【最終話】悪人面はみんなから理解を得る

「おーい! 三橋ー!」


 俺たち3人は三橋を探しに山の中に突入した。時刻はもう19時近く、夏の日照時間は長いと言ってもこの時間になるとほぼ日は落ち、山の中には明かりもないためかなり暗い。頼りになるのは手元の懐中電灯の明かりぐらいだ。


「三橋ー!!!」「三橋、どこだー?」


 茂雄と委員長も大声を上げて三橋を探す。だが三橋の姿は影も形も無かった。懐中電灯が照らす範囲に見えるのは立派に育った木や草花だけである。


 …やはりこの暗闇の中で人を探すのは無理なのだろうか? 


 合理的に考えるのであれば、俺たちだけでの捜索は諦めて専門家である警察に任せた方が良いのは確かだろう。


 しかしそれでは間に合わないかもしれない。警察が三橋を探し出すまでに彼が死んでしまう可能性もあるのだ。近年でも人が山に迷い込んで死亡したというニュースはよく耳にする。


 クラスメイトが死ぬとクラスの皆が悲しむ。せっかくの楽しい林間学校が悲しい思い出で終わってしまうのだ。それだけは絶対に避けたかった。


 とりあえず俺たちは自分たちが二重遭難しないように3人で離れないように移動し、尚且つ宿泊施設の明かりを見失わない範囲で捜索を続ける事にした。宿泊施設の明かりが見えている範囲でなら遭難する事は無いだろうと判断しての事だ。


 後方を見ると林間学校に参加している他の生徒たちも三橋を探しに宿泊施設の周りを探している様だった。警察はまだ来ていないらしい。


 俺たちは引き続き三橋の捜索を続けた。



○○〇



「見つかんねぇな…」


 俺たちが三橋の捜索を始めてから30分ほどが経っただろうか? 宿泊施設の近くの山の中をくまなく捜索したが、三橋の姿は見当たらなかった。


「クソッ、どこにいるんだ三橋…」


 俺は苛立ちを隠しきれずに近くにある木を殴った。茂雄と委員長も少し疲れてきたようで息を上げている。このまま三橋は見つからずに終わるのだろうか。そんな最悪の予想が俺の頭によぎった。


「…ぇーん。…けてー」


 しかしその瞬間、風に乗って俺の耳にかすかに人の泣き声のようなものが聞こえてきた。これはもしかして…。


「三橋かー?」


 俺は大声を上げて彼の名前を呼んだ。


「…助けてー。暗いよー」


 聞こえた! 今度はハッキリと人の声で「助けて」と聞こえた。俺は茂雄や委員長と顔を見合わせる。


「三橋! 今から助けに行くからずっと声を出してろ!」


「…早くー!」


 俺たちは声のする方向に向かって走り出した。


 …5分程走った所で懐中電灯が木に括り付けられている人の姿を照らし出した。間違いない。三橋だ。


「助けてー! 怖いよー!」


 彼は大粒の涙をボロボロ流していた。俺たちはロープをほどいて彼を救出する。


「ひっぐ…ひっぐ…怖かった。怖ったよぉ…。ありがとう極道…」


 三橋は余程心細かったのかロープをほどくと俺に抱き着いてきた。あまり男に抱き着かれる趣味は無いのだが、今回は仕方ないだろう。


 しかし泣いている彼には申し訳ないが、どうしてこうなったのか事情を聞かなくてはならない。


 俺たちは疲弊している彼に肩を貸しながら宿泊施設へと戻った。彼のいた場所が宿泊施設の明かりがギリギリ見える範囲だったのは不幸中の幸いであろう。



○○〇



「三橋!」「三橋君!」「みつはしー!」


 俺たちが彼を抱えて宿泊施設に戻ると彼を探していた先生や生徒たちが近くに寄って来た。どうやら林間学校に参加している生徒全員が捜索に参加していたようで俺たちの周りは一気に大所帯となる。


