海辺の街道で
女はボンヤリと見つめていた。
男の肩にもたれながら考えている。
前の車のテールランプが何度も点滅させている。
何だろう。
思い出せない。
信号の色が数回、変わっていた。
高速道路を降りた車の群れが交差点に連なっている。
まるで自分の心のようだと思った。
何も吹っ切れていない。
何度も心にブレーキがかかる。
ズルイ・・・女だ。
再び悲しみのカーテンに
心が閉ざされそうになった時。
ようやく女は気づいた。
「わかった・・わ・・・」
左肩の心地良い重みに
口を閉ざしていた男が
女の声に顔を向けた。
「タバコ・・・よ。
あなた、吸ってない・・・」
イタズラがばれた少年の顔で男が言った。
「あぁ・・・やめたんだ」
「えっ・・・?」
女の意外そうな表情に顔を赤らめて男は続けた。
「君が、手紙を・・くれた日から・・・」
信号が又、変わった。
青い光が心に差し込んで来る。
「どう・・して・・・?」
「わからない・・・」
二人の視線が重なる。
後の車のクラクションが鳴った。
男は慌ててアクセルを踏むと車間距離を詰めた。
今度はミラー越しに女に微笑む。
女は運転の邪魔にならないよう、視線を前に移して白い歯をこぼした。
「フフッ・・・変、なの・・・」
天使の笑顔に、男もようやく何時もの口調に戻り始めていく。
「好かれたかったんだ・・・」
又、信号の色が変わる。
車の数がかなり減った。
次のシグナルで渋滞を抜けられそうである。
女は自分の胸の鼓動が早くなってくるのが解かった。
「君と繋がる何かが、欲しかったんだ。
何でもいい・・・
何か、君に喜ばれる事をしたかったんだ」
「あな・・た・・・」
切ない想いが込上げてくる。
身体が熱くなる。
「君と・・結ばれた時、
もう死んでもいいと思えた。
地獄に落ちてもいい・・と・・・」
右の信号が黄色になった。
女は前を向いたまま、男の腕を強く抱きしめている。
「だけど・・・」
赤になった。
その下に矢印のシグナルが点灯する。
後続の車がエンジンをふかせる。
女の心にも何かが湧き上がってくる。
エンジン音と重なる。
「生きたくなった・・・。
少しでも長生きしたくなったんだ・・・」
「あな・・た・・・」
どうして、こんなに泣き虫なのか。
もっと強いと思っていたのに。
霞む風景の中、シグナルが青に変わる。
それと同時に男はアクセルを踏んだ。
車はようやく渋滞を抜けて広い道路を軽快に滑っていく。
ハンドルも軽やかに男は操っている。
男は再び口を閉ざしていた。
それでも女には嬉しかった。
男の運転の妨げにならぬよう気遣いながら、ジッと横顔を見つめている。
そして甘えるように男の肩に頭を乗せた。
もう、迷わない。
いや、そうでは無いかもしれない。
再び、渋滞に巻き込まれるかもしれない。
それでもいい、と思った。
きっと、その時は男が救ってくれる。
こうして「強くない女」を甘えさせてくれる筈だ。
その時は又、思い切り泣こうと思う。
弱い女でいい、と思う。
「あな・・た・・・」
呟く声にミラーを見た。
女が微笑みを投げる。
「う・・ん・・・?」
男も白い歯をこぼす。
「好き・・愛しています・・・」
男は一瞬レバーから左手を離し、天使を抱き寄せた。
女はミラー越しにジッと男を見つめながらルージュに濡れた唇を開いた。
「抱い・・て・・・」
真っ直ぐに伸びた道路を車は走っていく。
二人の愛を乗せて滑っていく。
男の視線を絡めとり、もう一度女が囁いた。
「抱いて・・欲し、い・・・」
信号 進藤 進 @0035toto
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