エピソード31.城内見学

「はい。これで全部です」


 僕は、制作した木刀を依頼主の女性に手渡す。


「ありがとう。本当は私が取りに行くべきなのに、わざわざこんな場所まですまないな」

「大丈夫です。金属の剣と違ってそこまで重くないですから」

「そ、そういう類いの意味では無かったのだが……」


 騎士様は、どこか呆れた様子と優しい微笑みを混ぜ合わせた反応で、差し出した木刀を受け取った。


 ふと、肩から覗く視界いっぱいの背景を一瞥する。


 その美しすぎる絵画のような背景は、王城に続く大きな橋と、この国の象徴とも言える巨大な王城。普段はお店でしか姿を見ないためか、こうして自分の足でその光景を目の当たりにすると、本物の騎士様なんだと改めて実感する。


――ここは、異世界なのだ。


「それにしても凄い数ですね」


 そんな橋には現在、入団試験応募者が続々と王城内へと入っていく様子が見られる。


 王城と橋は、絶景とはいえ普段の様相とはやや異なっているため、橋を背にしたこの場所には、ただその光景を見物に来る街の人もチラホラと見て取れた。


 入団試験には、予めこの日に受け取る書類を持参しなければ、試験を受けることが出来ない仕組み。


 願書提出が近い例。そんな感じ。


 そして僕の隣で手を握り、視線を上げた輝かしい瞳で黙っていたナツ。


「……おおきい、おしろ」


 ふと、感動に近い声を漏らした。

 基本的に外には出ないし、僕のお店の付近からでは遠すぎてその大きさを感じにくい。


 ナツにとっては初めて見るも当然なんだ。


「だね。間近で見ると凄く大きい」

「ふふっ。この国で一番偉い国王がいる場だ。それに相応しい建物だろう」

「……ん、おうさま……すごい。お城も、すごい」


 珍しく、ナツが興味関心を持っている。

 ナツの小さな変化に、嬉しさを噛み締める。


「………………」

「あの、黙って見つめられるとさすがに恥ずかしいです」

「あぁ、すまない!そんなつもりでは」


 喜ぶナツとそれを嬉しがる僕。両者を何も言わずに見つめていた騎士様は、またしばらく黙った後、こう言った。


「入団試験は4日後だ。その日なら、城内に入っても問題無い。私は審査員ではないから自由に動ける」

「それって……」

「4日後、城内を案内してあげられる、ということだ」

「ほんとですか?それは嬉しいですけど」

「心配は無用だ、業務に支障は無い。むしろあの時助けてもらったお返しができるのであれば、こちらからお誘いしたいほどだ」

「そんなことはっ……いえ、それじゃぁお願いします」


 ナツが嬉しそうにしているんだ。

 ここで断るという選択は、僕にはできない。


 せっかく騎士様が快く案内してくれるというのだから、今回はそれに甘えさせてもらうことに。


「では4日後、この場所で待ち合わせよう。急な依頼に応えてくれて感謝する」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「二人とも!待たせてすまない」

