最終章 茅野子の命は受け継がれ次の命を育んで行く




アタシはやりきった




 そんな満足そうな顔で茅野子ちやこが冷たくなっていた数時間後。


 私と姉は涙を拭きながら我が家の裏庭に穴を掘っていた。

 祖母は冷たくなった茅野子の身体をキレイに拭いている。


「この子はお湯で濡れるのは嫌だろうからね」


 そう言って絞ったタオルで茅野子をキレイにしている。

 淋し気な微笑ほほえみを浮かべながら。

 祖父は裏庭の家に近い所で何かを掘っていた。


「それくらいで良いだろ。ね、お父さん」


 穴を掘っていた私と姉に祖母が声をかける。

 結構、深い穴になっていた。


「あぁ、それで充分だ」


 祖父が私達が掘っていた穴を見て、祖母に応える。



 

 それから4人で祖母がキレイにしてくれた茅野子の身体を穴の底に横たえた。


 

ザッザッ



 皆で茅野子の身体に土をかけていく。


「ありがとう茅野子。安らかに」


「ありがとう」


 姉と私は土をかけながら茅野子に声をかける

 祖父母は無言だった。

 でも祖母はずっと淋し気な微笑みを続けていた。


「よいしょっと!」


 穴が半分くらい埋まると祖父が何かの木の根っこを入れてきた。


「これは ?」


「一昨年、俺の田舎で貰ってきた蜜柑みかんだ」


 私の問いに祖父が答える。


 そうか。

 祖父が掘っていたのは、この蜜柑の樹だったんだ。

 この樹を茅野子の上に植えなおすんだ。


「え、何 ? この樹を茅野子の墓標ぼひょうにするの ?」


 姉がいぶかな声を出す。


「違うよ」


 祖父の意図いとを察した私は穴を埋める作業さぎょうの手を早める。

 祖父は腰の辺りまで成長していた樹を真っ直ぐに立つように支えている。

 祖母も土を運び始めた。


「!」


 呆気に取られていた姉も急いで穴を埋め始める。

 祖父も傾かないのを確認すると時おり足で踏み固めながら埋めて行く。

 数十分後には私が手で押しても樹は傾かなくなった。


「ふうぅ」


「やったね」


 私と姉は顔を見合わせて笑顔をみせた。

 茅野子が冷たくなってから初めての笑顔だった。

 祖父母も笑っていた。


 茅野子は「アタシはやりきった」と満足気な顔で旅立って行ったのだ。

 私達もいつまでも悲しんでいる訳には行かない。

 茅野子の為にも、しっかりと生きなければ。


 それに。


 茅野子の身体は少しずつ微生物に分解されてこの樹に吸収されるだろう。茅野子はこの樹になるんだ。同時にここに生える草花にもなるのだろう。

 植物だけでは無い。この庭に住むミミズやオケラや昆虫の幼虫にも吸収される。そしたらそれらを捕食する動物や鳥にもなっていく。

 そして主に吸収されるのが蜜柑の樹だと言う事だ。何年か後には「茅野子のミカン」を食べられるかも知れない。ただ厳密に言うのなら茅野子の身体の大きさではそこまで広範囲に広がるのは難しいし無理だとは思う。


 それでも。


 たとえわずかでも茅野子の命は受け継がれ次の命をはぐくんで行く、と信じたい。




 

 それから4人で蜜柑の樹に両手を合わせて黙祷もくとうした。


 それが終わると私はずっと気になっていた事を祖父に聞いてみた。茅野子を飼う時に言った「1年だけだぞ」と言う謎の言葉。その言葉通りに茅野子は「1年で我が家から」去って行ったのだから。

 祖父に問いかけてみたらアレは「おまじない」のようなモノだったらしい。「1年だけ」と言うと長生きすると誰かに教わったらしい。もっともそれは犬に対してのモノだったらしいが。「茅野子は本気にしたのかも知れない。猫に言うのは難しい」と祖父は言った。


 家に入る前、私は空を見た。

 どこまでも真っ青でキレイな青空。


「東京には空が無い、と言った人もいるけれど。茅野子は「ここの空はキレイだニャ」と思ってくれただろうか」


 と。






そして、今



 私の目の前には「茅野子のミカン」が幾つか転がっている。


 この蜜柑の樹がまた気紛きまぐれでたくさんる年とそうで無い年が不規則で誠に要領を得ない。


「ま、茅野子のミカンだもんねぇ。でもしっかり美味しいのは茅野子らしいかも」


 と私は苦笑する。


「わ、今日もキレイな青空」


 思わず自室の窓を開けた私に強い風が吹き付ける。


 冷たいけどりんとした風が心地良い。



「ニャァァオ」


 

 その風の中に力強い茅野子の鳴き声が聞こえたのは私の気のせいだろうか。

 







茅野子抄 完





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茅野子抄 北浦十五 @kitaura

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