エピソード28.帰宅後の事件?

「帰ってきたーー!」

「何事もなく到着できて良かったよ」

「ん……つい、た?」

「着いたよナツ。起きて」


 ライードに帰ってきたのはお昼前。街の中が大勢の人で賑わっている様子が伺える。いつも通りの街。


 移動も合わせて約一週間と二日。

 毎日見ていた街の風景のはずなのに、一週間以上離れていたためどこか懐かしさを感じる。


 ライードの人気な噴水スポットも、サンシークとは違った街並みも、不思議な安心感があるのは懐かしみのおかげ。


「あっ!私、おばあちゃんのとこに寄っていくからこの辺で。またねー!」

「うん。また」

「……ばい、ばい」


 ニアは馬車が到着して直ぐに、家族の元へ帰るために僕らと別れた。


 残った僕とナツ、アルゴートさんの三人で空けていたお店に戻り、懐かしく見慣れた店の扉を開けた。電気は消して行ったし、掃除も完璧。離れる前と何も変わらないその景色。


 けれど、この世界に来てから一度も長期間お店を空けたことが無かったからか、なんとも言えない違和感を覚える。


 物の配置が変わっているような……。

――そんな小さな違和感。


「どうかしたのか?」

「あ、いえ。長く空けていたからか、懐かしさってこんな感じなんだなと」

「この場所が大切な場所だってことだ。俺なんて家を数十年空ける事もざらにあるが、特段懐かしみなんて覚えないからな」

「い、意外とさっぱりしてるんですね……」

「長寿種なんてこんなもんだぜ」


 そう話しながら店の奥へと移動する。

 どうして森に直接戻らなかったのか……と問われれば、単純に怪しまれたり、そもそもまだ子どもにしか見えない僕ら兄妹が迷いの森に入って行くのは印象が強すぎる。


 なので、森に帰る時は店の転移扉から帰るようにしている。


「にしても、この結界はすごいな。こんな複雑な結界……お前らが張ったのか?」

「大元の核となる部分だけです。最終的な仕上げは母様がやってくれました」

「あー、術式に見覚えのある形状が混じってんのはそれが原因か」


 この店の結界には、魔力そのものを隠す結界がさらに上書きされているはず……。

 アルゴートさんの魔力探知はかなりレベルが高い事が分かった。ナツの偽装を見破ったのも早かったし。


 ………………。


 それよりも気になることがある。


(やっぱり、家具の配置が変わってる。誰かが侵入した?なんのために……?)


 商品を置いておく棚や机、レジ台等を動かした形跡があるのだ。泥棒にしては何も盗まれていない。


 誰かが侵入した。しかし、目的が不明。

 そんな感じの違和感だった。


「……かあ、さま」

「??」


 店内を眺めて首を傾げていた僕の隙間をぬって、さらにその奥に進んでいたナツが、眠そうな声量で小さく呟く。


 その声を聞いて僕も店の奥を覗くと、衝撃的な光景が広がっていた。


「か、母様っ?!」

「う、うぅ……ふたりとも、おか……えり」


 なんと、母様が床に倒れていたのだ。


 あの母様が倒れるなんて、一体どれほどの強者にやられたのだろうか。


「何があったのっ?!誰に……」


 そう思い身構えて尋ねると。


「お」

「お?」

「……お腹、減った」

「???」


 最大限の緊迫感から一変、あまりのくだらなさに思考が停止する。


――お腹が減った?

 何を言っているのか。


「お腹減ったって、そもそも精霊はご飯食べなくても生きていけるでしょ」

「だって……毎日食べてたから、食べないと違和感があるというか……架空の空腹が襲ってくるんだよぉ」


 架空の空腹って何?

 もはや、母様との価値観の共有が成立しているのかすら怪しくなってきた。僕は理解を放棄して、母様を森の家まで運び込むことを優先した。



「で?こうしてご飯を用意したわけだけど……説明はしてくれるんだよね母様」


 家の中の食物専用保存庫、いわゆる冷蔵庫(セイタ作)の中は空っぽだった。


 確かに、ここを出る時はしばらく要らないだろうと買い出しには行かなかった。

 でもそれは、母様に本来食事は要らないという事実があったからで。


「うぅ……息子の視線が痛い……。私だってまさか空腹を感じて倒れるなんて思わなかったの」

「ふはははっっ、あのババアがお腹減ったって(笑)。お腹減って倒れるとか(笑)――グハッ」

「うふ。久しぶりに会っても変わらないのね。アルは一回黙ってなさい」


 食事を摂る母様に対し、盛大に笑い転げていたアルゴートさんが母様に殴り飛ばされる。


「私一人だって、食材があれば簡単な料理くらい作れるけど……まさかレイゾウコの中が空っぽだなんて」

「それで店の中まで漁って食べれるものを探してたんだ」

「……どうしてそれを」

「逆に、どうしえ母様はあそこで倒れてたのさ。机とか棚の位置が変わってた時点で、母様が漁ったのは明白なんだよ」

「セイちゃん凄いのねー。観察眼が鋭い!」

「褒めても何も出ないからね」


 無駄な心配をして損した。

 誰かが侵入したわけでも、まして母様が倒されたわけでもなかった。


 心の中で少し安心したが、今はそれを口には出すべきでは無い。


「そうだ。この後お店はどうするの?今日はさすがに休む?」

「またそうやって話をすり替えようと……。まぁ、今日はナツも眠たそうだし、お店の掃除とか備品の準備だけして明日からまた始めるよ」

「そう?なら、この後私はこのバカ弟子と確認したいことがあるから外出するわね」

「分かった。あ、それの片付けは自分でやってよ」

「えっ、セイちゃんのいじわるぅ!」

「人に余計な手間をかけさせた罰」


 なんだか帰ってきた嬉しさを感じつつ、僕はソファで寝ているナツを抱えて寝室へと向かった。


 ベットに寝かしたあとは、背後で文句を言いながら皿洗いに徹している母様をスルーし、お店の掃除のため再び扉を潜るのだった。

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