エピソード30.似た者どうしの再会

 翌日。

 上を見上げれば、空一面を灰色の雲が覆う微妙な天気だ。


 起きてから数時間。

 店の窓から見える外の景色に、雨の様子は描かれていない。


 しかしどんよりとした曇り空に、この気温の低さ。


 こんな日は普段より来店数は少ない。

 振り返れば、レジ横の定位置でナツが寝ている。とはいえゼロではない以上、商品の整理をしながらのんびりと過ごしていた。


「おぉ、これは……。こっちも初めて見るぜ。何だこれ?!どうやって使うんだっ?」


――静か、では無いけれど。


「あ、アルゴートさん。他のお客さんが来てる時は歩き回らないでくださいね」

「おう、分かってる。商売の邪魔はしねぇよ。――うわ、こっちも面白ぇ形してんな!」


 アルゴートさんは、この街にしばらく滞在することにしたらしい。今日は朝からずっとあの調子で、店内の魔道具を見て回ってはしゃいでいる。


 製作者としては直接褒められているようでむず痒い。


 でも、いち店員としては、営業中の店内で騒がれるのはあまり好ましくない。


 ……ナツも寝ているし。


(お客さんなんていないじゃん、って言われたらそれまでなんだけどね)


 レジ台のあるカウンター席に頬杖を付いて、一度整理した店内を改めて眺める。


「あれ?」

 僕が彼女に気がついたのと、カラカラと入口の扉に付いていた鈴の音が鳴ったのはほぼ同時だった。


「ミオンさん。おはようございます」

「あぁ、おはよう。突然すまないな」

「いえ大丈夫ですよ。見ての通りお客さんはいませんから」

「ん?客ならそちらにひとり――き、貴様はっ!」


 店にやってきたミオンさんは、アルゴートさんの顔を見て驚きの声を上げる。咄嗟に指さした腕は、心無しか少し震えている。


「んぇ?」


 対するアルゴートさんは、彼女が入ってきた事に気が付かなかったようで、声を聞いて大層間抜けな反応を返していた。


「何故貴様がここにいるっ!!アルゴート!」

「声がでかい客だn……ん?お前は……」


 しかし何やら知っている様子。


「あの時の脳筋剣士!」

「うるさい黙れっ!このポンコツ魔法使いがっ」


 おおよそ女性に言ってはいけない覚え方に、さすがの僕もジト目を向けた。


「何故……、どうしてこいつがここにいるんだ少年!」


 ミオンさんは顔だけこちらを見やって言う。


「な、なんと言いますか……こちらの事情で助けていただいきました。しばらくこの辺りに滞在するということなので、こうして僕の店に案内したんです」

「……そうか。そうだったのか。すまない、取り乱した」

「大丈夫ですけど、お二人は知り合いなんですね」


 意外な組み合わせというか、思わぬ縁が垣間見えた瞬間である。


「私は知り合いたく無かったが」

「何を言う。どうしても魔法が使えるようになりたいと押し掛けてきたのはそっちだろうが」

「あの時はまだ理解していなかったのだ。人に教えを乞うときは、相手をよく選ばなければならないとな」


 嫌な記憶を思い出してしまった彼女は、苦い顔をして呻いている。


「全く……酷い言われようだぜ」

「当たり前だ!人が懸命に頼み込んでいるものを、『お前は才能が無いから剣でも振ってろ』などと追い返す教師がいるかっ!」

「あれは事実を言ったまでだ。魔法の適性が無いお前ががいくら時間を使っても無駄無意味」


 あのアルゴートさんが、そんな事を言うとは。


 前の戦いを見ればわかる通り、彼女は物凄い剣の腕を持っていた。それは才能と剣にかける膨大な時間の努力があって初めて為せる、達人の技術だ。


(……そうか)


 アルゴートさんは、剣の才能がある事を見抜いていたんだ。だから、ワザと追い返した。


「ツンデレなんですね」

「「は?」」

「え、あっ、いえ!その……アルゴートさんは教師を成されてたんですか?」


 何故か二人からキレ気味の返答をされ、慌てて話題を変えた。……なんでだろう?


「まぁな」


 そして歯切れの悪い返事。

 なんだろうと純粋な疑問を、騎士様に視線を移すことで解決に促す。


「こいつはこの国最大の魔道学院、第一魔法研究学院の理事長だ。とは言っても、姿を見せるのは数年に1度。ふらっと現れては何もせずいなくなる。栄えある学院の創立者とは思えない」


 その事実には、さすがの僕も驚いた。


 だって1度もそんな話を聞いたことが無かったから。


 そんな念を感じ取ったのか、アルゴートさんは笑って

――「だって聞かれてねぇからな」と一言。


 なんというか、食えない人だ。


「それで、お前はどうしてここに来たんだ?」

「そうだ!貴様のせいで忘れるところだった。少年に頼みたいことがあってな」

「僕に?」


「あぁ、実はもうすぐ騎士団の入団試験が始まるのだが、実技用の木刀が足らない。作っては貰えないだろうか」

「大丈夫ですよ。先に本数と期限だけお伺いしても?」

「本数は5本、できれば来週までにお願いしたいのだが……」

「はい。確認しました」


 入団試験の剣ならば鍛冶屋なのではと一瞬感じたが、木刀であれば僕の専門に近い。


 依頼を承った証拠としてメモを残しておく。


「来週が入団試験?もうそんな時期か。……どれ、俺もたまには顔を出しに行くかな」


 その会話を聞き、アルゴートさんが小さく呟いた。


「その通りだサボり魔め。学院の卒業試験くらい、理事長の貴様が顔を出せ」


 騎士様の発言からして、本当に稀にしか顔を見せに行かないらしい。


 学院の理事長……学校の校長先生って感じかな?


 卒業試験や入学式には立ち会ってあげて欲しいけど。

 アルゴートさんは多分気にしてないだろうなと、これまでの記憶を思い出してそう思った。


 ……でも、魔法が好きなら見たいとは思わないのかな。


「俺は、地位やら権力で成り上がった貴族のガキ共が、なんの研究もせずに、既存の魔法を魔力の限りぶっぱなすところなんざ見たくねぇんだよ。一体なんのために学院を創ったと思ってやがる。権力者の実力を見せびらかすためじゃねえっての」


 あ、そういうことか。

 質問する前に、自分で答えてくれた。


 これは僕の想像でしか無いけれど、立派な学校には権力が強く、偉い人が集まりやすい。


 力を見せつけるいい場だから。

 昔に読んだ小説にも、そんな描写が描かれていた。


「あんな学院に引きこもるくらいなら、セイタと一緒にいた方が何倍も楽しいってもんよ」

「それには……少し同意だな」


 渋々ながらも、騎士様すらも同意する。

 何となく、過去に苦労してきた感じが伝わってきた。


「あっ、雨だ」


 そんな彼女の心情を現すかのように、外はどんより曇った空から冷たい雨が降っていた。

 この様子ではしばらくは止みそうにない。


「えっと、休んでいきますか?」

「はぁ、すまない。お言葉に甘えさせてもらおう」


 過去でなくとも、休みたい日はあるだろう。

 昨日は休日のようだったけれど、病み上がりに休日が一日だけでは疲れも溜まる一方。


「何か暖かい飲み物を用意しますね」


 たまにはこんな雨の日があっても、いいのかもしれない。

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