行方不明になった三橋
~another side 満潮~
夕食も終わり、自由行動の時間になった。そんな中、満潮は自分の取り巻きである三橋を伴って懐中電灯を片手に山の奥へと向かっていた。
時刻は18時を過ぎている。如何に夏とは言えども、もうすでに日も落ちかけ山の中は暗くなりはじめていた。
「ねぇ、満潮君。どこに向かっているの?」
三橋は呑気な顔をして彼にそんな事を尋ねた。これから三橋の身には不幸が降りかかるのだが、彼はそんな事は知る由もない。
「ここらでいいか」
満潮は突然立ち止まった。彼はグルリと後ろを振り向くとポケットの中に隠し持っていたロープを取りだし、三橋の手をほどけないようにグルグルと縛る。そして三橋の手を縛ったロープを近くにあった木の幹にしっかりとくくり付けた。
三橋はそれを困惑した様子で眺めていた。
「えっと…満潮君、これはどういう事?」
「言ったろ? 極道の悪事を捏造するって。つまり…お前があいつにイジメられてここに縛りつけられた事にするのさ。俺はこれからすぐに戻ってこれを先生に報告する。そうすれば奴は終わりだ。いくらあいつが否定してもここにイジメの証拠があるんだからな!」
「えっ…ちょっと待ってよ!? もしかしてその間俺はずっとここに縛りつけられていろって事かい? 堪忍してくれ! 暗い所苦手なんだよ! それにこの山イノシシとか出るんだろ? イノシシが出たら俺はどうすればいいのさ!?」
「ゴチャゴチャうるさいんだよ。お前も言ったじゃねえか。極道に恨みがあるから何でも協力するって」
満潮はそう言って三橋を脅しつける。三橋はそれを聞いて呆然とした。彼は極道を貶めるためにまさか自分が利用されるとは思ってもみなかったのだ。
「じゃ、また後でな。ちゃんと『極道にイジメられました』って言うんだぞ」
「満潮君待ってよ! せめて懐中電灯は残してくれ! 満潮君!!!」
満潮は騒ぐ三橋を置いて山を下った。後は協力関係にあるギャル3人衆にも口裏を合わせて貰うだけ。複数人の証言があれば教師や他の生徒たちも簡単に信じるだろう。
これであの極道を排除できる。満潮はそうほくそ笑んだ。
○○〇
~side 極道~
夕食のカレーを食べてお腹も心も満腹になった俺はいつものメンバーと一緒に宿泊施設のラウンジでソファに座りながらダベっていた。
この後の予定は風呂に入って就寝するだけ。そして風呂に入るまではまだ1時間以上もある。またみんなでトランプでもして遊ぶかと相談していた所に何人かの先生がこちらに慌ただしく走って来るのが見えた。
あれは…生活指導の熊本に担任の吉原先生、その後ろには満潮もいた。
…何故かは知らないが、俺の背中に悪寒が走った。
「おいコラァ極道!」
熊本は俺の姿を見つけるや否や、いきなり怒鳴り散らした。今までにない形相をしてブチ切れている。
「お前…いい加減にしろよコラァ! この問題児が…!」
俺は訳が分からずに困惑した。その隣の吉原先生は少し焦った表情をしていたが、まだ冷静な様だったので俺は彼女に説明を求めようとそちらを見る。
「熊本先生、少し落ち着いて…。極道君、あなた…三橋君をイジメで山の中の木に縛り付けたって本当?」
「はぁ?」
いきなり身に覚えのない事を言われて俺は混乱した。俺が三橋をイジメて山の中の木に縛り付けた? …意味が分からない。
「俺見たんです! こいつが三橋を山の中の木に縛り付けている所を! こいつ前々から三橋の事が気に入らないからってイジメてたんですよ!」
教師たちの後ろにいた満潮が俺の方を指さしてそう言った。一体何を言っているんだこいつは…?
