最終話 降神術学園の活神者

 かくして一連の騒動は収束した。アカメの死の運命をくつがえせたのだ。


 ある日の昼下がりのこと。学園内の病院にて。俺はとある一室の扉をノックした。

 部屋主の許可を経て、内部に上がりこむ。


「どーも。順調に回復してるみたいだな?」


 俺はベッドに横たわる人影――生徒会長にペコリと一礼した。


 生徒会長がよろよろと身を起こす。


「……まさか、あなたが見舞いに来てくれるとは思わなかったわ」


 彼女は目下、療養中である。暴走状態の反動を癒すため。

 あるいは、ほかの生徒から隔離するためかもしれない。あれほどの事件をやらかしたのだから。


 俺はお土産の酒瓶を取り出して生徒会長に見せつけた。


 生徒会長が目を丸くする。


「それが病人への土産? あなた、どういうセンスをしているのかしら?」

「早めの快気祝いだよ。退院したあと、一杯やってくれ……安酒と侮るなかれ。俺のお気に入りの品だ!」


 俺は酒瓶を壁の戸棚にしまっておいた。


「……わたくしは今後、どう生きればいいのかしらね?」


 俺の背に、生徒会長がポツポツと声を放った。


「わたくしには、もうなにもない。信じるべき正義も、進むべき道も……足場が崩れてしまったような心地よ」


 俺が振り返った先、生徒会長がうつむいていた。指が真っ白になるほど毛布を握りしめている。

 さして仲良くもない俺に弱音をもらすくらいだ。肉体的には無事でも、精神的には治療の目途が立っていない。


 俺は生徒会長に笑いかける。


「そう深く思いこむことはないんじゃないの? ひとりで悩んでたら……また暴走しちまうかもだぞ?」


 俺は生徒会長に歩みより、その額にデコピンを見舞う。


「人生を重く捉えすぎんなよ」

「……あ、う」


 生徒会長が頭をおさえた。俺の与えた熱を確かめるように、額をなでさする。


 俺は親指で自分の胸板をトントン突く。


「どん底に落ちたって……人間どうにかなるモンだ。俺を見てみろよ? 落ちこぼれの不良でもピンピンしてるだろ?」

「じ、自慢することかしら……?」


 生徒会長が引きつり笑いを浮かべた。


 俺はいたずらっぽく片目をつぶる。


「あんたみたいな堅物は嫌厭してんのかもしれないけどさ……この学園の生徒だって酒を飲んでもいいんだぜ? 推奨されていないけど、法律的には許されてる」


 別の道もあるのだ、と生徒会長に示してやりたい。やり直せるのだ、と生きる情熱を再点火させてやりたいのだ。

 今まさにそれを模索中の俺の母アングルイアのためにも。


「たまにはハメを外してみちゃどうだ? 今まで見えてこなかった景色に出会える……そうだな、ギャンブルだったら俺が付き合ってやる! いのちをすり減らす緊張感、極限の駆け引きの妙を教えてやるよ!」


