰り返し、陣のぎりぎりまで下がる燕皓。
そのまま全速力で駆け出し、一瞬で最高速近くまで加速すると。
「よっ――!!」
「なっ!?」
飛び上がり、陣の中と外を隔てる何もない空間に向かって足を繰り出す。
見えないが確かにある壁を感覚だよりに駆け。
落ちてきた長棒を、掴む。
「――しゃあ!!」
着地と共に構え直した燕皓に、苦笑した顔で振り返る白鴎。
「この、身体能力お化けー!」
「褒め言葉をどーも!!」
「褒めてねえし!!」
悪態をつくように吐き捨てた白鴎は、肩慣らしするようにくるくると長棒を回転させる。そして数舜呼吸を整えてから、意を決したように踏み込んで。
「はあっ!!」
回転勢いそのままに打撃へと流れを変化させ、連撃。
叩きおろし、振り上げ、薙ぎ倒す。
支点と力点を素早く入れ替えながら至近距離で放たれる打撃の数々に、すんでのところで対応し続ける燕皓。
カン、コン、ドン、カン。
ぶつかりあう棒の鈍い音が、間隙なく敷き詰められるように鳴る。
「ふっ、よっ、とっ!!」
「くっ、はぁっ!!」
受け手の軽い掛け声に対して、少し吐息が多く混じる白鴎の声。
受け流すついでに勢いを削いでいく燕皓の棒遣いに、より力を込めて打ち込むことを求められるようになっていく。
回し落とし、切り上げ、足払いを掛ける。
技の一つ一つの間隔がほんの少しずつ、しかし確かに長くなっていく。
(――今だ)
「せいっ!!」
柑子色の目が見極めた一瞬。
振り下ろされた棒を、今度は燕皓の長棒が絡めとり跳ね上げる。
「うわっ……!」
今度の跳ね上げは白鴎の手によるものと異なり、長棒が真後ろに飛ぶような角度で飛んでいく。また尻餅をつくような形となった相手の喉元に、燕皓はぴたり、と長棒の切っ先を向けた。
瞬く間に決した勝敗。
沈黙の中で、ふっと白鴎が息を吐いて。
「ははっ。あーもー、参った参った!!」
両手を上げながらそう宣言をして、手合わせ陣の効果を打ち消す。張り詰めていた緊張の糸を切るように息を吐きながら、燕皓も構えを解いて肩に長棒を凭れかけさせた。
「対戦ありがとな、白鴎。めっちゃ打ち込み早くなってないか?」
「こちらこそありがとさーん。へへーん、これでも研鑽積んでるんだぜー」
手を差し伸べれば、ぐっと握り返される。そのまま引き上げれば、すんなり白鴎も立ち上がった。服の裾に付いた土を払っている間に、燕皓は跳ね飛ばした棒を取りに行く。
「やっぱり体力が足りないのがきついなー」
「でも成長してると思うぞ? 最初に棒を跳ね飛ばされたのは手痛かったな」
「それを言うなら、あれはほんと驚いたよ。見えない壁を走ろうと思う精神力が相変わらず凄いよねー」
ゆるりと歩き回りつつ、白鴎は投げ渡され長棒を受け取る。落ち着いた頃に、大きく一つ伸びをしたが、その眼はすっきりと冴えていた。
「やー、すっかり目が覚めたよ。ありがとねー燕皓」
「こっちこそ身体動かせて楽しかった。また衛士局であったら一試合やろうぜ」
「あ、あの! 燕皓殿!!」
会話に割り込むように声を掛けたのは、同じく長棒を持った衛士だった。見知らぬ顔に燕皓が尋ねるように視線を送るが、白鴎は軽く首を振って答える。不思議に思って周囲をみれば、いつの間やら見物されていたらしい。武器を持った衛士や武官が、ちらちらと二人を見ている。
「えっと、何か用かな?」
「その。自分とも手合わせしてもらえませんか!」
「え゛っ!?」
「お願いします! どうか何卒!!」
さっと勢い良く頭を下げる目の前の衛士に、白鴎に肩をぽんぽんと叩かれる。しかしそんな衛士隊長を、他の者たちが放っておく訳もなく。
「あ。白鴎隊長はこっちこっち~、俺とも眠気覚まししましょうや」
「はあ!? 僕もうへとへとなんだけど!!」
さあっと部下たちに囲まれたが最後、集合時間、あるいは担当交代の時間まで鍛練に付き合わされることとなったのだった。
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