セルフクリメーション

八六

セルフクリメーション

 あと少しもしたら、私達は灰になるらしい。残るのは私達を象っていた白い骨だけ。眼前には炎が広がっている。なのに、それはまるでファンタジーかのように現実感がない。濡れた街のような匂いがするからかな、それとも寒さで手が悴むからかな。


 死を前に、微塵も未練がないかと言ったら嘘になる。でも、これ以上傷むのは私も彼も嫌なのだ。

 私の骨はどんな感触なんだろうね。歯みたいにつるつるしてるのかな。どうだろうね、一生知ることはできないだろうね。

燃えた後の骨は、青白くなるって聞いたけどほんとかな。骨は黒くならないんだね。

どうせ骨だけになるのなら、どうして人は人を燃やすんだろうね。どうせ骨にするのなら、土葬も火葬も変わらないじゃない。

 きっと人は「死」を恐れてる。そうした忌避感情から死体を燃やすのだ。そう説いている本を読んだことがある。それなら骨すらも燃やし尽くしてしまえばいいのにね。


きっと、私達の焼死体が見つかれば、可哀そうだとか騒がれるんだろうな。でもさあ、死に場所が選べるのは幸せだと色んな物語が語っているじゃない? 

君だって、一度は共感したことあるでしょう?


いつもより口が回る。きっと生存本能が働いているんだろうな。そうして二人でひとしきりお話していると、意識がぼうっとしてきて、視界が白んだ。それでも思考は途切れなかった。


自死した人をどこぞの神様は救ってくれないと聞いたことがある。


じゃあ、神様が救ってくれないというのなら、一体私達はどこへ向かうというのだろう。意識が微睡みに沈んでいく中、そんなことを考え始めた。あと少しで死んでしまうというのに、我ながら能天気だ。自ら死を選ぶ人にこそ救いが必要なんじゃないかなとも思うけれど、きっと今と昔じゃあ人々の望むモノは違うんだろうな。二十一グラムの重みすらも信じられない私達が神様なんてものを信じてるわけもないのだけれど。

 どう生きたって、最後には骨だけなのだ。私達だったものはただの不快な焦げた匂いに成り下がる。


「君はなんで私と死んでくれるの?」

答えは知っていた。でも、最後の最後に聴いてみたくなった。きっと死を目前にして吐く言葉は真実だろうから。

けれど、喉は掠れ切った音しか出さない。

炎はまだ遠い。

日が昇る。夜が終わる。瞼が降りる。

私の、私達の人生に幕が降りる。


そして、永遠が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セルフクリメーション 八六 @hatiroku86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