「それ、あたしたちも見ました!」
突然横から女の子の声がしたのでそちらを振り向くと、そこには夕闇佐枝子率いるギャル3人衆がいた。
「極道が三橋を連れて山の奥に入って行ったんです!」「私も見たー!」「うんうん!」
「…満潮を始め複数人からイジメの証言があった。これはもう言い逃れできんぞ極道! ここまでの事をやらかしたんだ。退学は免れんと思え!」
熊本は手をワナワナと震わせながら俺に詰め寄る。
そんな熊本の大声が周りにいた他の生徒たちにも聞こえていたのか、周りの生徒たちが俺の方を見てヒソヒソ話を始めた。
「やっぱりあいつイジメしてたのか」「イジメどころか人を殺してるって話だぜ?」「やっぱり人は見た目が10割よね。いかにもイジメしそうな顔をしてるもの」「極道…最近は良い奴だと思ってたのに」「えっ!? 俺極道と話した事あるけど、めっちゃ良い奴だったぞ!?」
彼らはある事ない事吹聴する。最近は周りの生徒たちにも良い印象を与えられていると思っていたのだが、熊本たちの一言でそれは脆くも崩れ去ったようだ。
やはり根本的に俺のイメージを覆す事は不可能なのだろうか? ここまでは順調に来れていると思っていたのに…。俺の心に暗雲が立ち込めた。
しかしこのまま何もしない訳にはいかない。俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けると教師陣に自分の事情を説明する事にした。
俺はイジメなどしていない。それをちゃんと説明して自分の名誉を挽回するのだ。
「先生、俺は夕食が終わった後ずっとここにいましたよ。三橋をイジメてなんていません。それはここにいる人たちに確認して貰えれば分かるはずです」
俺は熊本と吉原先生の目をしっかりと見ながらそう証言した。
…おそらくこれは満潮が俺を貶めるために言った嘘だろう。彼は前々から俺の事が気に入らないようだったからな。
「先生、よし…極道君はずっと私たちと一緒に居ました。イジメなんてしてません」「そうだぜ! 善人はずっとここにいたぞ」「…わたしたちずっと話してた」「そうだよ!」「極道は俺たちと一緒にここにいましたよ!」
俺の仲間たちはちゃんと俺をフォローしてくれた。心の中でそれに感謝をする。
「う゛っ。しかしだな、複数人からイジメの証言が出ているんだぞ!」
流石の熊本も他の生徒や教師の信頼厚い天子さんや委員長が俺の援護に回ったので、どちらを信用したものか迷っている様だった。
「…というか当の三橋はどこにいるんです? イジメられたという本人がいないのでは?」
イジメがあったというのにその本人がいないというのもおかしな話だ。こういうのは普通本人からも事情を聞くものでは?
…当然俺は彼の居場所など知らない。ずっとここにいたのだから。
満潮が俺を貶めるためにこのような嘘を言っている…のだとしたら三橋はこの宿泊施設のどこかに隠れていそうではある。
俺がそう尋ねると熊本は今三橋の事を思い出したというような顔をして焦り始めた。
「そうだ、まずは三橋を探しに行かんと…。おい極道! 三橋をどこに縛り付けた?」
「知りませんよそんな事。俺はイジメなんてしてないですし…」
「言え! 最悪の場合は命に関わるんだぞ!」
「おい満潮! お前なら居場所を知っているんじゃないか? そろそろ種明かししろよ。俺のアリバイはここにいるみんなが証明してくれてるぞ。お前の嘘はもうバレてんだよ!」
俺は満潮に問い詰めた。満潮は顔に大量の汗をかきながら俺を睨みつけて喚き散らした。
「俺は嘘なんてついていない! 三橋はこいつに縛られて山の中にいるんですよ先生!」
それでも満潮は自分の主張を曲げなかった。まさか三橋は本当に山の中にいるんじゃないだろうな?
…もし本当に三橋が夜の山にいるのならかなり危険な状況ではないだろうか?
夜の山は夏でもかなり気温が下がるし、野生動物に襲われたりする可能性もあり得る。俺も三橋の事はあまり好きではないが、それでケガをしたり死んだりするのは論外だ。
「先生、まずは探しに行きましょう! 茂雄、委員長! 協力してくれ!」
「応!」「もちろんだ!」
「おいっ! ちょっと待て!」
「熊本先生、まずは警察に連絡を…。あっ、極道君たちちょっと待って! あなたたちまで遭難したらどうするの?」
俺たちは懐中電灯を持つと吉原先生の制止を振り切り、山の中へと突入していった。
◇◇◇
次回、最終話です。
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