死んだぐらいであきらめられるか! 人類根性物語

藍条森也

第1話 『地図に描かれた絵』

 いやはやまったく、人類ってやつは!

 どうしてこう底なしのバカなんだろうねえ?

 おれはただの落書きなんだよ? どこかの小僧がたまたま親に買ってもらっただけの落書き帳。冒険者になったつもりで家のなかを歩きまわり、その道筋を手に握ったペンでグルグル描いただけの落書き帳。そんなことを何度も繰り返しているうちにすっかりその気になって、地図の果てにひとつのそれっぽい都の絵を描いた。そして、すぐにごっこ遊びに飽きて捨てられた、本当にただの落書き帳なんだよ。

 ところが、捨てられたおれを拾ったやつがなかなか小ずるい商人だった。

 あの野郎、おれを拾うとニンマリ笑って言いやがった。

 「こいつは、一儲けできるぞ」

 そして、おれのことをなんとか言う高名な冒険者が残した地図だと言って売り出しやがった。

 ひとり、未開の地に乗り込み、その地のすべてを踏破して、その果てに黄金郷を見つけた冒険者。この世で一番の宝の山を見つけながら、ついに帰ってくることのなかった冒険者。

 その冒険者の残した宝の地図。

 それが、おれだってよ。

 いやいや、気付けよ、お前ら。

 こんな、見るからに『子どもの落書き』が、名のある冒険者の残したもののはずがないだろう? 第一、帰ってこなかったって言うならどうして、そいつの描いた地図がここにあるんだよ?

 おかしいと思えよ。

 ところが、人類ってやつはバカだからさ。

 まあ、真に受けるやつの多いこと、多いこと。ありもしない黄金郷とやらを目指して何人もの冒険者が旅立っていったよ。もちろん、誰ひとりとして帰って来やしない。

 当たり前だ。ただの落書きを目当てにありもしない黄金郷を目指したって無事でいられるわけがない。魔物に食い殺されるか、病気で死ぬか、飢え死にするか……そのあたりさ。

 でも、人類ってやつは底なしにバカだからさ。いくら犠牲が出てもあきらめやしない。

 「きっと、どこかに黄金郷はあるはずだ」

 そう言い張って、探しつづけた。

 それでも見つからないとなると今度は地図に文句を付けはじめた。

 方角がちがう、縮尺がまちがっている、数字が入れ替わっている……そんなことを言い出して好き勝手に解釈して、それぞれ勝手な場所に勝手に黄金郷を設定して、探しに行きやがった。

 いや、それもう、おれ、関係ないだろ。

 でも、そのたびにおれも、あっちこっちの冒険者の手に渡ってさ。何人、何十人、何百人の冒険者が死出の旅に出ていくのを見送る羽目になったわけさ。

 いやもう、たまらなかったね。

 何度『もう、やめてくれ!』って叫んだか。

 『おれはただの落書き帳なんだ!』って訴えたことか。

 でも、言葉が通じないって哀しいよな。

 おれの訴えは誰にも聞こえず、冒険者たちはひとり、またひとりと出かけていく。そして、とうとう……。

 いや、もう、笑っちまうね。

 欲望に取り憑かれて冒険に出ているうちにとうとう、未開の地のすべてを探索しつくしちまった。そして、冒険者たちの都を作りあげた。

 そう。

 もちろん、おれに描かれた都を模した都をさ。

 さんざん犠牲を出したあげくにとうとう、ただの子どもの空想を現実のものにしちまった。おかげでおれは『宝の地図』から『予言の書』に格上げだよ。

 どんなに犠牲を出そうが、決してあきらめない。とことんまで突き進み、夢見たものを現実にしちまう。

 いやはやまったく、人類ってやつは!

                 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る