本編


//スポット①ペデストリアンデッキ

 あなたがまず向かったのは、つくば駅前の複合型商業施設「BiVi」の二階前、ペデストリアンデッキだった。

 ここからある手順を踏むと異世界に行くことができるらしい。

 最初の手順は「デッキに置かれたオブジェを数えること」

 あたりを見回したあなたは、すぐそばの街路樹の根本にオブジェが置かれていることに気が付いた。オブジェはそこだけではない。デッキに植えられた街路樹のあちこちに、不思議なシルエットが見える。

 どうやら、市で設置したアート作品のようだ。

 これらを数えながらデッキを一周すると、なかったはずの場所にオブジェが増えるのだそうだ。

 あなたは、ひとつひとつオブジェを確認しながら歩き出した。

 外灯に照らされたデッキはきれいに手入れされており、物陰は少ない。すぐそばにはコンビニの明かりもあり、恐ろし気な雰囲気はない。

 仕事帰りの地元民らしい人たちもちらほら歩いていて、とてもここが異世界につながっているようには見えなかった。

 拍子抜けしながらデッキを歩いていると、不意に「ギャギャッ! ギャーッ!」という甲高い声が響いてきた。何かの鳴き声だろうか。

 あたりを見回すが、何もいない。

 明らかに異常な声だったのに、デッキを歩く人は誰一人反応する様子もない。

 皆無言で、黙々と歩いていく。

 今のは幻聴?

 まさか、自分だけが聞いた音だったのだろうか。

 自分はすでに異世界に足を踏み入れてしまっていたのだろうか。

 思わず立ち止まり、あたりを見回す。

 じっと周囲をうかがっていると、また「ギャギャッ! ギャーッ!」という甲高い声が響く。

 聞き間違えではない。

 やはり、何かいる。

 警戒と同時に、あなたはひとつ違和感に気が付いた。

 声が同じだ。

 最初に聞こえた「ギャー!」と今聞こえた「ギャー!」。同じ獣の鳴き声とか、そんなレベルではない。まったく同じ音が繰り返し聞こえてきたのだ。生き物が鳴いたのでは、こんな音にはならない。

 冷静になって、あたりを観察しているあなたは、看板のひとつに目をとめた。そこには、「鳥害防止のために、音声を流しています」と書かれていた。

 どうやら、ムクドリなどの小鳥がデッキに近づかないよう、天敵である猛禽類の鳴き声をスピーカーから流しているらしい。

 わかってしまえばなんということもない。

 音の正体を知って、あなたは胸をなでおろした。

 通行人が驚かないのは、いつも同じ音を聞いて、慣れてしまっているからだろう。

 ふたたびオブジェを数えながら元の場所に戻ってきたあなたは、そこで足を止めた。

 スタート地点に、知らないデザインのオブジェがいる。

 街路樹のオブジェはどれも特徴的なデザインで、記憶に残りやすい。こんな形のものは見かけなかったはずだ。

 もしかしてこれも異変なのだろうか。

 思わず緊張したあなたは……しばらく考えて、勘違いに気が付いた。

 そのオブジェは街路樹に隠れるようにして置かれている。スタート地点からだと、木の陰になる位置だ。オブジェを数えながらデッキを一周して、反対側から覗き込んだ時だけその姿が見えるのだ。

「なんだ、やっぱり異世界へ行く方法なんて嘘だったのか」

 最後に増えるオブジェのからくりを知り、肩を落とすあなた。

 がっかりしながら、次の目的地へと歩き始める。

 その油断が命取りだとは気づかずに……。




//スポット②ペデストリアン陸橋

 あなたは、ペデストリアンデッキを通り抜け、大きなアーチ状の橋を渡り始めた。

 その先には、大きなロケットの先端が見える。

 陸橋の対岸、つくば中央公園の突き当りに建てられた科学館「つくばエキスポセンター」に展示されているHⅡロケットの実物大模型だ。全長50mを越えるロケットが公園の街路樹の間からにょきっと伸びている様子は、非日常的だ。それだけで、異世界に来たような錯覚を覚える。

 しかし、自分が探しているのは単なる非日常ではない。

 ロケットを見つつ、橋を進む。

 急こう配の坂道をゆっくりと降りていくと、立派な欅並木がこちらを迎えるように枝葉を広げていた。右手にはモダンなデザインの建物が、左手には公園の深い緑が見えた。街路樹が照らす光にも限度があるのだろう、公園の緑の下や植え込みの中は真っ暗で、公園の中は先が見通せなかった。

 暗い公園の植え込みを見ながら歩いていると、その脇に銅製の四角いプレートが建っていることに気が付いた。プレートには太陽が描かれている。エキスポセンターにむかって、同じようなプレートが不定期に並んでいた。太陽から始まり、水星、金星、地球……と、太陽系の位置関係を示しているらしい。科学の街らしい演出だ。

 プレートから視線をあげた瞬間……あなたはその奥に大きな影を見つけた。人間ほどの高さの真っ黒い影。

 まさか、公園の木々に隠れて何者かが潜んでいたのだろうか。

 ぎょっとしたあなたは、思わず後ろにさがった。

 欅の枝の間から差し込む外灯の明かりだけを頼りに、じっと植え込みを見つめる。

 しばらく見つめているうちに、あなたはそれが全く動かないことに気が付いた。

 生き物ではない、と思ったあなたは恐る恐る影に近づいてみる。よくよく見てみると、それは石像だということがわかった。フクロウをモチーフにした彫像だ。それもひとつやふたつじゃない。植え込みの陰の中にフクロウが何羽も隠れていた。

