第3話 『不器用な約束』

 永遠とわはボロボロに傷ついた身を、荒れ果てた荒野に横たえていた。

 腹はえぐれ、手足はちぎれ、誰が見ても死は免れない。そんな状態。それでも――。

 永遠とわはちぎれかけている右腕をもちあげた。

 はは、と、乾いた笑いを浮かべた。

 「……こんなになってもまだ、死ねないなんてな。ほんと、人類の技術はすごいよ」

 いったい、いつの頃だろう。突如としてやってきた異界の侵略者。追い詰められた人類が最後の切り札として開発した不死身の生体兵器。それが、永遠とわ

 その圧倒的な代謝能力は肉体に歳をとらせることはなく、一瞬にして肉体のすべてを原始還元されるレベルの傷を受けない限り、死なせはしない。現にいまもこれほどの重傷にもかかわらず永遠とわは生きている。その傷は回復しつつあり、本来の姿を取り戻しつつある。

 ――ああ。まだ戦わなくてはならないのか。たったひとりで。

 永遠とわはそう思う。

 どれだけの年月、こうやって戦ってきただろう。共に戦った仲間たちは永遠とわのもつ無限の時間についてこれず、みんな歳老い、死んでいった。その別れのつらさに耐えられず、いつしか永遠とわは人からはなれ、たったひとりで戦うようになった。不死身の生体兵器が戦いつづけるにはひとりで充分だった。

 「……そう言えば、別れるとき、泣きながら約束した女の子がいたっけ」

 それももう、どれほど前のことだろう。

 思い出せないぐらい遠い昔。

 それでも、泣きながら訴えるその女の子の顔ははっきりと覚えている。

 「約束する! あたしは、あなたを絶対にひとりにはしない! もう一度あなたと一緒に戦ってみせる!」

 侵略者との戦いで足を失い、もう二度と戦えない体となりながら、泣きながらそう訴えてきた。

 「……あの子、なんて言ったかなあ。ああ、そうだ。『久遠くおん』って言う名前だった。はは、永遠とわ久遠くおん。いいコンビだ」

 永遠とわは乾いた笑いをもらす。

 そうだ。あのときから自分は戦うことをやめられなくなった。だって、久遠くおんは自分に約束したから。『必ず、もう一度、一緒に戦う!』って。

 だったら、自分はそのときがくるまで戦いつづけなくてはならない。たとえ、そんな日は永遠にやってこないのだとわかってはいても……。

 傷ついてなお鋭敏な永遠とわの感覚がそれを告げた。

 見渡す限り、大地を埋め尽くす異界よりの侵略者の群れ。いままでに見たこともないほどの大軍。これでは、永遠とわが完全体であったとしてもさすがに生きのこることはむずかしい。

 「……はは。さすがにもう終わりみたいだな。ごめん、久遠くおん。君との約束、守れそうにないよ」

 永遠とわは目を閉じた。

 静かに、自分の戦いの終わる時をまった。しかし――。

 訪れたものは死の静寂ではなかった。

 無数の機械音と砲声。

 大地を駆け、空を飛ぶ戦闘兵器の轟音。

 大地を駆ける戦車が、空を飛ぶ攻撃機が、高出力のビーム砲を放ち、異界よりの侵略者を駆逐していく。唖然あぜんとしてその様子を見守る永遠とわの前に戦闘服に身を包んだ人間の兵士の一団が現われた。

 「間にあってよかった。永遠とわ

 「……あなたたちはいったい」

 「覚えておいでですか? かつて、あなたとともに戦った久遠くおんという女性を」

 「覚えている……けど」

 「わたしたちは、その久遠くおんの末裔です」

 「なんだって⁉」

 「久遠くおんはあなたと約束しました。『あなたをひとりにはしない。必ずもう一度、一緒に戦う』と。その約束を果たすために多くの子を生み、その子たちを鍛えあげ、人類史上かつてない戦闘者の家系を生みだしたのです。それが、我々です。

 久遠くおんは、はるか昔に亡くなりました。しかし、その約束はその子らが受け継いだ。そして、我々はやってきました。異界の侵略者たちと戦う力をもって。いまこそ、我らが始祖、久遠くおんの約束を果たします。

 わたしたちは決してあなたをひとりにはしない。わたしたちが死に絶えても、わたしたちの子孫が必ずあなたの側にいる。さあ、行きましょう。異界の侵略者どもからこの世界を取り戻すために」

 そう言って、人間の兵士は手を差し伸べた。

 はは、と、永遠とわは笑った。それはいままでのような乾いた笑いではなかった。

 「……はは。そうか。久遠くおんは本当に約束を守ったんだな。それなら、わたしも約束を果たさないとな」

 永遠とわは差し出された手をとった。

 立ちあがった。

 不死身の戦士はいま再び、立ちあがったのだ。約束の仲間たちと共に。

                 完

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