 救助された三橋はまず養護教諭にいくつか軽い質問をされ、体調に異常が無いかチェックされていた。


 質問の結果体調は大丈夫な様だったが、警察と一緒に救急車も呼んであるので後で念のため病院に向かう事になるらしい。


 …だがその前に確認しなければならない事がある。


「三橋、お前はどうして山の中にいたんだ?」


 俺は彼に尋ねた。「三橋をイジメた」という自分の疑惑を晴らさなくてはならない。


 生活指導の熊本や担任の吉原先生、そして他の生徒たちの目が三橋に注目する。


 三橋は辺りをキョロキョロと見渡し誰かを探しているようだったが、満潮の姿を見つけると彼の方を怒りの形相をして睨みつけた。そして彼を指をさしてこう言った。


「あいつに無理やり木に括り付けられたんだ!」


 三橋に告発された満潮は一瞬「ギョッ」とした顔をしたが、すぐに表情を戻すと白を切った。


「な、なぁ三橋。お前は極道にイジメられて木に括り付けられていた。そうだよなぁ?」


「違う! こいつは極道を貶めるためにイジメの証拠を捏造しようと俺を無理やり木に括り付けたんだ! そこのギャル3人衆もグルだ!」


 三橋は満潮の近くにいた夕闇佐枝子率いるギャル3人衆も指さして告発した。


「えっ、いや…そんな。県議会議員の息子である満潮が嘘をつくなんて…」「ガチかよ…俺はてっきり極道が三橋をイジメたのかと思ってたぜ」「俺もだ…」「満潮君最低。いくら相手が極道だからって…」「俺は極道を信じてたぜ。だってあいつめっちゃ良い奴だったもん」


 生活指導の熊本を始め、周りの生徒たちも驚きを隠せないようだ。…大方そんな事だろうと思っていたけどな。


「ちっがーう!!! 先生、三橋は極道に脅されてあんな事を言っているんですよ! お前らも信じるなよ。相手はあの極道だぞ! 人殺しやヤクを売っぱらう極悪人だぞ! そんな奴の言う事を信じるのか?」


「そーよそーよ! 満潮君が正しい!」「うんうん!」「極道は悪人!」


 そんな彼らの主張に再び周りの人間の論調が傾く。


「そうだよな…あの極道だしな」「三橋を脅して言わせている可能性もあるのか…」「私はイケメンの満潮君の言う事を信じるわ」「いやいや、極道はそんな事しないって」「お前らまだあの噂信じてるのかよ…」


 俺を信じてくれている声もチラホラ聞こえるが、やはり俺を疑っている声の方が大きい様だ。


 …ここ数週間で俺は善行を重ね、周りの人間と信頼を築けてきたと思っていた。でもそれでもまだ足りないのか。やはり俺の悪人面故の悪評を覆す事など根本的に無理なのかもしれない。


 誰かが言った。人は見た目が10割。見た目が悪ければそういう扱いをされるのだと。どんなにあり得ない事でも大勢の人がそれを信じて「そうだ」と言えばそれは真実になるのだ。


 結局、俺の人生などこんなものか。いくら善行を重ねても見た目で「悪」だと判断され嫌われる。そんな人生。


 しかし俺が諦めかけていたその時、天子さんの良く通る声が辺りに響き渡った。


「みんな、今までの善人君の行動を思い出して! 今まで善人君がそんな事をした? 実際にクスリを売ったり、人を傷つけるような事をした? それはあくまで根も葉もない噂であって善人君はそんな事はしてないよ。それに善人君はこれまでみんなを助けてきたじゃない。それを忘れたの? 彼の外見じゃなくて内面を見て判断してあげて! 善人君はそんな事はしてないよ!」


 最愛の彼女は俺の方を見て「大丈夫だよ」とほほ笑んだ。 


 そうだ…何を弱気になっていたのだろう。俺には天子さんが…そして頼れる仲間たちがいる。ちゃんと俺の事を信じてくれる人たちがいるんだ!


「確かに…俺も昔極道に助けて貰った」「冷静に考えると…本当に人を殺してるんなら極道はもうとっくに警察に捕まってるよね」「顔は怖いけど…結構良い人よね極道君」「なっ、言ったろ? 極道は良い奴だって」「そういえば極道ってずっと施設のラウンジにいたから三橋を山に連れ出すなんて不可能だよな。俺見てたわ!」


 天子さんの言葉でみんなの論調が俺の方に傾いた。しだいに俺を擁護する意見の方が多くなってくる。


「嘘をついているのは満潮だ! こいつは極道と聖女様が付き合ったのが許せなくて、2人を別れさせようと極道を貶める作戦を練ってたんだ。俺はまんまとそれに利用されたんだ!」


