第12話

 騒ぎは続く。

 村の貯蔵庫から肉や酒を全て持ってきて、飲めや歌えやの大騒ぎ。肩を組み喜びを分かち合う。舞台の終わりはこうでなくてはとニコルは感じていた。共に作品を作り上げた者達だけが共有できるこの瞬間。彼にとってこの瞬間が達成感を得られる時間だった。

 あちらこちらで太鼓の音や笛の音色が鳴り響く。獣人同士の押し合いへし合い。

 騒ぎの最中、皆の輪に入れず所在なさげに座り込む二人の獣人の姿が目に留まった。

「あれ?あいつらは……」

 既に巫女服から普段着に着替えたヒルデがその2人に気がついて、駆けて行く。

「おい!お前たち、人族と一緒に来た獣人だろ」

 後追ったニコル。よく見ればその二人は、あのレヴィスとかいう人族と行動をともにしていた犬耳の獣人だった。二人は武器を降ろし正座姿でただうつむくばかり。

(あぁそうか。人族に限定したから獣人は残されたのか)

 その様子を見てニコルは考える。

(僕の認識では既に獣人は”人”だけど、この二人には効果が及ばなかった。認識だけではなくて言葉で定義する必要がるのか)

「そうだよ……なんか文句あるかよ」

「一緒に戻らなかったのか?」

「あいつらなんかに取り憑かれたみたいにとんでもない速度で帰っていくもんだから……」

「ここに残りたいっていうのか?あたしたちを人族に差し出そうとしておいて」

 怒りを込めた声を出すヒルデ。

「人聞きの悪い事言うなよ。俺達は向こうで仕事だったんだ。同族の村を目指すなんて後から知ったんだよ」

 一方の獣人が答えて、もう一方が何度も頷く。

「落ち着いたら街に戻る。向こうにも家族がいるんだ」

 そう言うと、2人は深く頭を下げる。

「知らなかったとは言え、同族を危険に巻き込むような真似をしてすまなかった」

 地面に額をこすりつけながら謝罪をする2人を見てヒルデは嘆息をもらす。2人は本気で謝罪しているようであり、そして街に残したという家族を強く想っているのであろう。

「」

 



 「えぇそうです。俺達、向こうでの暮らしにすっかり慣れて、家族も出来て……それで仲間を作りたくて」

「そうか。それで儂らを巻き込んだと」

「巻き込むつもりはなかったんだ!きっと向こうでの暮らしに慣れたら」

「儂らはそれを望んでおらずともか?」

 村長の強い語気に押し黙る二人。ニコルと目が合う。

「人間!お前からもなんか言ってくれよ!向こうの生活がいいってこと」

 渡りに船と言わんばかりにニコルに助けを求める片割れ。

「いやぁ……僕は色々事情があって、この世界の人間の暮らしについて疎いから」

 愕然とする犬耳の獣人。

「まぁどちらにしても大丈夫でしょう。滅多なことがない限りは、きっと人族はこの集落に近寄れないので」

「ふむ……お主がそういうのであれば信じる他ないじゃろうて」

 髭を撫でながら犬耳の獣人に向き直る村長。

「お主等、人族の街に戻りたければ戻ればよかろう。ただし二度と他の亜人を巻き込まないと誓えるなら」

「あ……あぁもちろんだ!恩に着るよ」

 地面に頭をこすりつけるように何度も頭を下げる二人。

(同じ亜人、獣人でもここまで価値観が異なるのか。外の世界はどうなってるんだ)

