恋愛小説 短編集

しがと

やっと実ったよ(恋愛)

「お、今日も残業?」

須山すやま

 私に話しかけてきたのは、同期の須山。部署が違うのであまり会わないが、月1で開催される同期会ではよく話す。

「あんた、夏祭りの日とかクリスマスやバレンタインの時みたいな恋人イベントの時、いっつも残業してね?」

「まあ、いつもお世話になっている方達には恋人がいらっしゃるみたいなので」

「ふーん、なるほどな」

「そういう須山だって、そうじゃん」

「まあ、俺はここで恩を売っておくのもいいかな、って思ってさ」

「ふーん、強がり」

「はあ?」

「聞いたよ。恋人欲しいのにできないから、恋人を見ないように残業してるって」

「ちょっと待て、誰から聞いた?」

「須山と同じ部署の人たち複数から」

「そう。でも恋人できないわけじゃねえから。作らないだけだから」

「えー、強がり」

 そうやって須山と話していたら、やるべき仕事を終えることができた。

「よし、私は帰ろ。須山は?」

「俺も帰る」

 そうして私たち2人は会社を出たのだけれど。


「なんか、予想以上に人がいるんだけど」

「おい、はぐれるなよ」

「大丈夫。子供じゃないんだから」

 そう言ったけれど、これはまずい。駅に向かうにつれてどんどん混んでくる。夏祭りの後はこの辺はいつも混んでいるけれど、それとは比べ物にならない。気になってネットを見たら。

「え、電車止まってるって」

「は?」

 そう。近くの駅で事件が起こったらしく、電車が止まり、タクシー乗り場に人が殺到しているらしい。

「それでこの混み具合か」

「須山どうするの?」

「え、あんたは、あ、駅使わないのか」

 そう。会社から徒歩圏内に住んでいる私は、電車に30分乗る須山と違いこのまま家に帰ることができる。

「どうしよっかな。混んでるから家に着くの遅くなりそう。明日休日出勤なのにな。困った。ホテルも空いてないだろうしー」

 そう言ってちらちらこちらを見てくる。まるで、部屋つれてってよ、というふうに。「はあ、仕方ないな。家くる?」

「お、さーんきゅ」

「言っておくけど、飲み会の後いつも家まで送ってくれるお礼だから!」

「わーってる」

 そう言って私は須山を連れて人が少ない道を通って家に帰ったのだった。


「どうぞ、上がって」

「ありがと。初めてだわ、あんたの部屋の中入るの」

「言っておくけど、きれいじゃないから。あと、変なところ触ったりしないでよ」

「りょーかい」


 帰りのコンビニで無事着替えを買った須山に風呂を勧め、その間私はご飯を作った。人に手料理を振る舞うのは家族以外いないので緊張したけれど、「美味しい」と褒めてくれた。その後は、私がお風呂に入っている間に洗い物をしてくれたようで、お風呂上がりの一杯に付き合ってくれることになった。


「ぷはー」

 やっぱり、金曜日の仕事終わりのビールは最高だ! そう思いながらコンビニで買ったおつまみを食べていたら、須山が急に話しかけてきた。

「なあ、あれ何?」

 そう言って須山が指し示したところには、写真と制服のボタンが置いてあった。

「あー、まあ、」

「元彼?」

 いや、濁したのに踏み込んでくるな! そう思ったけれど、こうなった須山はこちらが話すまで引かないことを知っている。諦めた私はぽつぽつと話し始めた。

「違う。好きだった人のやつ」

「好きだった人?」

「中学一緒でね。仲良くなって、気がついたら好きになってて。大好きで。卒業式の時、ボタンちょうだい、って言ったらくれたの。私の欲しいっていうからあげたの」

「それ、両想いじゃねえの?」

「そうだった。あの写真撮った後、告白された」

「……」

「でもね、振ったの。怖くて振ったの。私が子供だったから振ったの」

「何で?」

「高校はね、大垣おおがきくんと、あ、大垣くんっていうんだけど、違うって分かってたの。お互い志望校違ったから。私は、ずっとやってる陸上を高校でもやるつもりで、その高校は練習長くて朝から夜まで、休日もやるところなの。あんまり連絡取れないだろうし、会えないだろうし。私が寂しくなっちゃいそうで。会いたいのに会えない、ってなりそうで。それで、大垣くんに『会いにきてよ』って無理言っちゃいそうで。それで振ったの」

「……」

「今思うとね、子供だった。大垣くんの気持ち一切聞かずに自分の気持ちだけで決めてさ。それでずっと後悔してて。ずっときれいな想い出に昇華できなくて。それでいつも目に入るところに置いてるの。我ながら重いと思うけどね……」

「……」

「って、ごめん。お酒入っていっぱい話してしまった。明日も仕事なんでしょ? 寝室使っていいよ。私ソファーで寝るし」

「いや、俺客だしソファーでいい」

「でも」

「ここ、あんたの部屋だろ」

 そう言った須山は「悪い、もう寝る」と言ってソファーに横になってしまった。

(喋りすぎたな)

