04

 ペンギンを抱いて玄関に立つ僕、正面に兄。また戻ってきた。身体の痛みはなく、兄に傷痕はなかった。兄が言った。


「昨日……って言っていいかわかんないけど、とにかくあの時はごめん」

「うん、いいって」


 風呂場にペンギンを連れて行き、頭を撫でた。僕はふと思いついた。


「ねえ、兄さん。この子のこと、楽しませてないよね。バスタブに水入れて泳がせるのはどうかな?」

「無駄だと思うけど、気晴らしにはなるか」


 十五分ほどして、水がたまった。慎重にペンギンを入れると、尻尾をプルプルさせて泳ぎ始めた。


「あはっ、兄さん、可愛いね」

「狭いだろうけどな」


 ペンギンは顔を水につけ、それから首をあげて震わせたので、僕と兄に水がかかった。


「冷たっ!」


 兄は飛び退いた。


「瞬、もういいんじゃねぇか? 水の中で粗相されても嫌だし」

「そうだね、終わろうか」


 ペンギンをタイルの上に戻すと、黒い眼差しをじいっと僕に向けてきた。すがるような思いで、僕はペンギンに話しかけた。


「あのさ……ペンギンくん。何でこうなったのか、わかんないけどさ。普通の家庭で君のことは飼えないんだ。ずっと一緒にはいられない。君だって、もっと広いところで泳ぎたいよね。何とかならないかな?」


 すると、ペンギンは鳴いた。

 フェッ! フェェェェェ! フェェェェェ! フェェェェェ!


「うるせぇなぁ……」


 兄は耳をふさいでしかめっ面をした。


「はぁ……とりあえずお腹空いたし、食べるよ僕」


 何回連続で食べたかわからないクリームシチュー。美味しいけれど、さすがに飽きてきた。終わってタバコを吸って、ベッドに転がった。洗い物を終えた兄も来た。


「瞬。このループ抜けたらどうするかとか、そういうの考えないか? 希望を捨てたらダメだと思う」

「まずはクリームシチュー以外のものを食べたいかな」

「ははっ、そうだな……」


 三月二日は土曜日。僕も兄も予定がない。どこかに遊びに行ってもいいかもしれない。それを口に出そうとしたのだが、睡魔が襲い、ぼんやりとしてしまった。

 そして……。


「瞬! 朝だ! 朝だぞ!」


 兄が僕を揺り動かしていた。カーテンは開け放たれ、まぶしい光が降り注いでいた。


「ほ、本当だ! あの子は?」


 慌てて風呂場に行くと、ペンギンはいなくなっていた。念の為に部屋中を探し回ったが、見つからなかった。


「瞬! ドア開くぞ! 出れる!」

「やったぁ!」


 僕と兄はぎゅっと抱きしめあった。


 それから、数時間後。僕たちは動物園に来ていた。


「えーと、ペンギン館はこの向こうだな……」


 兄がパンフレットを見ながら歩いているのに僕はついていった。小さな建物の中に入ると、ガラス越しにたくさんのペンギンがいるのが見えた。


「わあっ、いっぱいいるね、兄さん」

「ペンギンは群れで暮らす生き物だからな」


 広いプールの中を、空を飛ぶように泳ぎ回るペンギンたち。それはとても優雅で、目が釘付けになった。


「瞬……やっぱりペンギンは遠くから見るので十分だな」

「僕もそう思う」

「それでさ、見てて思ったんだけどさ」

「何?」

「ループから抜けられたのって、ペンギン泳がせたからじゃないか? だってほら、ひっくり返すと」

「どうなんだろう……わかんないね……」


 そして、フードコートに行ってラーメンを食べた。周りに他の人がいる、という状況にも安心できたし、とても美味しく頂いた。


「なぁ、瞬」

「何? 兄さん」

「もう二度と生き物連れて帰ってくるなよ」

「わかってるって。僕もあんな思いこりごり」


 最後に僕たちは土産物コーナーに行き、ケープペンギンのぬいぐるみを買ってもらった。あれは散々な経験だったけど、やっぱりペンギンは可愛いのだ。

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ペンギンループ 惣山沙樹 @saki-souyama

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