第9話 予想外の任務

「……姉さん。葬儀屋の人が呼んでるよ」

 朱里あかりの弟、美波の叔父に当たる人が後ろから呼ぶ。

「ああ、分かったわ。すぐに行く」

 朱里が腰を上げ、一度大雅たいがにお辞儀をした後、叔父とともに部屋を後にした。

 残された部屋で大雅は再度考える。

――いつかは自分の中で踏ん切りをつけて前を向かなくてはいけないと思っている。いつまでも止まっていては美波みなみに負い目を感じさせてしまう。それは理解している。……しかし、果たして、その決断を僕は下すことが出来るのか。その決断に僕自身は心から納得することが出来るのだろうか。そもそもそれはいつの話なのだろうか。明日? 明後日? 一か月後? 一年後? 十年後? それ以上?

 考えれば考えるほど浮かんでくる疑問の種は芽吹くのを今か今かと待っていたが、今の大雅にはそれを成長させる肥沃な土壌もなければ水もなかった。

『お母さん……大丈夫かな?』

 美波が心配そうな表情で母が出ていった扉の方を見る。

「……確かに、心配だね。もしよかったら僕がとりあえず落ち着くまで様子を見てようか? そっちの方が美波も安心でしょ」

『そうだね。そっちの方が……あっ!』

 美波が閃いたように声を上げる。

『もしかして、私のやり残したことって……お母さんに関係すること、なのかな?』

 そう言う美波の瞳は水を得た魚のように輝く。

「それは……」

――確かにその可能性は一番高いかもしれない。

 そう思うが、同時に大雅の中に燻る迷いがそれを言葉にすることを妨げた。

 はっきりと言葉にしてしまえば、大雅の中で抑えている何かが弾け飛んでしまうかもしれない、と感じたからだ。

「どう、だろうね。そう……なのかな」

 大雅は右上に視線を彷徨わせながら唇を触る。

『きっと、そうだよ!』

 美波が瞬きをして輝く瞳から星を大雅に飛ばす。

 大雅があからさまに目を逸らす。今の大雅にその星を受け止めるほどの余裕は微塵もなかった。

『……でも、まあ、そうじゃなかったとしても、とりあえず、今出来ることは可能性があるものをひとつひとつ探っていくことしかないよね。ということで、大雅』

 美波がそう言い、大雅を見て不敵な笑みを浮かべる。

 その瞬間、大雅の脳裏に嫌な記憶が蘇る。


『適当な理由をつけてお母さんと一緒に住んでね!』


 その言葉を大雅は一瞬理解できなかったが、脳内で何度か反芻させ理解できた時、同時に驚きがやってくる。

「…………ええー!」

 ここで葬式が行われるということも関係なく、大雅は大声を出してしまった。

「どうしたの⁉ 何かあった⁉」

 朱里を始めとする人達が続々と集まってくる。

 どうやらお寺自体がそこまで広くないことも相まって、大雅の声は全てに響いてしまったらしい。

 宙でくるくると舞う美波を睨み、集まった人達に言う。

「いや、あの、すみません。こんな大きい虫がいたものですから、つい驚いてしまって……すみません、すみません」

 そう言い平謝りを続け、その場は何とか事なきを得たが、その頭上では美波がくすくすと笑っていた。

 なんだよ、そんなことか、お騒がせな奴だな、などという小言を言いながら部屋を去っていく。

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幽霊彼女と後悔探しの旅 @yojirosato

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