エピソード29.二つの再会

 僕は1人、街の片隅の路地で箒を動かしていた。

 現在は太陽が狭い路地をも照らす昼過ぎ。


 今日はお店は休みなので、一週間空けていた店内や店周りの掃除をしているのだ。


 ナツはというと、長い移動に疲れて森の自宅で睡眠中。


「ふぅ。この辺りは完璧だね」


 箒……といってもこれも魔道具としての改造が施された道具。埃や落ち葉などが箒の先に付きにくく、かつ持ちやすいように重さを調整できる機能付き。


 見た目は学校で使う竹箒そのままだけど、"竹"は僕の知る限りこの国には出回ってはいないので、竹に似た素材を探してきた。


 個人的にはかなり満足している道具のひとつだ。


 店内の掃除は雑巾やもう少し小さな室内用の箒を使う。  


 実はこっそり、元の世界で見たことがあるル○バ的なお掃除機械を作ってみようかなと考えていたりする。


「んーーっ。日差しが暖かいや」


 軽く背伸びをしてみる。

 今ならナツが眠くなるのも分かるような気がする。


 お店の扉に寄りかかり、一息着いて小休憩。ふと路地への入口へと視線を動かすと、向こう側から歩いてくる二人の人影を見つけて視線を止めた。


「あっ!セイタさん!!帰っていらしたのですね!」

「アヤメさんにミオンさん。お久しぶり、でも無いですね。ミオンさんも無事なようで安心しました。本当はお二人の無事を確認してから外出したかったのですが、急な用事が入ってしまって……」

「ああ、君のおかげでこのとおり。お嬢様に魔道具を作ってくれてありがとう。お礼を言いたくて、ここ数日待っていたのだ」

「いえ、そんな……自分もご一緒出来れば良かったのですが。ところでこんな時間に、どうしてここへ?」

「はい!偶然です!」

「ぐ、偶然?」


「お嬢様、省きすぎです。私から説明させてくれ。といっても、今日は私の休暇日でお嬢様と街を回っていた。その途中に帰って来ているかと様子を見に来た次第だ」

「わざわざすみません。余計な手間をかけさせてしまったみたいで……」

「そんなっ!助けられたのは私たちの方ですから!」


 二人が無事なのをこの目で確認し、少し安堵する。


 母様から大丈夫だと聞かされていても、やはり心配していたんだ。実際に会えたことで、その心配は消え去った。


「ところで……その」


 アヤメさんが周囲をキョロキョロして、少し恥ずかしそうに尋ねてきた。きっとナツを探しているのだろう。


「すみません。ナツは帰ってきたばかりで疲れていて、自宅で寝ています」

「えっ?!な、何でばれっ」

「あはは。何となくです」

「お嬢様……顔に出ておりましたよ」

「うぅ……恥ずかしいです」


 静かな路地裏にも、時折こうした明るさが舞い降りる。

 それがまた、僕にとっては心地よい。


「ところで、お二人はこの後も予定があるのでは?」

「私たちですか?そ、そうですね……」

「これ以上お邪魔するのは申し訳ないですし、僕もこのあとまだやる事がありますから、この辺りで」

「あ、はい!改めてありがとうございました!」

「はい。僕の方こそ、ここまで来ていただいてありがとうございます。では」


 二人のデートをこれ以上邪魔はできないかな。

 おそらくこっちから話題を切り上げないと、あのまま話が続いてしまっていた。


 僕は一度頭を下げ、箒を持ってお店の中へ引き上げて行った。



――あとに残った二人はと言うと


「気を遣わせて……しまいました?」

「の、ようですね……」

「……い、行きましょう!ミオン」

「はい。アヤメ様」


 そんな彼の行動を、察せてしまう心地悪さを感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――さて、時間は戻って。

 こちらは師匠と弟子の話。


「んで、この手紙の内容は本当なのか?」

「私が嘘を着いたことある?」

「むしろ嘘のイメージしかないが。よくそれでそんなにドヤ顔できっ」

「全くー!生意気なのは相変わらずね!」


 アルゴートの返事に、拳が先に入る師匠――母様。

 現在二人がいるのは、自宅のある迷いの森。

 その中心部に位置する泉の近くだ。


「森の結界の効果が薄れてきているのは事実よ。外からの侵入者が増えているのが何よりの証拠。まだ効果範囲が狭くなってきているだけだから、森に大きな被害が出ては無いけれど……」

「精霊たちの身の危険があることは、早めに対策しておきたいってことだろ。ま、師匠にも守りたいものができたってことか」


「なーに?その意味ありげな笑みは」

「いやー、あの大精霊様に子どもができるとは……時代は変わるって事だな」

「バカにしてる?」


 この弟子と師匠。

 言い合う姿はまるで親子。


 泉に群がる小精霊たちも、何やら呆れたように宙を回っている。


「アルにしか使えない魔法でさえ無ければ、私がチャチャッと治したのに」

「族性魔法の宿命だぜ。諦めて弟子を頼りやがれ――って、なんだこれ。知らねぇ付与だ」

「あぁ、それはあの子せいちゃんがこの森に来た時に付与した結界よ。森の中にいる特定の生命の魔力を底上げする魔法。この森の中に入れば、私たち精霊の魔力は通常の二倍以上ね」

「……さすがに言葉にならねぇ。なんだそのぶっ壊れた才能はよ」

「全部ナツのためだって。妹が大好きなお兄ちゃん、いいじゃないの」

「はー、親バカもいいところだぜ」


 驚いたり呆れたり。

 適当なやり取りをしながらも、アルゴートは壊れかけの結界を手際よく再生させていく。


――この巨大な森を覆う結界。

 そんな大規模な魔法を、この短時間に編み上げる技量の高さ。彼ら兄妹を見ていなければ、これでも驚くほど充分に天才である。


「ほらよ。これで数百年は問題なく動くはずだ」

「ほんと、種族なんてものをなんのために作り出したのかしら」

「んなもんこの世界を作った野郎にでも聞きやがれ」

「できるのならそうしてるわよ。神なんて、使い物にもならないんだから」

「……はっ、"神殺しの英雄"様は言うことが違ぇな」

「怒るわよ」


 キリッと睨みつけるものの、その瞳には鋭さが欠けている。


「はいよっと。せっかく来たことだし、少しの間ここで過ごすかな」

「帰ってくれてもいいのだけど」

「呼びつけたのはそっちだろ!」


 言い合いが止まらない師弟。

 騒がしい二人の周りに、小精霊が楽しそうに踊っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る