第2話 『硝子の世界』
「なんで、あたしが死ななきゃいけなかったのよ⁉」
滅び去った世界の上に、怒りのキンキン声が鳴り響く。
そこは核戦争後の地球。
世界中に降りそそいだ核ミサイルと、その膨大な熱量とによって世界中の砂という砂がドロドロに溶けた硝子と化した、硝子の世界。もはや、地上に生きとし生けるもののひとつもなく、世界は完全に滅びた……と、思いきや、そうはいかない。
人類はゴキブリよりもしぶとかった。ひとり残らず死んでも滅びはしなかった。生に対する執念でこの世に留まりつづけ、幽霊となってさ迷いつづけた。
「なんで、あたしが死ななきゃいけなかったのよ⁉ あたしはまだ一六歳で、きれいで、かわいくて、モテモテで、おまけにいいところのお嬢さまで、人生無双できるはずだったのよ! それがなんで、どこかの誰かが起こした戦争なんかで死ななきゃならなかったのよ! そんなの絶対、まちがってる!」
「そうは言ってもなあ」
と、毎日まいにち――もはや、何千年分かわからないほど――怒りの声を聞かされてきたご近所の幽霊さんたちはさすがにうんざりした様子である。
「あたしは絶対に生き返ってやるんだから! なにか方法はあるはずでしょ!」
「方法かあ。ないこともないかも知れんが……」
「どんな方法⁉」
「幽霊のなかには、自分の意思で物理現象を起こせるものもいるとか。いわゆる『ポルターガイスト現象』だな。それができれば命なき物体に取り憑いて、生きている頃のように生活できるかも知れない」
「ポルターガイスト現象⁉ 確かに、聞いたことがあるわ。どうすれば、それができるようになるの⁉」
「いや、そんなことができれば、私らみんなとっくにやってるし……」
「それができる幽霊を見つけだして、教えてもらうしかないんじゃないかね」
「なるほど。つまり、ポルターガイスト現象を起こせる幽霊に弟子入りして、修行すればいいのね。わかったわ。すぐに探しに行ってくる!」
そう言って、
行こうと思えば、空を飛んですぐに行けるのが幽霊のいいところ。その姿はたちまち、ご近所幽霊さんたちからは見えなくなってしまった。
「……おい、本当に行っちまったぞ」
「大丈夫かねえ。この広い世界のなかで、どこにいるかもわからないポルターガイスト現象を起こせる幽霊を探すなんて」
「でも、まあ、幽霊は怪我もしないし、死にもしないから」
「そうだな。まあ、大丈夫なんじゃないか?」
と、わりと呑気なご近所幽霊さんたちだった。
そして、
なんとしても生き返る。
自分が本来、送れるはずだった豪華絢爛栄耀栄華なろう系主人公的勝ち組人生を取り戻す。
その一心で。
世界のどこにいるかもわからないポルターガイスト現象を起こせる幽霊を探し求めて。
何年、何十年、何百年さ迷ったかわからない。しかし――。
お化けは死な~ない~。
と言うわけで、何千年たとうと死んだ頃の一六歳のまま。
「弟子にしてください!」
「ポルターガイスト現象は、そう簡単に起こせるものではない。死に物狂いの努力が必要だ。やめておいた方がいい」
その幽霊は最初はそう諭して断った。しかし――。
「お願いします、お願いします、お願いします……!」
お願いします! を耳元でたっぷり一〇〇〇年ぐらいは叫ばれて、ついに折れた。
「……わかった。そこまで言うなら教えてやろう。しかし、修行は厳しいぞ」
「覚悟の上です!」
「よろしい。ならば、早速はじめるぞ。まずは、ロードワーク五〇キロ!」
「はい!」
「つづいて、腹筋二〇〇〇回!」
「はい!」
「腕立て三〇〇〇回!」
「はい!」
「スクワット一万回!」
「はい!」
師匠幽霊のもと、
最初はあきれた様子で見ていた他の幽霊たちも、あまりの熱心さについほだされて一緒に修行するようになった。
ひとり増え、ふたり増え、ついには世界中の幽霊がその場に集まり、巨大な修行場が出来てしまった。そして、幾千年。ついに――。
「でやあっ!」
「やった、やったわ! とうとう現実の体を手に入れた! あたしは生き返ったのよ!」
それを見た、まわりの幽霊たちから――。
轟音のような歓喜の声が鳴り響いた。
核戦争によって滅びてより幾年月。
地球は硝子の世界として蘇った。
完
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