 俺は生徒会長に手を差し伸べた。


 生徒会長が面食らっていた。俺の手を食い入るように見つめ、おそるおそる右手を伸ばしてくる。


「あなたという人は……ふ、あはは! なんて能天気なのかしら! わたくしが懊悩おうのうしていたのが馬鹿みたいじゃない!」


 生徒会長が左手で涙をぬぐう。右手で俺の手の輪郭をなぞっていた。


          ★ ★ ★


 もはや憂いはどこにもない。放課後の開放感のまま、俺は学園の外に繰り出した。


 王都の歓楽街の一角に競馬場が建っている。日銭をすり減らすロクデナシの巣窟だ。


「そこだ! 差せッ! お前なら出来る!」


 俺は勇ましく叫んだ。眼下を食い入るように見つめる。


 競馬場の中央、土肌ダートのコースを競走馬たちが颯爽と駆け抜けていく。


 俺はとある馬に呼びかける。手に握った馬券がクチャクチャだった。


「先頭で余裕ぶってるライバルの鼻を明かしてやれ!」


 俺が金を賭けた馬の順位は、かんばしくない。第四コーナーを抜けても中団で縮こまっており、先頭争いに参加できていない。


 しかし力をためた今こそ、逆転のチャンスだろう。あの馬には底力があると、俺は信じている。前回の敗北をバネに、雪辱を晴らすにちがいない。


 いよいよ、ゴールまで最後の直線。ラストスパートだ。

 そして今度こそ、俺の願いは叶った。お目当ての馬がゴールラインに先着する。


「そら、ごぼう抜き! ごぼう抜――ぎィ、よっしゃああああああアアア!」


 俺は観客席の欄干に身を乗り出して快哉をあげた。


「ほらな、言った通りだったろ!? あきらめない奴が最強なんだよ!」


 俺は振り返って悪友たちにドヤ顔を振りまく。


 ヒゲ面のおっさんとキザな帽子をかぶったおっさん――いつものメンツが俺のテンションに引いていた。


「コイツ……なんつー浮かれっぷり! まるで約束の楽園ゴルデネムレが到来したかのようじゃねえか!」

「……ここまで喜べるのは一種の才能かもしれないね」


 負けに負けた末……俺のお気に入りの馬が、ついに勝利をつかんだ。

 逆境から這い上がる。俺はそんなドラマを待ちわびていた。

 前世の俺は、そういったものと無縁だったから。兵器であることを宿命づけられ、その立場を脱却できなかった。


 しかし、今世では俺自身も変わっていける。その予兆を感じていた。

 俺はあっけらかんと告げる。


「マジ、サイコー! あの馬のファンやってた甲斐があるぜ!」


 ヒゲ面が俺をまじまじと見つめ、ポツリと切り出してくる。


「……どうやらオマエ、吹っ切れたみてえだな?」

「フフフ、抱えている過去モノと決別できたらしい。いまのレンくんは、より魅力的だ」


 キザ帽子も俺の変化に気付いたようで、含み笑いをもらした。


          ★ ★ ★


 俺は競馬場をあとにして、歓楽街の雑踏にまぎれた。


 夕暮れということもあってか、街並みが活気をおびはじめている。

 酒場に繰り出す頃合いだ。俺は連れのおっさんたちと本日のレースについて熱く語り明かそうとする、


「――先輩、ようやく見つけたのです!」


 その機先を制するように、アカメが俺に駆け寄ってきたではないか。


 往来の片隅、俺はすっとんきょうな奇声をあげる。


「げっ! な、なんでお前がここに……!?」


 俺は引け腰になってアカメのほうを振り向く。


 アカメがズカズカと歩を進めてくる。俺の眼前に立つや、腰に手を当て、目を吊り上げた。


「いつまで遊び惚けてらっしゃるのですか!? すこしくらい学生の本分を果たしてはいかがでしょう!?」


 アカメがしかめつらしく俺に説教を垂れた。


 死の運命を回避してなお、彼女は俺に付き纏うのをやめなかった。ことあるごとに、俺の生活態度をただそうとしてくる。


 俺はそのたび渋面を浮かべた。苦闘の果てにつかんだ平和を噛みしめているところ、水を差されたのだから。


 アカメが俺の腕をつかみ、強引に引っ張っていく。


「さあ稽古のお時間なのです! 拙者の相手をしてください!」


 生き急ぐ必要もなくなったのに、彼女の戦闘狂は健在だ。もとから身体を動かすのが好きなのかもしれない。


 俺はあわててアカメに言い募る。


「いや、まて! 落ち着け! そういうストイックなノリは俺の専門外なんだよ! 横暴反対! まったりスローライフ希望!」


 力への忌避感を失ったとはいえ、俺の怠け癖は治らなかった。生来のゆとり気質だから。


 おたがい変わった部分もあれば、変わらない点もある。

 俺が人間をはじめてから、まだ十六年。いまだ分からないことも多々あるが……人生とはそうしたものなのかもしれない。