「大丈夫です。僕らも今来たところですから」


 入団試験当日。

 4日前は店の依頼ということで普通に会っていたけれど、今日は試験者では無いので目立つ可能性がある。

 なので、僕らは普段着ないような服装でやって来た。


 一見普通の服装だけれど、魔力遮断と認識阻害魔法が付与されているので魔力は漏れないし、魔力を通せば姿を隠すこともできる。


 本当はフード付きで顔が隠れるモノが好ましくはある。でも、せっかくの誘いに顔を隠すのは失礼だ。何より悪い方で目立つ。


 あくまで今日は、友人に誘われた城内見学。

 これは普通のことだ。


「残念だが、城内部には関係者や城の一部の者以外立ち入れない場所も多い。そこは勘弁してくれ」

「こうして案内していただけるだけで充分です。そんなに申し訳なさそうにしないでください」

「ん……」

「そうか。では中に入ろう。入団試験で人が多い、はぐれないようにだけ気をつけてくれ」


 そんな騎士様の後に続き、僕達は初めて異世界のお城に足を踏み入れた。



 入ってまず初めに感じたこと。

――壁の外と内で世界が違う。


 そして、

「庭が広いんですね……建物と同じくらいの広さだ」

「すごい……ひろくて………人がいっぱい」

「ははは。試験会場は東の騎士団訓練所だが、ここよりもたくさんの人がいるぞ」


 人の多さに目が回っているナツに対し、騎士様は慣れた足取りで人々の隙間を縫って通っていく。


 日頃から体を動かしている騎士様とナツで、前へ進む歩みの所作が歴然の差である。


「……ナツ、少しは運動しようね」

「やだ」


 頬を膨らませ、宙に浮こうとするナツを抑えながら、ゆっくり騎士様の後に続く。


「まだ受付が始まったばかりで入団希望者が大勢いる。先に城の中を案内しよう」

「お願いします」


 人混みを避けるように、広い庭を迂回して正面玄入口へ。中央には大きな噴水があり、その入口も見上げるほどに大きい。


「見ての通りここが城の入口だ。大広間に繋がっていて、そこから会議室や玉座の間に行ける。各部屋にも繋がる廊下があるが、そちらは別の入口を使用した方が早いだろう」

「おうさま……こわい?」

「国王様はとてもお優しい方だ。誰にでも優しく、守るための知識と実力がある、尊敬できる御方だ」

「ミオン……も、やさしい」

「そ、そうだろうか?」


 ナツが褒める姿も珍しい。

 騎士様は照れている。


 そんなやり取りをしつつお城の入口を横切り、もうひとつの入口――裏口というより二つ目の出入口のようだ――を使って中に入った。


「ここはメイドや料理人、あとは警備の騎士団の人がよく使っている。……お嬢様が脱走する時も、だいたいはここが使われる」

「だ、脱走って……」

「城の中でじっとしていられる性格では無いのだ。城の皆からも愛されているため、見つかってもさほど意味をなさない」

「あ、そういえば初めて会った時も……」

「よくある事だ」

「よ、よくあっていいのかな……」


 キッチンや倉庫、使用人たちの部屋や着替え部屋など、たくさんの部屋の前を通り過ぎ、僕達は2階に上がった。


「ここは図書室。国中の書物がここにある。恐らく国内で最も書物が置いてある場所と言えるだろう」

「す、すごい……」


 もはや声にならないほど巨大な空間。

 そこにびっしりと詰まった書物の数々。


 頭上にはただの図書室という一室に、壁から壁と反対側へ移動できる橋がかかっている。部屋に空中廊下がかけてある様子を想像すれば、その圧倒的広さが伝わるだろうか。


「……となり、は?」

「あぁ、そっちは自習室だな。基本的に王子と王女たちが使われている。……ん?そういえば今日のこの時間は」

「あーーーーーっ!!!ナツにセイタさんではないですか!!何故ここに?!というか、お久しぶりです!!」

「お嬢様……自習の時間では?」

「そうですよ!ですが、今は休憩中なのです!お二人の声が聞こえたような気がしたのでつい慌てて」

「おはようございます、アヤメさん」

「……ん」

「か、可愛い……可愛らしい服装ですねナツ!!!」

「んぁ〜」

「お嬢様、嫌がってますよ」

「うへへ、スベスベで……ハッ?!す、すみません……」


 いつものようにナツを抱きしめている。

 お城の中でも外でも、あまり変わらないようだ。


「それで……お二人はなぜ?」

「この間のお礼に、お城の中を案内しているのです。興味がおありのようでしたので」

「それなら私もっ!」

「勉強はどうするのですか」

「そんなものはあとです、あと。友人との交友の方が大切でしょう!!」

「また勢いだけで押し切るつもりですね。こうなると止められないのですが……お二人共構いませんか?」

「むしろ、お時間を取らせてしまってすみません」

「それは違います!優先順位というものですから」

「べ、勉強もしっかりしてくださいね?」


 こうして、お城の見学にアヤメさんが加わることになった。騒がしさが増す中、さらに案内は進む。

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