中学生編
続く続くよ奇行は続く。
小学校の卒業式を終えて、春休みに突入しても、妄想全開はとどまることを知らず。
しかし家では家族バレだけは避けたかったのか次元の扉を開くことはなかった。
中学校の入学式を平穏に終えた担倉少女、翌日よりさっそく妖精からの指令をいただく日々が始まった。
そのうちセボンスターだか祭りの屋台だかで手に入れた「それっぽい」ペンダントを隠して身につけるようになり、いよいよ自分の中で【戦う魔法少女】ぶりは高まっていった。自社商品をこんなとんでもない妄想世界のアイテムにされてしまうとはカバヤ食品様も露と思うまい。
小学校時代の奇行を知っている男子たちや新しく知ったよその小学校からの男子たちも面白がってわたしを追跡したりする日々は続いた。
それでもわたしはアイテムを隠し持ちながら
人知れず世界を救う魔法少女
の幻想に酔って――もう完全に酩酊状態だったが――いた。
誰か止めろ。
いや、だれも止めてくれなかったから、この話はまだまだ続くのである。
おりしも雲仙普賢岳が噴火したこの年、担倉少女の住む地域にも火山灰が降ることがあった。
なぜか「火山灰は黒魔女が降らせているのでわたしが触れると体が痺れる」という不謹慎にもほどのある設定がつけ足しになった。
無論男子たちからは火山灰でいじられた。
関係各地の皆様には本当に申し訳ないことこの上ない。
そうして中学一年生の夏ごろ、それまでの行動だけでは物足りなくなったのか、わたしは「異次元との交換日記」という大変なものをつけ始めた。
交換日記の相手が誰なのかとか、そういうのははっきり言ってどうでもよかった。
一枚書いては隣を空白にする――例によってわたしにしか見えない文章がそこにある――という書き方で、かつ、わたしの書く文章は肝心な部分、要するに異次元や魔法に関する単語なんかを細かくカラーの手書きモザイクにするといった念の入れようで、家で書いてきては学校に持ち込み、意味ありげにちょっと開いてみたりしていた。
そうすると、担倉がなんか変なの書いてきてるぜー、というような噂が立ち、その中身を見ようとする男子の間で取り合いが発生した。
わたしはこれを取られるわけにはいかないと攻防を繰り広げる。
それが誠に楽しかったのであろう、その攻防はひと夏の間続いた。
やがて交換日記だけではまたも物足りなくなったとみえた担倉少女、今度は自らの妄想にクラスメイトを巻き込むという、もう……本当に……タイムマシンがあったら殴りに行っても許されるような事態を巻き起こす。
まずクラスメイトの女子に、自分の秘密を打ち明けることからそれは始まった。
「ここだけの話にしといてね、実はわたしね……」
から始まる打ち明け話は、確かクラスメイトの半分くらいの女子の知るところになった。ここだけもなにもわたしがそれだけの人数にひとりひとり打ち明けたのである。
誰かひとりでもドン引きしたり笑ってくれたりしていたらこの妄想はここで終わっていたことだろう。わたしにとっての幸運であり不運は、それを聞いた女子が誰ひとりとして爆笑も失笑もしなかったことだった。
気をよくしたわたしは日記も続け、自分の前世だったというお姫様のイラストも描き、サポート役の妖精の絵も描き、敵役の絵も描き、誠に絶頂期であった。
しかも隣の男子が気になるお年頃、担倉少女は前世で関係のあったという設定で男子を何人かピックアップしてしまった。
お姫様の夫。
敵役のお姫様の夫。
そのほかもろもろ。
お姫様にそもそも夫などいたのかという疑問はよそに置いておくとして、ありもしない前世に目覚めさせるべくキーワードを意味ありげにつぶやいてみたりなどしたが、当然目覚めるわけもなく。
けれども前世で一緒だったらしい、という噂だけは少々広まっていたから、わたしとしてはしめしめな気分であった。なにがしめしめなのかはさておくとして。
こうなると授業中にも、飛び出しまではしないもののノートに交換日記や異次元との通信を書きはじめるという行動に出だす。
一度などそれを社会の先生に見つかり、「何書いてんだ担倉っ」とどやされた挙句、かたくなに見せようとしなかったわたしに業を煮やして全員分のノートが没収アンド検閲されたこともあった。あの時は本当にみんなに申し訳なかったと今思う。
他に、風だけでなく天候を操る魔法を覚えたり、綱引きでできた腕のあざにばんそうこうを貼り、何か文様を書いて暴走する魔法の力を封印していたりと、このくらいなら誰でもやったことではあるだろうが、こんな妄想爆発の奇行ぶりは中学二年生まで続いた。
いまのように、中二病あるいは厨二病という言葉が巷にあふれるずいぶん前のことではあったけれど、間違いなくそれと断言できる事態であった。
ちなみに終わりのときは案外あっさりと訪れたが、きっかけはまったく覚えていない。
ただ、
最後の戦いに赴き、戦いに勝った代償として
異次元や魔法などに関するすべての記憶を失い
関係するアイテムや日記などはそのときにすべて灰になってしまった
という流れで、関係物品は一切合切キレイサッパリ家の裏の畑で燃やした。
今ほどゴミや野焼きに関して厳しくない時代で助かった。
このことがあって、できれば成人式にも参加したくはなかったのだが、友人たちの記憶もすっかり失われてしまったようで、成人式はおろかそのあとの同窓会でもこのことについて突っ込まれることはなかった。
成人式で何か追及されるのではと緊張しすぎて腹を壊し、着物の着付け前に漏らしてしまったことも黒歴史っちゃあ黒歴史だな、と今思ったが、小中学校の奇行に比べたら可愛いもんである。
あれから三十年経つ。
いま自分が物語を紡げているのはもしかしたらこのころの経験があったからかもしれない。そう考えれば、この経験ももしかしたらどこかでネタになるかもしれない……と思ったりもするのである。
え? いいようにまとめやがってって?
そりゃそうだ、そうでもしないとこんなアレな経験、お焚き上げできるもんか。
―― 了 ――
転生したお姫様で魔法使いで戦士だったワタシの話 担倉 刻 @Toki_Ninakura
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