 須山が全く反応しなかったことを思い出して反省した私は歯を磨いて寝室へ向かったのだった。


 次の日。美味しそうな匂いで目が覚めた。そういえば、昨日須山を家に泊めたな、と思い出しながらリビングに行ったら、須山が料理をしていた。

「おはよう。勝手に使って悪い」

「おはよー。いいよ。朝ごはん?」

「そ。あんたの分も作ったけど食べる?」

「食べる食べる!」

 そう返事した私は慌てて顔を洗ってリビングに戻ったのだった。

 その後は一緒にご飯を食べて、お礼を言ってくれた須山は、会社へと向かったのだった。


 それから須山と全く会わなくなったし話さなくもなった。月1の同期会も、忙しいからと言ってここ最近は欠席している。何かあったのかと思って連絡しても返事が来ない。もしかして私が1人の人への想いを10年近く引きずっていることに引いたとか? それで私に会いたくなくてこんな行動をとっている? なぜかモヤモヤしてしまい、同期会でいつもよりハイペースでお酒を飲んでしまった。まあ、そしたら潰れるわけで。


 同期の中でも1番仲が良い女子に、すごく心配されながら、肩を貸してもらいながら、なんとかお店から出たら。

「おい、飲み過ぎ」

 目の前には須山がいた。なんで? と思っていたら、幹事の男子が

「俺が連絡した! 何かあったら連絡しろ、って須山に言われてたから!」

 と教えてくれた。

「そういうことだから。堀高ほりたかのこと、ありがとう」

 そう私のことを支えてくれていた女子にお礼を言い、彼はタクシーに乗って私を連れて帰ってくれた。須山の家に。


「はい、ここ段差あるから気をつけて」

「ふあーい」

 ふわふわした状態でなんとか返事を返し、足を動かす。そしてやっと須山の部屋に到着した。そして、玄関に入ったら。

「え……」

 一気に酔いが覚めた。だってそこにあったのは。


 私の部屋にあるのと同じ写真。私の中学の時の制服のボタン。


 どうして、と思って須山を見たら、意地悪な、でも少し寂しそうな顔をしていた。

「気がついた? まあ、今あんたは酔ってるから、詳しい話は明日な」

 そう言った須山は、その日は本当に何も話してくれなかった。


 須山のベッドを借りてぐっすり寝た翌日。須山が作ってくれた美味しい朝食を食べた後、詳細を教えてくれた。

「俺、中学までは大垣だったんだ。あんたと同じ中学に通ってて、あんたに惚れてた人間だよ」

「え?」

「中学卒業後に親が再婚するってなってさ。それで苗字変わったんだ」

「そう、なの」

「そう。あんたと両想いだと思ったから告白して、なのに振られてさ。すっげー引きずった。それでずっと恋ができなかった」

「それは、ごめんなさい」

「いや、あんたが謝ることじゃない。進めなかったのは俺が原因だから。それで、恋愛を諦めようとした時、この会社であんたと再会した。俺はすぐに気がついた。ああ、堀高だって。でもあんたは俺に気が付かなかっただろ」

「はい」

「それでショックでさ。でもまあ、今の俺に惚れてくれればいっか、と思って同期会ではいつもあんたの隣にいたし、あんたに何かあったらすぐに俺に連絡しろ、って同期たちには言ってある」

「初耳だ」

「まあ、あんたの耳に入らないようにってお願いしたからな。で、入社して4年くらい経ったのに俺に惚れてくれた気配がないから、この前家に泊めてもらったってわけ。男として意識して欲しくて」

「そうだったの」

「そしたら、リビングに俺との写真飾ってあるし、まだ引きずってるとか言うし。俺にチャンスあるんじゃないか、って思って嬉しかった」

「え? あの時嬉しいなんて顔してなかったじゃん。しかもあの後しばらく全然連絡取れなかったし」

「ああ、それはな。親を捜してたんだ」

「捜す?」

「ああ。俺が就職してから連絡取れなくなって。実家も売っててさ。どこにいるか分からなかったんだよ。だから、捜しだしてちゃんと話し合いして、これから家族としての関係をどうするのかを決めないと、と思った」

「それが、どういうこと?」

「あんたが好きだから。今のあんたを知ってさらに好きになったから。あんたさえ良ければいつでも俺のところに嫁に来ていいよ、って言うには、親との関係をちゃんとしとかないと、ってな」

「……」

「顔、赤いぞ」

「う、うるさい」

「まあ、そう言うわけで。しばらく距離空けてて悪かった」

「うん」

「それで、これからじっくり落としていこうと思うので、よろしく」

「寂しかった」

「え?」

「連絡取れないし、同期会も来ないし、会えないし。寂しかった。すごく」

「ちょ、堀高」

「ずっと大垣くんのこと引きずってたのに、いつの間にかあんたのこと好きになってたの」

「え、まじ?」

「だから、須山が大垣くんだって知って、嬉しい。混乱してるけど」

「そっかー。昔の俺も今の俺も大好きってか?」

「うん、大好き」

 そう言ったら須山は顔を真っ赤にして、それを隠すように私を抱きしめた。

「じゃあ、結婚前提の交際をして欲しい」

「はい」

 そうして私たちは、10年越しに想いを実らせたのだった。

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