 犬耳の獣人の片方がチラチラとヒルデの方を見ている。

「なんだ?あたしの顔になんかついてるのか?」

 ヒルデは既に巫女服から普段着に着替えている。どうも着慣れない衣服は恥ずかしいらしい。

「いや、赤毛の耳に星型の白毛……ってもしかしてヒルデという名前じゃないか?」

「そうだけど……どうして私の名前を?あんたらに会ったことなんてないはずだけど……」

「俺達、戦争中は王都の獣人部隊にいたんだよ。そこの隊長と副隊長が猫獣人で……そいつら娘がヒルデって言ってあんたと同じ特徴だったんだよ」

 片割れに同意を求めようと首を横に向けたところで、ヒルデが座り込んでいる獣人の首元を掴み、引き上げる。

「おい。その話、本当か」

 瞳孔は細く獲物を捉える獣の瞳。

「あ、あ、あぁ。本当だよ!!だから俺等もあんたの名前知ってんだろ!なぁ」

 首元を強く締め上げられ、地面から足が浮きかける。必死に隣の同胞に同意を求める。仲間の身を案じて何度も首を縦にふる片割れ。

「頼むって!だから離してくれ」

 ヒルデはぱっと手を離した。急に支えをなくした獣人の身体はバランスを崩しドサリと尻餅をつく。喉に手を当てて、激しく呼吸をして息を整える。

「生きてたのか……お父さん、お母さん。今はどこにいるのかわるか?」

「俺達も戦争が終わってからは王都を離れて冒険者やってるから、隊長の事はそれっきり……そのままなら軍属かもしれないけど、今の王都だと……」

「どういうことだ?」

 今度はニコルが問いかける。

「今王都じゃ、人と亜人がちょっと揉めてみたいなんだよ。ほら亜人って個々の力見たら人より優れてるだろ?それで人もいい気がしないみたいで……」

(差別……?レヴィスという貴族は”王命で人魔亜手を取り合って”と言っていたが)

「つまり迫害されてるってことか?」

「そこまじゃないけど、ちょっとしたいざこざが起きてるとか。それで住みづらくなって王都から離れた街に移る奴らもいるよ。辺境だったら、亜人との交わりも昔からあったからまだ住みやすいみたいで」

「そんな状況なのに儂らを人に差し出そうとしたのか?」

 村長が再び語気を強める。まずいことを言ってしまったという風に黙り込む二人。

「村長……やっぱりこいつら」

 一連の流れを聞いていた、村の獣人の1人が言いかける。

「待ってくれよ。頼む。俺達も街に家族がいるんだ」

 再び地面に頭を擦り付ける獣人。

「どうでもいいよ!そんなこと!」

 黙り込んでいたヒルデが突然声を上げたかと思えば、ものすごい速度で森に駆けて行ってしまった。

「ヒルデ!」

 ニコルは呼び止めたが、聞こえていないのか聞こうとしないのか、既に彼女の背中は遠くにある。

(しまった!今フォローすべきは彼女の心だったか!)

「僕が行きます!」

 ニコルは彼女の背中を追いかける。


「ヒルデ……」

 ヒルデは村から少し離れた小さな丘の上で両膝に顔を埋めてうずくまっていた。

「なんでついてきた。独りになりたい」

 ぐずぐずいいながら顔をあげずにヒルデ。

「今のヒルデを独りには出来ない」

 両手を膝について息を切らしながらニコルが返す。

「なんで……なんで……帰ってこないんだよ」

 誰に言うでもなく放たれたヒルデの言葉は、行き場をなくして、再び彼女の心に戻ってくる。

「生きてるのに戻ってこないんだったらあたしは捨てられたの」

 ニコルはただ黙って彼女の背中を見つめる。

「あたしは待ってるんだよ……」

「ヒルデ……」

「あっち行ってよ!」

 真っ赤に泣き腫らしたヒルデが勢いよく振り向く。座っていた体制から振り向いたから、4つん這いのような格好だ。ニコルはその大きな声に動じることなく、ヒルデをまっすぐに見つめる。

「僕は明日にでもここを発とうと思ってる」

「だからなんだよ」

 グズグズと目を擦るヒルデ。足を折り曲げぺたりとお尻を地面につけ座り込む。

「ついてこないか?」

「えぇ……?」

「だから、僕の旅路についてこないか?って聞いてるんだ」

 地面に膝をついてヒルデと目線をあわせる。

「僕はこの世界の事をもっと知らなくてはいけないと思うし、それにこの世界でやりたいことも出来た。そのために旅に出たいんだ。1人じゃ心細いだろ?だからついてきて欲しい」

