タンポポほどの悲劇でも

高黄森哉

タンポポほどの悲劇でも


 ある原っぱに、少女がうずくまっていた。彼女は、小学校の制服を着ている。真っ白なシャツと灰色のスカートで、そしてつばの丸い帽子をしていた。


「どうしたの」


 と、別の少女は訊いた。この少女は、うずくまる少女と同い年くらいだが、制服は来ておらず、綿毛のように白いパーカーである。学校も違うようだった。

 制服の方は遅れて顔を上げた。彼女の頬には、幾筋も涙が伝っていた。悲しいのか、しくしくと息を荒くしている。


「タンポポが折れちゃった」


 と、いった。

 ん、とパーカーは身体を傾ける。確かに、タンポポが彼女の下敷きにされていた。首元から折れた一輪の花は、俯いて地面をじっと見つめている。それが、制服の少女にとっては、たまらなく悲しいらしかった。


「なーんだ。タンポポか」

「どうして」


 制服は、間髪入れずに訊く。

 どうしてと言われても、彼女は少し困った。気まずくて手を後ろに回し、その細長い指を絡める。


「タンポポなんか、原っぱに沢山あるじゃん。ほら、ちっぽけな悲劇だよ」


 善意だった。目の前の少女には、なんとなく元気になって欲しかった。だから、この小さな悲劇を小さくして、終いには消失させてしまいたかった。


「ううん。そんなことないよ」


 制服の少女は、力強く首を振った。それが一番楽なのに、逃げない姿勢が眩しかった。真っすぐな目線を正視するのは困難で、瞳が揺れた。


「でもほら、もっと大変な思いをしているタンポポだって、沢山あるんじゃない」


 と、パーカーの少女。己の指先の冷たさが、ふと意識にのぼった。


「でも、そのお花たちよりも、大変な思いをしているのだって、きっと沢山いるよ」

「じゃあ、そのお花たちも、ちっぽけな悲劇だったね」

「違うよ。そうじゃないよ」


 また新しく、少女の瞳から涙が流れ落ちた。それらは、すでに頬につくられていた涙の川をなぞり、地面へと落下した。


「大きな視点で見たら、みんな同じくちっぽけなら、このタンポポの悲劇だって、病気の苦しみとおなじくらい、別れの悲しみとおなじくらい、ちっぽけだよ」


 ぽたぽたと流れ落ちる涙は、空中で日差しを受けて、きらきらと光った。


「そうだね」


 それから、二人の少女は穴を掘った。この世界からすれば、まるで彼女たちのようにちっぽけな一輪のタンポポを埋葬するために。手のひらの土埃を、ぱっぱと払うとき、湿気た土のにおいが鼻腔まで届く。それは、ほんのりと甘い匂いだった。

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タンポポほどの悲劇でも 高黄森哉 @kamikawa2001

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