エレベーター爺さん

将源

第1話

「申し訳ありませんが、ご希望には添えません」

僕はすぐさま

「どうしてですか?液太陽光発電は塗るだけで発電するんですよ。日本のエネルギー、いや世界の救世主になります。借り入れができないと研究開発がストップしてしまいます」

担当者は渋い顔をして

「素晴らしいアイディアだと思いますが、実績がない。そういうものに出資はできません」

最終回、サヨナラヒットを打たれて負け投手になったようだった。

重たい頭をがくりと垂れて、銀行を後にした。

「わざわざ京都から来たのに」

夢の事業を詰め込んできたリュックサックがやけに重く感じる。


どうにかシェアオフィスのビルまでたどり着いた。エレベーターの前でボタンを押すと扉が開いた。目の前の箱に入って4のボタンを押す。スーッと時間が移動して扉が開いた。左に進むと401号室がシェアオフィスだ。カードキーで入ると、清掃員のおじいさんが掃除をしていた。

「お疲れ様です」ニコニコと僕に挨拶してきた。

「お疲れ様です」小さな声で返した。

「どうしましたか?元気ありませんね」このおじいさんに相談しても仕方がない。

「いや、何でもないです」

おじいさんはニコニコして

「困ったことあったら言って下さいね」また掃除を続けた。

僕は窓際の席に座ってぼーっと空を眺めていた。鱗雲がじわーっと流れていた。風が強くて木が揺れているのに、遠い雲の流れは遅い。僕もどこか遠くへ行ってしまいたい。「はぁ」ため息がこぼれた。


しばらくすると、廊下から早口でしゃべる声が近づいてきた。その声はどんどんボリュームを上げてドアを開けて入ってきた。

「なんだ?この部屋狭いなぁ、Wi-Fiはだいじょうぶ?まぁ安いからしょうがないか」

ピンストラプのダブルのスーツに金ブチメガネの男がぶつぶつとしゃべっている。

「じいさん邪魔」机を拭くおじいさんを右手でシッシッと追い出す素振りをする。おじいさんは、頭を下げて部屋を出て行った。今度は

「あれ、まだ人がいるよ」

僕を見つけたようだ。あまり関わりたくないから帰り支度をした。残念ながら男は近づいてきて

「どうも秋山です」

そう言って名刺を渡してきた。経営コンサルタントのようだ。

「あっ西田です」

と名刺を手渡した。

「SDGzって書いてあるけど、どんな仕事ですか?資金繰りとか厳しいでしょ、相談に乗りますよ。東京ではいろんなクライアントにアドバイスをしてるんで、たまたま京都で仕事があって休憩所代わりにここを使おうと思ったんだけど、何かの縁ですから相談乗りますよ」

あまりの早口に圧倒されながら頭を下げるだけだった。

「何か悩みがありそうですね。資金繰りですか?そんな顔してる」

僕はビクッとした。

「図星ですね。宿題を家に忘れた小学生みたいな顔してますよ」

バッティングマシンから次々と投げ込まれる言葉のボールの勢いに圧倒され、僕は飲み込まれた。

「実は今日も断られたとこなん

です」

秋山は

「投資家を紹介しましょうか?いくら必要なんですか」

僕はモゾモゾをしながら

「三千万円」

秋山はフンっと鼻で笑いながら

「なんだ三千万か、ちょっと待って」

秋山は投資家らしき人に電話をしていい投資先があると話していた。電話を切ると

「大手商社の丸尾商事が投資してくれるそうです。明日契約書持ってきますよ」

僕は嘘だろと思いながら

「本当ですか?お願いします」

間髪入れず秋山は

「手数料は10%で契約書をもらってきた時点で150万、残りは振り込まれた時点で150万」

「そんな高額なんですか?」

「嫌ならいいですよ。僕も忙しいから」

結局、資料一式を渡してお願いした。


翌日15時にシェアオフィスで待ち合わせした。秋山は15時を過ぎても現れない。

「そんなうまい話はないか」

諦めて帰ろうとしたその時、ドアが開いた。

「契約できましたよ」

そう言って契約書を僕の前に置いた。丸尾商事投資契約書、金三千万円也と書かれてある。

「とりあえず前金150万いただきますね」

銀行からおろしてきた150万円をバッグからとり出して秋山に渡した。「残りはそこに書いてある口座に振り込んでね」

150万を掴み、受領書を置いて部屋を出てエレベーターに乗った秋山。その中には清掃員のおじいさんがいた。

「うまいこと騙しましたな」

「何言ってんだじいさん」


僕はフーッと息を吐いて

「これで研究開発が進められる」

しかし、契約書をよく読むと全ての権利を譲渡する内容になっていた。頭の中の血がスーッと首から下に落ちた。

「そんなアホな…」

慌てて秋山を追いかけて部屋を出た。エレベーターのボタンを押しまくると扉が開いた。目の前にはおじいさんが立っていた。

「もう帰りましたわ」

「……」

「これ返しといてくれって」

そう言って150万円を僕に渡した。

「世の中そんな甘い話はありまへんわ」

一気に力が抜けて

「助かった…」

顔を上げるとおじいさんの胸に「丸尾」の名札が

「まさか?」

おじいさんはニコッと笑った。

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