 本来は満潮の取り巻きであった三橋も彼に愛想を尽かしたのか、俺の味方をしてくれている。


 最終的に三橋が山に連れ出されたと思われる時間帯に俺はずっと宿泊施設のラウンジにいたという他の生徒の目撃証言と三橋の告発が決定打となって俺の無実は証明された。俺の名誉は守られたのだ。


「クソッ! クソッ! クソガァ! 何でお前ら俺の言う事じゃなくてその悪人の言う事を信じるんだよ。おかしいだろ!?」


 満潮は必死になって悪態をついてくるが、もう彼の言う事を信じる人間はいないようだった。


「満潮、すまんが事情を聞かせて貰えるか?」


 生活指導の熊本はそう言って満潮とギャル3人衆を別室に連れて行った。警察沙汰にまで事を大きくさせた罪は重い。彼らには相応の罰が下る事だろう。できれば彼らとも分かり合いたかったのだが…残念だ。


 こうして事件は無事解決し、それまでの緊迫した空気がゆるやかなものへと変わった。


 俺はみんなの方を振り向くと彼らに礼を言った。


「ありがとう。俺の事を信じてくれて! 庇ってくれて!」


「当然だよ! 私は善人君がどんな人か1番よく知ってるもん」「…ごくどーマイフレンド」「…とりあえず一件落着かな?」「うむ、これにて一件落着だ」「善人…良かったな」


 みんなが俺の方を向いて笑う。俺の心は感謝で一杯になった。あぁ…友達って、仲間って本当にいいものだな。


 そして俺は他の生徒たちの方を向いた。彼らには言っておかなくてはならない事がある。


「みんな聞いてくれ! 俺…顔は怖いかもしれない。でも噂されているみたいに犯罪なんて犯した事は無いから! あれ全部嘘だから! だから…俺の外見じゃなくて内面を見て判断してくれると嬉しい!」


 俺は自分の本心を、願いを彼らに告白した。これで少しでも俺の事を理解してくれる人が増える事を祈って。


「そうだな。俺もお前の顔の怖さに怯えすぎていたのかもしれん…」「ってか極道って濡れ衣を着せられていたのに三橋を助けに行ったって事か? めっちゃ良い奴じゃね?」「外見で判断されるって辛いよな。俺も不細工だからよく分かるよ。今までスマンかった、極道」「極道、これまで通り俺とも仲良くしてくれよな!」


 俺の心からの告白に他の生徒たちはそれを認めるような事を言ってくれた。


「ありがとう…。みんな、ありがとう! ううっ…」


 俺は彼らの言葉に胸が一杯になって涙を流した。やっと、俺はやっとみんなから理解されたのだ。俺の願いは…外見ではなく内面で判断して欲しいという長年の思いは今ここでようやく叶ったのだ。


 以前なら…俺が同じ事を言ったとしてもこのような反応は帰ってこなかっただろう。俺がここまで来れたのは全て天子さんのおかげだ。彼女のおかげで俺は自分のクラスを始め、他のクラスの生徒にも理解して貰う事ができたのだ。


 九条天子さん…愛するべき俺の彼女。…俺はこの大恩を一体どうやって返せばいいのだろう? もちろん、一生かかっても返す気でいるが。


「どうしたの善人君? わぷっ!?」


 最愛の彼女は俺の隣でニコリと笑った。 俺は彼女のその眩しい笑顔を見て、彼女を絶対に離すまいと抱きしめた。



◇◇◇



ここまで読んでいただいてありがとうございました。本編の方はここで終了となります。


この物語を面白かったと思って下さった方は☆での評価をお願いします。もし評判が良かった場合は本編の後を描いた「アフターストーリー」の方を連載しようと考えています。


「アフターストーリー」では本編では少し物足りなかった善人と天子の本格的なイチャラブや仲間たちとのその後、残りの伏線などの回収いたします。(とある理由により本編とアフターで話の展開を分けたかったのでワザと伏線を残しました)


では、また会う日まで

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【本編完結】悪人面をしているが故に周りから怖がられ嫌われていた俺 それでもめげずに善行を続けていたらひょんな事からクラスで「聖女様」と呼ばれている女の子と甘いラブコメディが始まった件 栗村坊主 @aiueoabcde

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