 正体を知って、ほっと息を吐いたあなたの耳に、「ほう」とフクロウの鳴き声が聞こえた。これもアートの街の演出だったようだ。

 あなたは、また歩き出した。



//スポット③つくばエキスポセンター

 欅並木を進んでいったあなたは、つくばエキスポセンターの前に到着した。見上げるほどの大きさの、オレンジ色のロケットが建っている。施設自体はもう閉館しているので、外から見るしかできないが、それでも十分見ごたえがある。

 ロケットの下に視線を移すと、手前にいくつか屋外展示が並んでいることがわかった。ピラミッド状のガラス張りのケースの中に、大きな王冠や土星が展示されている。土星は、何かに支えられているわけでもないのに、空中に浮かんで見えた。不思議な光景だが、怖さや異常さを感じないのは、科学館の展示だからだろう。種はわからないが、手品っぽい無機質さがある。

「ここが異世界の入り口……なわけないか」

 あなたは、展示から目を話して一歩そこから下がった。

 がしゃ、がしゃがしゃ!

 突然大きな音が響いた。

 思わず音がした方向を見ると、土星のケースの奥に大きな石の塊が見えた。

 高さ2メートルほどの、巨大な石の立方体が、頂点のひとつを真上にして、斜めに地面に刺さっている。それは、重いみかげ石でできているにも関わらず、風にあおられてゆらゆらと揺れていた。がしゃがしゃという音は、石をつなぎとめる鎖が動きにあわせて音を立てているらしかった。

 あんな大きな石が揺れてる?

 風がふいただけで?

 がしゃがしゃという音と、石の揺れはまだ続いている。

 外にぽんとおかれただけのその石には、巨大な質量を動かすだけの動力は見当たらなかった。

 ただ置かれている石が揺れている。

 これは明らかな異常事態だ。

 今度こそ、自分は異世界に足を踏み入れてしまったのだろうか。

「わ、わあ……っ」

 あわてて、その場から離れようとしたら、足がもつれた。

 そのまま崩れるようにして地面に体ごとぶつかる。

 体を起こそうと必死に手をついていたら、誰かの手が差し出された。

「大丈夫?」

 若い男の人だった。

 彼は地面に座り込んでる自分を不思議そうに見ている。

「え? 異世界に人? あれ?」

「僕はその先の大学に通ってる学生だよ。君こそこんな夜にひとりでどうしたの?」

「えっと……つくばの都市伝説を確かめにきたんだけど……そこの大きな石が、いきなり動き出したから、びっくりして……」

「あー、ゆるぎ石のことかあー」

 学生さんはくすくすと笑いだした。

「ゆるぎ……いし?」

「あれは、動く展示なんだよ。やじろべえの原理を使って、絶妙なバランスで立ててあるんだ。だからちょっとした力で簡単にゆらすことができる」

「な……なんだ……そういうことか」

 理由がわかって、また大きなため息がでた。

「派手に転んだから、怪我してるかもしれない。ちょっと休憩していったら?」

 学生さんは、自分の手を引いて夜の公園の中を進んでいった。



//スポット④さくら民家園

「こっちだよ」

 地元民らしい学生さんは、エキスポセンターの前を通り過ぎて、公園の脇道へと入っていった。木々が暗い影を落とす遊歩道の先にあったのは、近未来的なつくばの街並みとは全く別の風景だった。小さな明かりに古風な木製の門が照らされている。

「ここは、さくら民家園っていうんだ。科学都市として開発される前に建てられた古民家を移築したんだって」

「へえ……」

 門の奥には、かやぶきの大きな平屋の日本家屋があった。

 相当に古いもののようで、年月を重ねた柱は真っ黒になっていた。暗い木々の中で、古民家の灯りが妙に明るく感じる。

「こんばんはー」

 学生さんが声をかけると、中からおばさんがひとり出てきた。

 真っ白いエプロンをかけて、手ぬぐいを被った姿はとても古風で、昔の暮らしを学ぶ教科書とかに出てきそうな雰囲気だ。

「この子が、そこで転んでたんだ。少し休憩していっていい?」

「じゃあお茶をいれてあげましょうね」

 おばさんはかまどに向かうと、そこでお湯を沸かし始めた。学生さんは縁側にあなたを座らせて、行燈の灯りで怪我の様子を見てくれる。

「うん……ひどい怪我じゃなさそうだね。よかった」

 学生さんはにっこり笑う。おばさんも笑顔で湯呑みを渡してくれた。

「お茶を飲んで一息ついたら、今日はもう帰りなさいね」

「はい、ありがとうございます」

 ふたりにお礼を言って、あなたは古民家を後にした。

 駅に向かいながら「やっぱり異世界なんかなかったんだ」と思う。

 怖いと思ったことには、だいたい理由があり、異常なことなんて何も起きていなかった。幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだ。

 優しいつくばの地元民に親切にされて、楽しい気持ちで帰っただけである。

 しかし、あなたは知らなかった。

 ゆるぎ石は確かに子供の力でも動かせるオブジェだが、さすがに風の力程度では動かないこと。

 さくら民家園は、夕方には閉めてしまうこと。

 あなたに親切にしてくれた「地元民」は一体誰だったのだろうか……?




終わり








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つくば異界奇譚 タカば @takaba_batake

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