信号

進藤 進

白い波と天使

「キャー・・・」

白い波の泡と共に天使が駆けて来る。


薄いブルーのフレアスカートが風に翻り、しなやかな足を覗かせている。

子猫のように瞳を丸くさせて次の波を待っている。


タイミングを計ってギリギリの所まで追いかけていく。

何度も同じ事を繰り返している。


砂浜に腰掛けながら男は眩しそうに跳ね回る女を見つめていた。


今朝、彼女は一人泣いていた。

肩を震わせる後ろ姿がひどく小さく見えた。


無理も無い。

この不条理な愛を背負っていくほど、心は強くない。


だが、もう戻れない。

今の自分に出来る事は、こうしてジッと愛おしい天使を見守るだけであった。


女が嬉しそうに手を振っている。

男が微笑みでこたえる。


わからない。

それで、いいではないか。


愛しているのだ。

それだけは確かな事実なのだから。


「アハハ、ハハハハ・・・」

戻ってきた女が倒れ込むように隣に座った。


広いオデコに大粒の汗が浮かんでいる。

柔らかなショートヘアを靡かせて笑っている。

水平線が遠く一直線に空と交わり霞んでいた。


「あー、気持ちいい。最高ぉ・・・」

春の日差しが眩しい。


人気の無い砂浜は波の音だけが響いている。

二人は少し遠出をして海に来ていた。


今日は女の好きな家事もお休みである。

男の肩にもたれながら囁いた。


「ねぇ・・・」

男が顔を向けると視線を遠くに向けたまま続けた。


「私達・・・どう見えているかしら?」

そしてイタズラっぽい瞳で見上げてくる。


愛しさが込上げる。

心が溶けていく気がした。


「そう・・だね・・」

「夫婦?それとも・・・愛人?」


男の言葉が待ちきれずに女が聞く。


「そうだ・・ね・・・」


女はウットリした表情で肩にもたれている。

男の声が耳元を伝わってくる。


口数の少なさが嬉しかった。

なぜか安心できた。


一旦、喋りだすと止まらないのに。

今日は殆ど口を開かない。


今朝の涙の訳を何も聞いてこない。

いつだって見守ってくれている気がする。


女は心から甘えられる気がした。

何も考えずに波の中を漂うように。


「私・・泣いちゃった・・・」

「知っている・・・」


男の腕が肩に廻った。

優しく細い肩を抱き寄せる。


全てを預けたまま呟いた。


「強く・・無いよ・・・」


水平線がぼやけてくる。

男の温もりが心地良い。


「あぁ・・そうだね・・・」


男が視線を移して言った。

女も潤んだ瞳を向ける。


「恐い・・の・・・」

又、溢れてくる。


今朝、あれだけ泣いたというのに。

男が微笑んで答える。


「それで・・いぃ。それで・・・」

自分にも言い聞かせるように呟いている。


女はもう何も言わず、漂う事にした。

男の腕と頬を伝う涙の温もりに、心を預けて。


震わせる天使の身体を愛おしそうに包む。


それで良いと男は思った。

そう、それだけで。

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