 ヒルデは何を言われているのか理解しようと真っ赤な目をパチクリとさせてる。

「一緒にヒルデの両親を探そう」

 一拍おいて

「それで見つけたらぶん殴ってやればいい。なんで待たせたんだって」

「いや……でも村が」

「村は関係ない。今はヒルデがどうしたいか、だ」

 ニコルはそう言うと一輪の花を差し出す。どこから出てきたのかはやはりヒルデにはわからない。

「前も言ったろ?女の子は笑ってるほうが可愛いって」

 ヒルデは花を受け取り、ボーっと見つめる。

「でも今日は思い切り泣けばいい。僕は村に戻るよ。僕がいると泣けないだろうから」

 そう言ってニコルは立ち上がる。

「待って」

「明日。朝には村を出るからその時」

 ヒルデの静止を聞かないでニコルはその場を立ち去る。

 残されたヒルデは貰った花を抱えて声を上げて涙を流した。


 翌朝。

 朝まで続いた宴で村は寝静まっていた。

「本当に行くのかの?皆が起きてからでもいいんじゃ?」

 小屋で旅支度を終えたニコルに村長が話しかける。

「起きた後だと、寂しさも出てきてしまうので。今がいいですよ」

 ニコルは知っている。どんな時でも別れは来るし、共に過ごした時間が濃ければその別れは辛いものとなることを。そして同時にその辛さも実は少しの時が経てば薄れ日常生活に戻っていくことを。

 この村で過ごしたのはほんの少しの時間だったが、濃密な時間だった。

 だからこそ皆が起きて、皆の顔を見てしまった時、その辛さが大きくなってしまうと感じていた。

 忘れてしまう辛さなら、少ないほうがいい、そう思ってニコルは早朝の旅立ちを決めていた。

「そうか……それなら無理は言わんが……」

「いただいたものだけで十分僕にとっては思い出になりますよ」

 ニコルは獣人が旅をする際に着用するという革で作られた胸膝肩を守る簡易的な鎧とそして保存食がパンパンになるまで入った大きな鞄を村長から貰っていた。

「これだけあれば次の街なのか村までは辿り着けるでしょうから」

「して、行く宛はあるのかの?」

「まずは亜人の集落を巡ってみようかと」

「それなら」と村長は古ぼけた地図を取り出した。動物の皮を加工して作られた丈夫そうなものだった。

「これもやるから安心せい。村がこの森の西側にある。村を抜けてまっすぐに北に進むと大きな川が流れている。川の上流辺りにピクシーが暮らしているはずじゃ。行くならそこが一番近いかのう」

「ありがとうございます。まず無事に森を抜けられるか……ですね」

 苦笑するニコル。

「いざとなればそれを使え」

 ニコルの腰には短刀が携えられている。武器は持ちたくないというのがニコルの考えだったが、野生の魔獣や動物に襲われたときのためにと村長が無理やり持たせてきた。

「使う時が来ないことを祈りますよ」

 一瞬の沈黙。

「ヒルデは……」

「みておらんなぁ……お主の言葉を借りれば、別れの辛さが嫌というやつか。あいつはあれで、そういう経験もない」

 小さく無言で頷くニコル。

「それじゃあ行きます」

「あぁ息災にな。近くに戻ってくることがあれば立ち寄れ。お主なら我々はいつでも歓迎するぞ」

 ニコルは鞄を背中に背負い、振り向いて手をひらひらとさせ、小屋を後にする。

「さてと。未知なる世界への旅立ちか……こんな格好して、剣までぶら下げちゃって」

 村の端まできたニコルは自分の格好を見つめる。

「本当に冒険のお話だなこりゃ」

 ここから一歩出ればそこは未知の世界。どんな危険が待っているかも想像がつかない。

「どんなに勇敢な主人公も旅立つときはこういう恐怖に駆られてたのかな」

 足が震える。その一歩が踏み出せない。

「ゲームならスティックをちょっと前に倒せば進めるのにな」

 何度目かの深呼吸をした時、とんと鞄越しに背中を押される。

 思わずよろめいて踏み出せなかった一歩目を踏み出す。

「何してんだよ。行くよ」

「君を、待っていたんだよヒルデ」

 ヒルデはニコルの手を取りすっと前に出て引っ張る。

「何言ってんだ。ずっと上見たり、下見たり深呼吸しての繰り返しで」

 さっきまで頑なに動こうとしなかった足が嘘のように軽く二歩目が出る。

「ヒルデにとっては見慣れた道でも、僕にとっては新しい人生のはじめの道だからな」

 ヒルデはニコルの顔を見ようとしない。

「……父さんと母さんを見つけるまで。それまでは付き合ってやる」

「助かるよ」

 二人は歩幅を合わせて歩み始める。まだ見ぬ出会いと未知なる世界へ。

「で、ニコルのやりたいことってなに?」

 ヒルデは横並びに歩くニコルに問う。

「ヒルデみたいに泣いている子が笑顔になれるように、届けにいくんだ」

 自分を引き合いに出されて少しムッとするヒルデ。

「なにをだよー」

娯楽エンターテイメントを、さ」

 

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