私と愛猫のものがたり

みんと@「炎帝姫」執筆中

みんとが起こした奇跡の話

 みんとは私の愛猫。


 まっくろで、ふわふわなあの子は、私が八歳のときに誕生日プレゼントとしてもらった、黒猫の男の子。


 小さいころハムスターを飼って以来のペットに私ははしゃぎ、今考えれば可哀想なくらい、しつこくかわいがっていたことを、今でも覚えている。


 丸い毛玉になって眠るあの子を抱っこしたり、家の中や外を追いかけまわしたり。

 それでもみんとは私を嫌うことなく、傍にいてくれた。


 とりわけ眠るときはいつも一緒で、うっかり部屋の扉が閉まっていると、爪で扉をカリカリして部屋の中に入れて欲しがり、部屋に入ると「早く寝ようよ」と主張するように、傍でじっと私を見上げてくる。


 お布団の中では、必ず二の腕の辺りをふみふみして、喉をごろごろと鳴らし、満足すると全力で私に寄りかかって眠る姿が、本当に大好きだった。



 それから十年。

 進学のため、田舎から東京に出た私は、初めてみんとのいない生活を送ることになった。


 いつでも傍にいたもふもふがいない日々は、とても寂しかった。

 私があの子に会えるのは、実家に帰ったときの年に数日だけ。


 するとみんとも同じように思っていたのか、私が帰る度、あの子は今まで以上に、私にべったりと懐くようになった。

 家のどこにいても必ず私の傍に寄ってきて、ごろごろと喉を鳴らす。

 私の脚が痺れようがお構いなしに膝の上から退かないあの子のことが、かわいくて仕方なかった。


 私が会えるのは、ほんの少しの時間だけれど、ずっと元気でいてほしい。


 あのころは、そう思っていた。


 でも、すべての生き物がそうであるように、ずっとはないのだ。


 あれは、みんとがうちに来て十六年目の六月のことだった。

 私は家族からの電話で、みんとの元気がないことを聞かされた。


 病気だと言っていた。


 猫にはよくある病気で、治るかどうかは分からない。

 そう聞かされて以来、落ち着かない日々が始まった。


 それからしばらく、家族は定期的に電話をくれた。

 あの子を心配している私のために、みんとの様子を教えてくれたのだ。


 でも、ついにあの子が回復することは……なかった。


 七月の第一週目のこと。

 手術をしても治るかどうかは分からないくらい、日に日に弱っていくあの子の現状にしびれを切らした私は、ひと目あの子に逢いたくて、休みをもらい実家に帰ることにした。


 高速バスのチケットを取り、実家に帰ると決めた日まであと三日。


 せめて、その間生きていてほしい。

 祈るような日々だった。


 そして日が経ち、私はいよいよ愛猫に逢うため実家に向かった。

 早朝。高速バスを降り、迎えの車に乗って実家に帰った私は、そこで初めて、弱った愛猫と対面することになった。


 みんとは、本当に弱り切っていた。

 お風呂場の冷たいタイルに横たわり、起き上がることもできないまま、だらりと四肢を投げ出している姿は、私の知るみんととはかけ離れていて、思わず涙が零れた。


 たった二ヶ月前、ゴールデンウィークに見たときは、あんなに元気だったのに。


 目の前に広がる受け入れがたい現実に、ただただ涙しか出てこなかった。


 そのとき、あの子がほんのわずかに視線を上げたのが分かった。帰ってきた私に気付いてくれたのだ。

 嬉しかったけど、あの子はもう、鳴き声を上げることも、すり寄ってくることもできない。


 あぁ……もう本当に、この子は死んでしまうんだろうか。

 そんな絶望だけが私を支配していた。


 その日私は、わずかな力で定期的に場所を移動しては、ぐったりと横たわる愛猫の傍にできる限り居続けた。

 本当は辛くて苦しくて、目を背けたくなるような現実だったけれど、飼い主として大好きなあの子を最後まで見守ってあげたいと、そう思っていた……。


 だけど、その時間は長くは続かなかった。


 私があの子に逢うために帰ってきた、その日の夜。

 みんとは、まるで私が帰ってくるのを待っていたかのように、ゆっくりと息を引き取った。


 私の目の前で、息をすることをやめた愛猫はその日、永遠に眠ったんだ。


 あとで家族に話を聞いてみると、ここ数日の間、みんとには「私がもうすぐ帰ってくる」と語りかけ、励ましていたと言う。


 かわいいあの子は、私が会いに来るのを待っていてくれたんだ。


 弱り切ったわずかな命で、それでも私の帰りを待っていた。

 そして、帰ってきた私の姿を見て、満足して、旅立っていったんだ。

 今では本当に、そう思う。


 あの日のことを思い出すと、今でも止めようがないほどに涙が零れるけれど、飼い主として、これ以上の誉れはない。


 あの子と過ごした日々は、私の宝物だ。

 ずっとずっと、一生忘れない私の大切な愛猫。


 それがみんと。

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