増やすために減らすこと

高黄森哉

動機


 俺は、中学校にいた。用務員の灰色の服装をしているので、今のところばれていない。カバンには、散弾銃が入っている。子供たちの声がうるさい。今までは、心地よかった少年少女の歓声が、今では、獣の唸りに聞こえる。彼らは、我々とは別の生き物である。

 遡ること一か月前。


 その理不尽は、立ち現れて、二度と消えなかった。


「えっ。不妊ですか」

「そうだね。君は不妊だね。残念ながら、子孫を残せる可能性は限りなく低いだろう」

「そんな、」


 膝から崩れ落ちたかった、そして膝の皿を割って死にたかった。だがしかし、椅子に座っていたので、その椅子から、なだれ落ちることしかできなかった。

 

「あんまりだ」


 この世に、俺ほど、子供が欲しかった人間はいない。本当に本当に、欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。子供のことを考えるだけで、わくわくしたし、楽しかった。家庭を思い描くだけで、愛が溢れてたまらなかった。

 それは遡ること二十年前。先ほど、一か月遡ったので、つまり今から、二十年と一か月前のことだ。

 保育園に入学した俺は、子供が周囲にいることに幸せを覚えていた。そのころから、家庭が欲しいと思い、遊びもすべて疑似家族に関することだった。

 そんな俺が、俺が。


「別れましょう」


 その声も、ほとんど聞こえない。彼女にとってだけじゃない、俺にとってだって、彼女は、もはや意味をなしていなかった。子供を作ることが出来ない女性に、なんの価値がある。不妊の俺の子供を産む能力がない女に、一体なんの価値があるってんだ。


 それから、しばらく引きこもった。


 不妊というのは、とても重大だ。なぜかといえば、生物の要素を紐解いてみればわかる。三つある原則の一つに、他の存在の力を借りずに繁殖が出来ることとあるからだ。そのためにウイルスは生物でない。俺も、ウイルスと同じだ。つまり、生物ではない。でも、その考えは、あべこべに心を沈めていった。

 なぜかというと、俺は人間の枠を超え、新しい存在になったことに気が付いたのである。よかった。そしてまだ、子供を作る夢を諦めなくてもよい。同じ存在をつくりだすことは難しくない。要するに、自分と同一の存在を、己の手で作りだせれば良い。それが俺を生き物へ引き戻すたった一つの冴えたやり方である。


 カバンの中をまさぐりながら死刑になる日を夢見た。俺は死ぬ、死んで無になる。そして今から、無を生み出そうとしている。俺が産み出した、人由来の無。それは丁度、寄生虫のようなもので、人の肉体を借りてから発芽する生命だ。俺は死、そのものだ。

 その時、カバンから二連式散弾銃がぎちぎちとまびろ出て、その真っ黒く固い銃身を屹立させた。俺が、今からしようとしていることは、性行為にあたる。

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増やすために減らすこと 高黄森哉 @kamikawa2001

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