11.奪回作戦

――ん? またワタシは何かやらかしたのか?


 フロラ嬢もそうだが、ワタシは華奢で可愛らしい女性にすこぶる弱いらしい。悲しそうな顔をされると、正直どうしていいのか判らなくなる。

 だからこの作戦行動に、彼女を除外していたのだが……


「……クロウリー様なら、私を追いかけてくださるって信じておりましたのよ」

――そこかぁ!?


 ワタシは頭を抱えた。

 そもそも王女殿下には『ポールポチ』と言う名の立派な『騎士番犬』がいるではないか? これ以上話をややこしくしないでくれ!

 と言うか、イジリに掛かっているのではないか? 先程まで目に涙を浮かべて打ちひしがれていたと言うのに、この立ち直りの速さは何なのだろう。

 そもそもあの『犬騎士ポチ』はどうした!?


「すみません、クロウリー様……冗談が過ぎました」


 頭を下げるミランダ王女の表情は、一転して引き締まっていた。どうやら心に期するものがあったようだ。


「お戯れも程々になされよ……して、ポール殿は?」

「遅いので置いて参りました。じき、やって来るでしょう」


 彼方の草原を見渡すような遠い目をしながら、ミランダ王女が応える。

 なるほど、あれだけの重装備では走る事すら覚束ないのだろう。今頃は重い鎧を着てどの辺りを走っているのだろうか?

 ドンマイ、忠犬ポチ。ワタシは君の恋を応援することにしよう……精神的に。


そんな事・・・・より、クロウリー様。お気づきになりまして?」

「……?……何がだ?」


 ポチの扱いがぞんざいなような気がするが、敢えて触れないでおこう。嫌な予感しかしないのだ。


「この渓谷を抜けた先には大きな川が二本流れております。その川は交差せんとばかり接近する場所があり、肥沃な土地になっています」

「ふむ……ではミランダ嬢は、敵がそこに集結していると?」


 ミランダ王女は静かに頷いて、話を続けた。


「そこには、イオタでも屈指の規模の都市があり、テースラーと言います。領主の名はローマックス。信義や情よりも利によって動く者です」

「では、マルタン勢はそこに集結している……と?」


 ワタシが答えを促すと、ミランダ王女は静かに頷いた。


「先に申した通り、彼は理想よりも実利を追い求める者です。当然、信仰など何とも思っておりません。生きる方便で利用することはあっても、心から帰依することはないでしょう」

「まぁ、一人くらいそういう考えを持つ者がいても、何らおかしくはないな」


 神の教義は、とても崇高なものだ。

 しかし、現実が教義と乖離しているとその教義は、官僚主義と大衆に飲み込まれ世俗化していくから、時が流れるにつれ、信じる者達を束ねるのにとても都合よく作られるようになる。世の常だ。


「如何に『ノイルフェール神』といえども、名ばかりの信心者には加護は届かないのであろうよ……」


ワタシの言葉に、ミランダ王女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに静かな微笑みを浮かべた。


「クロウリー様、あなたはとても面白い方ですね。そのような考えを口にする人は、この国では滅多にいません」

「そうか? ワタシはただ……」


 言葉を続けようとした時、遠くからガチャガチャと耳障りな金属音が聞こえてきた。ポールが追いついてきたようだ。本当に存在自体がガチャガチャしている男だ。


「王女殿下! クロウリー殿!」


 息を切らしながら駆け寄ってくるポールの姿に、ワタシは思わず苦笑してしまった。呆れてモノが言えないとはこの事なのだろう。この男にははかりごとは無理なのだという事がよく判った。


「遅かったわね、ポール」

「申し訳ありません! この鎧が……」


 ポールは言い訳をしようとしたが、ミランダ王女の冷ややかな視線に遮られた。


「もういいわ、ポール。今は敵の動向を探るべき時よ」

「はっ! 御意に従います」


 王女の言葉に、ポールは急に真剣な表情になった。

 ワタシは二人のやりとりを見ながら、状況を整理していた。マルタン軍がテースラーに集結しているとすれば、ケール軍の動きも気になる。そして、この状況下でワタシに何ができるのか……?


「ミランダ嬢、テースラーまでの距離はどのくらいだ?」

「この先、半日ほどでしょうか」

「そうか……」


 ワタシは遠くを見つめながら、静かに呟いた。


「では、我々にも時間の猶予はあまりないな」


 ミランダ王女とポールは、ワタシの言葉に頷いた。無言のまま、これからの行動を考え始めた。風が吹き抜ける音だけが、緊張感漂う空気を震わせていた。

 ワタシは深く息を吸い、決意を固めた。


「よし、テースラーへ向かおう。しかし、慎重に行動しなければならないから、敵の目に触れぬよう、森の中を進むのが賢明だろう」


 ミランダ王女は頷いた。


「私も同感です。ポール、先導をお願いできるかしら?」

「承知いたしました」


 ポールは鎧を調整しながら答えた。正直言って鎧は置いて行って欲しいのだが……ワタシは溜息を吐いて消音サイレントの魔術を掛け、木々の間を縫うように進んでいく。

 時折、遠くから馬の蹄の音や人々の声が聞こえてくる。マルタン軍の偵察隊だろうか。

 魔術杖ワンドを握りしめ、いつでも使えるよう準備をしていた。ミランダ王女も緊張した面持ちで周囲を警戒している。


 森の中に潜み、一際大きな木の幹に登り、辺りを伺うと、遠くにテースラーの街並みが見えてきた。街を囲む擁壁の上には兵士達の姿が見える。マルタン軍の旗が風になびいていた。やはり占領されているようだ。


「あれは……?」


 ワタシは目を細めて遠くを見た。

 街の外れにも、大きな野営地が広がっていた。テントや馬、武器が所狭しと並んでいる。


「マルタン軍の本陣ですね」


 ミランダ王女が静かに答える、ワタシは彼女を促して大樹から降りた。


「この地の鎮樹とお見受けする……協力を感謝申しあげる……敵の情勢を探るためとはいえ、登った不敬をお許し願いたい」


 ワタシがこの大樹に頭を下げると、隣にいたミランダ王女、そしてつられるようにポールも頭を下げた。


 以前、シルヴィ殿から聞いたことがある。森には他の木々よりもはるかに大きな木が必ず存在するのだと。それは、その森を厄災から護る役目を持つ『鎮樹』なのだと。だから『鎮樹』に登ったときには、必ず一声掛け、感謝の気持ちを伝えるのだと。


 この樹木が『鎮樹』かどうかはわからない。それでも、この場はそうした方が良い……そう思えた。

 暫く大樹に祈りを捧げた後、ワタシはミランダ王女達に向き直って口を開いた。


「これからが正念場だ。ワタシが魔術で先制を仕掛ける。その混乱に乗じてヴァレンティヌス司祭を……」

「承知しましたわ、ポール」


 ワタシの言葉を聞き終わる事もなく、ミランダ王女は理解し、忠犬ポチに指示を下した。


「御意のままに、お供つかまります」

「お主のその意気込みや良し……されば」

「場所はわかっているのかしら?」


 ん……? ちょっと待て! 声が多いぞ! それも聞き慣れない声だ。

 ミランダ王女に向けて振り返った瞬間、ワタシはあり得ない出来事に仰天した。

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ヴァレンティヌスの夢 朝霧 巡 @oracion_001

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