猫の返答

吉岡梅

返事をかかさぬ猫、そら殿

我が家のそら殿はすこぶる返事をする。

顔を見ればニャーと鳴き、そら殿、と声をかければナーと応じる。


何名かのねこ達と暮らしてきたが、そら殿ほど返事をする猫は過去に1猫たりとも……いや、いたか。ストーカー気質のニャオンさんはめっちゃ返事をしていたか。しかし、ニャオンさんの場合は返事というよりあれはもはや嘆願。こちらが何も言わずとも顔を見るなり寄ってきては説得するかのごとく話し続けていたか。となるとやはり返事という分にはそら殿に分があるのでは……と、話が逸れて申し訳ない。ともあれそら殿は返事をする。


多弁な猫というわけでは無いが、とにかく声をかければ返事を返す。

そら殿、と言えばニャー。おはよう、と言うとニャー。ご飯にする?と問えばンナー。ちゅーるをチラ見せすると無言でダッシュののちナーオナオ。挨拶や相槌を欠かさぬできた猫である。


そら殿が返事をするのは声をかけた時だけではない。こちらが咳やくしゃみをしようものなら、とたんにそら殿がナーと応じる。その時の鳴き声はどこか不満めいていて、抗議をしているかのようだ。


すまんそら殿。思わず謝ると、それに対してニャーと応じる。多分「ええんやで」的な事を言っているのだろう。もしくは「2度とするなよ」かもしれない。


返事をする時だけでなく、下僕にんげんにものを命じる時にもニャーと鳴く。例えば玄関や部屋のドアを開けて欲しいとき。ドアの向こうから1声、ニャーと鳴く。それに気が付いてドアを開けると、ご苦労、とばかりに悠々と入室されるのだ。


だが、下僕がいつもその声に気づけるというわけでもない。時には聞き逃してしまう事もある。その場合はどうするのか。


そら殿は再び鳴くような事はしない。玄関やドア近くにある手ごろなに飛び乗ると、そこからどすん、と音を立てて飛び降りる。すると、その音に気付いた下僕が慌ててドアを開けに行くというシステムになっているのだ。声はかけるが2度はない。それがそら殿のルールなのだろう。


そもそも、そら殿は引き戸であれば自分で開けられる。我が家の玄関や事務所の玄関は引き戸なので、手を貸さずとも開けてしまうのだ。が、中に下僕がいる事を察知した場合、自ら爪を下す事無くただ一声鳴くのだ。ニャーと。賢いお方だ。


ある日、そら殿が窓の外でニャーニャーと鳴いていた。ドアを開けて欲しいのかと思って玄関まで行ってみたものの、そこには姿が無い。が、そら殿の声はまだ続いている。


どういうことかしらん、そう思って庭へと出てみると、そこにはそら殿と1羽のカラスが。カラスが木の上からカーと鳴くと、そら殿がそれに応じてニャーと返事をしているではないか。


カー、ニャー。そしてまたカーと言えばニャー。ツーと言えばカーという言葉は聞いたことはあるが、カーと言えばニャーは初めてだ。


カラスとそら殿は互いにリラックスした様子で、威嚇をしているような様子は無い。まるで会話をしているかのように鳴きあっている。ちょっと不思議な光景だった。思わず「は?」と声を出すと、それに気づいたカラスは飛び去り、そら殿がこちらをちらりと見て一言鳴いた。ただ、ニャーと。


その後もしばしば、そら殿は鳥に向かって返事をしていた。カラスだけでなく、スズメのような小鳥が鳴いていても、そちらに向かってニャーと話しかける。


鳥と仲のいいタイプの猫なのだろうかというとそうでもなく、時にはモグラやトカゲと同じく、小鳥を獲ってきては下僕に見せびらかしにも来る。不思議な御仁だ。


最も、不思議と思っているのは下僕たちだけで、そら殿にしてみればごくごく当たり前のことなのかもしれない。


今度そら殿に聞いてみようかしらん。そら殿、なぜ鳥と話をしてるのですか? と。きっとそら殿は返事をしてくれるだろう。いつものように、ただ、ニャーと。それが我が家のそら殿なのだ。

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猫の返答 吉岡梅 @uomasa

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