第4話 『花のカーテン』

 「桜の木の下には死体が埋まっている」

 花咲はなさくおきなはひとり静かにそう呟いた。

 「古くからそう言われてきた。それは、正しい。どんな生命も、死体なくしては育たないのだから」

 花咲はなさくおきなは、その思いを噛みしめながらそこにいた。

 翁の足元には緑の草。そして、視線の先には色とりどりの無数の朝顔。天高く垂直に伸びたつるに無数の花を咲かせている。

 それは、生命の世界と外の世界とをへだてる境界。

 一面に広がる花のカーテン。

 花咲はなさくおきなは花のカーテンに近づいた。

 その先に広がるのは生命なき荒野。

 歴史上、なにも死んだことのない、そのために、いかなる生命も育つことのない火星の大地。

 そこは、一〇〇年も前に作られた火星最初の植民地。小さなちいさなドーム都市。花咲はなさくおきなは史上初めての火星開拓団のひとり。二度と地球に帰る術がないと知りながらそれでもなお『宇宙開拓』というロマンに魅せられ、火星へとやってきた開拓団。その最後の生き残り。

 花咲はなさくおきなは、仲間たちと共にコツコツと火星都市を築いていった。

 仲間たちはひとり死に、ふたり死に、ついには花咲はなさくおきなひとりとなった。しかし、それは終わりではない。仲間たちの肉体は火星の大地に還り、ひとつとなった。土はそれだけでは単なる無機物の固まりにしか過ぎない。死体が大地に還り、ひとつとなることで新たな生命を育む力をもつ土へとかわる。

 そうして、少しずつ、少しずつ、火星の荒れ果てた大地を花の咲く大地へとかえてきた。

 目の前に広がる花のカーテンはその象徴。

 やがては、自分も大地に還り、植物の根に吸われ、花のカーテンへと生まれ変わる。

 その花のカーテンもやがて枯れ落ち、大地に還る。そうして一歩、ほんの一歩だけ生命の世界を広げる。

 その広がったところに新しい花のカーテンが出来上がる。

 そして、その花のカーテンがまた一歩だけ生命の世界を広げる。

 それを繰り返し、繰り返し、生命の世界は広がり、火星の大地を埋め尽くす。そのとき、もはや、生命の世界と外の世界とをへだてる花のカーテンは必要なくなる。世界のすべてが生命あふれる場所となるのだから。

 それこそが、自分たちの役割。

 生きて、死んで、土に還り、新たな生命を育てるかてとなる。

 新たにやってくる開拓団が生きていける場所を用意する、そのために。

 この火星の大地に、花のカーテンがいらなくなる日はきっと来る。

 自分たちの死体の上に、新たな人類の世界は広がるのだ。

                  完

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死んだぐらいであきらめられるか! 人類根性物語 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