 俺は困った末、悪友のおっさんたちに視線で助けを求める。


「おっさんたち、なに呑気にしてんだよ!? 拉致の現行犯だぞ!? そこの狂犬女を止めてくれ!」


 おっさんたちが目を見合わせた。次いで、俺へと意味深に笑いかける。


「その嬢ちゃんがオマエをつなぎ止める楔ってワケか……せいぜい大事にしな!」

「うらやましいかぎり……いちどきりの青春を楽しみたまえ!」

「この薄情者どもめーッ!」


 俺の伸ばした手は、あえなく空を切ったのであった。


          ★ ★ ★


 俺は学園に連れ戻された。夜が更けるまで、アカメとの模擬戦に付き合わされたのである。


「シンドい……メンドい……俺はどこで道を間違えたのか……」


 校庭の一角、闘技コートにて。世界の終わりが訪れたように、俺は打ちひしがれた。


 アカメがそんな俺を見て、鼻白む。


「おおげなさな……まだまだ序の口なのです! これからも先輩には付き合っていただくのですから! 逃がしませんよ?」


 アカメがにじり寄って俺の肩をガシリと掴んだ。


 俺はその痛みに乾いた笑いを立てる。


「あ、あはは……神様、たすけて」

「なに、たわけたことを仰ってやがるのですか! ご自分がそうでしょうに!」


 どちらからともなく、俺たちは連れだって歩き出す。


 その頭上に星屑がちりばめられていた。


「おい、アカメ……とっくに寮の門限が過ぎてるじゃんか! どうしてくれんだよ!? また寮監にドヤされちまうぞ!?」

「フン、自業自得なのです! 拙者は怒られたことはありませんけど? 日頃の素行に問題はないので!」

「お前のどこが模範生なんだよ! ビビられて注意されないだけだろ!」


 軽口を叩き合っているうち、俺たちの間にしんみりした空気がただよう。周囲のしずけさにあてられたのかもしれない。


「先輩、真面目な話……今後どうなさるおつもりなのです?」


 アカメがおもむろに問いかけてきた。


 俺は頭をかき上げる。以前のように茶化した答えを返すべきではないな。


「もちろん、のんべんだらりと過ごし――たいのは山々だけどさ……それだけじゃ味気ないよな」


 前世の業を突破した末、俺の胸中にある決意が宿った。


「人と神をめぐる騒動は、これからも続いてくだろ? 似たようなケースが起こっちまうかもしれない……俺はそれを止めてやりたい」


 神霊の中には死んだ事実を受け入れられない者だっているはずだ。神代の終わりを認められない者も。

 そいつらがアングルイアのように暴れ出す可能性もあるのだ。


「俺は、こじらせた鬱屈をどうにかしてやりたい。過去を乗り越えた先にきっと……希望が待ってるんだって安心させてやりたいんだよ」


 あらぶる想いの調停をなす、と表現するのは大げさかもしれないが……そうすることが前世の償いになる。俺が殺してしまった神々への、せめてものあがないだ。


 世界は神代から様変わりした。人と神の関係性も大きく変化している。

 戸惑うこともあるだろうが……より良い道へと進めたらいいな、と俺は願っている。そのキッカケ作りを手伝いたい。


 俺は殺神者を卒業して活神者を目指したいのだ。 


 アカメが俺を一瞥してクスリと破顔する。


「素敵な目標だと思うのです……根っからの考えなしではなくて、安心しました!」


 ふと、俺は思い出したことを口にする。


「そういや……お前宛てに言伝があったわ」

「……? いったい、どなたからでしょう?」


 アカメが不思議そうに小首をかしげた。


「ローゲラからだ――『やれるものならやってみろ』だとさ」


 俺には意味の分からないメッセージだったが……アカメには意図が伝わったようだ。


 アカメが喝を入れられたように目を見開いた。その理由は、俺には読み取れない。


「この腐れ神……いまに吠え面かかせてさしあげるのです!」


 アカメが挑戦的な眼差しを自分の胸元にそそいだ。


 俺は不審に思いつつも、アカメに別の問いを投げる。


「ところでお前は? 今後どうするつもりなんだ?」


 アカメが勢いよく俺のほうを振り向いた。もったいぶるような仕草で口元に指を立てる。


「秘密、なのです! 先輩には教えてあげません!」


 月光を浴びた彼女の姿が、美しかったものだから……俺は放心してしまった。

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降神術学園の殺神者 大中英夫 @skdmsz9

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