5.劇は終わり、勇者は死なず
候補者による討論会、当日。
「思想法がこの国を軍事国家たらしめているというのは論点のすり替えです。先のアテ国との衝突も悲しいながら、世界を脅かさんとする思想を罰するための必要な犠牲でした。生産率さえ上がればイシスは世界の貯蔵庫として問題なく運営されるのです。そうですね?」
拍手。
「思想取締法はこの国に必要な抑止力です。お聴きしたいのですが、思想を野放しにすることによって起こるあらゆる不利益・不平等にどのように対処するのでしょうか」
保守党のセットは鋭さを隠したまま質問を終えた。
「たしかにこの国が戦争をやめられないのは思想法だけではない。いや、言い方が悪いな。このイシスは最初からそうだった」
答えたのは当然フェルタニル候補、の影武者だ。
端から兄になり切る気もなく、鉄面皮で続ける。
「九十年前、小さな村が礎となり建国されたと今では語られているが、国としての歴史はそれよりも古い。アテ国に残っていた歴史資料に記録されている。今は図書館に収蔵され写本作業も進んでいるから後で参照するといい」
ざわめき。聴衆は互いに顔を見合わせる。
「イシスを支配していた初代王は何故名を残さなかったのか。他ならぬ魔王と同じ名となれば、仕方のないことだろう」
「まったく、出鱈目を」
「支配は終わるはずだった。勇者■■■■による国王の暗殺によって」
今は子供向けの冒険物語として残っているその歴史を、そう表現した。
「しかし思想法は残った。疑心を拡大させた魔王によって定められ、怠惰な民によって守られてきた法典として、魔王の言葉は今日まで残った。改正は魔王の呪いから脱却する一歩だと私は主張する。多少の混乱は起きようが、民ひとりひとりがその誇りを持てば乗り越えられるはずだ」
沈黙、のちにまばらな拍手。
フェルタニル候補は一礼し言葉を締めくくった。
「……ご回答ありがとうございます。しかし、あなたの言う呪いは概念的なものでしょう。実際に我々の畑を苦しめている呪い、瘴気を浄化するのは魔術協会です」
「そんなものはどうとでもなる」
セットが顔を歪めた。その時だった。
空気が渦巻く。
俺は跳び、隣にいたセットを引き倒した。
「な、なにを!」
彼の机が捻じり上げられる。槍となって彼女を襲う前に蹴り落とす。
人混みの中から小さな影が引き抜かれた。ケイが牽引士を使って迎撃したのだろう。急激な加速によって失神したのかティナは手足を垂らしたまま動かない。
しかし、第二撃には俺も対応できなかった。
「クー!」
聴衆の間を縫って駆け寄る者がいる。パンには姿を隠すように言っていたが見に来ていたようだ。
物質の弾丸を受けてふらつき始めた妹を支え、その名を呼びかけ続ける。
「しっかりしろ、クー、大丈夫だ」
「この国を、頼む……」
縋りつく兄を引きはがし、衛生局は彼女を搬送する。
搬送先の病室。カーテンを引く。
「もういい」
姿を変えていたカタリが起き上がった。
「慌てふためく人間を見るのは健康にいいんだぞ」
胸に被弾の跡を晒しながら、やはり空っぽの笑顔で笑った。
「魔王らしい趣味だな」
「君たちもそうじゃないのか?」
「そのために真実をすり替えたりはしない」
「ボクは嘘はつかないからね」
世界を改変しておいてよく言う。
俺の次に入って来たのはローディだった。ギナミ摘発の仕事を終えて来たのだろう。
「すまなかったな」
「お安い御用だよ。いたた……」
姿の変化は旅芸人の技ということにしている。魔王の亡骸は人間並みに痛がるふりをしてみせた。
「あのような男を護る必要はなかったのだが、イシスのためならば仕方あるまい」
ローディは相変わらずだった。
「そんなこと言って、自分の才能のせいでおにいちゃんに騎士を諦めさせたんじゃないかって、心配してたんじゃないの」
カタリが魔王らしくないことを口にした。
ローディは珍しく目を見開き、ただ頭を振った。
暗殺の企てが明るみに出たこと、そして妹を思う兄の姿が同情票を攫ったのだろう。
馬鹿みたいな理由だが、国が変わる時とは得てしてそういうものだ。
フェルタニル・パン・ブローディアは見事次期国王に当選した。
「皆様ありがとうございます。この国をみなさんで少しずつ変えていきましょう」
落選した俺はパンへ拍手を送った。
ローディは兄の即位が終わってすぐ、パヴァ国の縁談を受け入れた。
そして一年。
革命団ギナミはリーダーを投獄され、残党は地下に隠れたらしい。
フラガの動向も掴み切れずにいるためいつ再始動するかは分からない。
ハルは未だ各月で俺の査問を続けている、しかし、受刑者のカウンセリングという新たな仕事に最近は追われているようだ。
このイシスという国は、さほど変わっていない。思想罪の三割ほどは廃止されたが例の夜市は変わらず開かれ、国民はなにごともなかったように暮らしている。
女性問題を繰り返すパンの支持率は乱高下し、次期国王の候補も政党も増え続けている。
そういう意味では、かつて諦念が支配していた頃よりも賑やかにはなったのだろうか。
俺は、ケイの領地で暮らしている。老朽化した屋敷の壁を直しながら農作業も手伝っている。ヒルンの質問攻めは収まり、代わって彼が考えた冒険譚を毎日のように聞かされている。
休憩しているとカタリが俺の背後に座った。
「すぐにでも殺してあげられるけど」
「今はまだいい」
俺はそう答えた。
農場に一つの馬車が停まる。
馬車というか、トカゲ車と言った方がいいか。
やたら露出の多い護衛を率いて女が出て来た。
「昨日女王に即位した。側室は持っても良いとな」
すっかり日焼けしているが、ローディだった。
「はぁ!?」
休憩を見に来ていたケイが声を上げた。
「話が見えない」
「貴様は私が殺すのだろう。ならば私の側にいるべきだと思うが」
俺はあとずさる。
筋肉を晒した護衛団が網を構える。
「逃げるぞ」
まだ俺は死ねないらしい。
終
俺が死のうとすると必ず異世界に来ている 月這山中 @mooncreeper
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