エピソード32.入団試験

「ここは衣装室ですね!お城でのパーティや、他国との交渉などが行われる際に着るものが収納されています」

「お嬢様、廊下を走るのはみっともないですよ」

「むぅ……そういうミオンだって、よく廊下を駆けているではありませんか」

「あれは緊急の要件が……」

「ふふっ、冗談です。少しはしゃぎすぎてしまいました」


 僕らの先頭を楽しげに歩くアヤメさん。

 いつも以上に動きが活発なのは、お城の中だからだろうか。


「ナツちゃん!!何か着てみたい服とかありますか?」

「……んん。この服……にぃが、えらんだ……から」

「ナツ、どうしたの?」

「な……んでもっ……ない」


 ナツに顔を背けられてしまった。


「仲のいい兄妹で羨ましいです……。ナツちゃんはセイタさんのこと大好きですね!」

「僕だってナツのこと大好きだよ」

「――――っっ?!」

「ちょっ、な、何?!」

「あららー」


 素直な感想を述べたのに、何故かナツに叩かれる。

 表情を見ようにも目を合わせてくれないし……間違ったことを言ったのかな?


 アヤメさんに助力を求むも、優しげな目で笑われてしまう。


 ……しばらくはこのままかも。


「最後に、ここが私の自室です!!ちょうど入団試験が始まったみたいですよ!この部屋からだと上から見ることができます」

「今年は実力者も多いと聞く。優秀な者が合格してくれるといいのだが」

「今年もきっと大丈夫です。騎士団の皆さんはとってもいい人ばかりですし」


 アヤメさんの自室には大きな窓があり、先程通ってきた庭や訓練所を一望することが出来た。


 外には入団試験者たちが一生懸命試験を受けている様子が見て取れる。さすが国の中心とも呼べる城の騎士団希望者、皆が皆、剣の太刀筋が綺麗で動きもいい。


 素人の僕でも分かるのだから、試験官の騎士団の人達は選抜が大変だろうな。


「ミオン大変、あそこ!」

「む、喧嘩か?この入団試験会場で騒ぎとは……一体どんなバカだ?」

「口が悪いですよミオン。止めに行かなくてもよろしいのですか」

「……案内を途中で放置するのはいささか不満があるのだが……お嬢様、少しの間よろしくお願いします。二人とも、すまないが少し行ってくる」

「はい、ミオンさんも気をつけてください」

「あの程度の喧嘩など、何も問題は無い」

「気をつけてくださいねー!」


 そういうと、颯爽と部屋から出て行ってしまった。

 今さっき廊下を走るのは……見たいな話をしていたような?緊急で時間も限られているし、仕方ないだろうけど、アヤメさんにまた反論されそうだ。


「……にぃ、……あそこ」

「うん、何か企んでるねあれは」


 その間、ナツは外の様子を見続け、ある数人のグループを指さした。あとから見た僕にもひと目でわかった。


 喧嘩とは真逆の位置、城壁の木の影で何かコソコソと動いている怪しい人の姿が。


「どうかしたのですか?」

「あ、いえ……これだけ人が入っていると、騎士団の方々も警備が大変そうだなと」

「騎士団の皆様にはとても苦労をかけています。私もよく遊びに行くのですが、毎日厳しい訓練をして、警備のお仕事も……私から見ても大変だと思います」


 それでも……と彼女は言う。


「騎士団の方々の頑張りがあってこそ、この国が成り立っているのです。ですから私に出来ることは"大変ですね"と同情する事ではなく、その頑張りに応えられるように私も努力することだけです」


 アヤメさんのその言葉は、決して上辺だけのものではない。王族としての覚悟や、皆の上に立っているという事実を持っていた。


 そう感じるほどに、彼女の言葉には重みと信念が詰まっていた。


「アヤメ……がんばって………る」

「ナツちゃんっ!!」

「やっぱり、うそ……」


 褒めて伸ばすことに失敗したナツが、案の定アヤメさんに抱きつかれる。


 負けじと反撃に転じるナツだが、彼女のメンタルの前には無に等しい。


「アヤメさん、少しだけ席を外してもよろしいでしょうか?」

「え?は、はい、大丈夫ですけど……どこへ?」

「トイレに行きたくて」

「あっ、わ、私ったら失礼なことをっ!すみませんっ」

「大丈夫ですよ。少し失礼します」


 彼女のことはナツが何とかしてくれるはず。た、たぶん。僕はその間に、来た道を引き返して庭へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ここからなら」

「あぁ、これで……――様の役に」

「こんなに簡単に乗り込めれるなんて、この国は騎士もこの程度か」


 背後から近づく人影に気が付かないほど、彼らは夢中になって話し込んでいた。


「トーマス、次の指示は?」

「………………」

「トーマス?」


 僕に気がついたのは、既に5人のうち2人が意識不明の状態に陥った後だった。


「なっ?!お、お前っ」

「"催眠波スリープ"」


 反撃される前にさらに1人。


「なにをしてるんですか」

「な、何者だお前っ!」

「何しやがる!!」

「それはこちらの質問なんですけど……」


 僕は眠らせた一人を地面に寝かせ、すぐさま小柄な不審者の背後に回り、後頭部に手刀を放つ。


「"意識の一時停止シャットダウン

「カ……ハ…………」


 手刀で気絶……なんて、器用なことはできない。

 魔法で意識を失わせる。


「このまま自分で話してくれると助かるんだけど、とりあえずミオンさんのとこに連れて行くよ」

「ちっ。こんなところで邪魔される訳には行かねぇん――

「"バインド拘束"、"魔封じ"」

「むぐ……ん〜っ?!んーーーっ!!」


 魔法の詠唱を無効化させ、さらに5人全員を魔法で縛り上げる。この拘束の継続時間は長い。


(……誰かに見つけてもらうのが楽なんだけど、ミオンさんを探した方がいいよね)


 このまま放置しても余計な面倒事が増えるだけ。僕は庭に来ているはずのミオンさんを探しに、人混みの中に潜り込んだ。

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街の小さなアイテム屋さん 深夜翔 @SinyaSho

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