♯8 高校に入ってから初めての友達

section12




 私は少し緊張しながらうちの玄関ドアを開け、隣に立つ夏目さんに先に中へ入るよう促した。


「ありがとう。お邪魔します」夏目さんが玄関に足を踏み入れる。


――桜井さんの家に遊びに行ってもいい? 


 私が学校を休んだ翌日、夏目さんにそう言われた時はびっくりした。


「私の家に!? どうしてそんな友達みたいなことを……」と戸惑う私に「友達だと思ってるよ」と笑顔で言葉を返してくれた。


 そして、その週末に夏目さんが遊びに来る事になり、約束の日を迎えた今日、私は駅まで彼女の事を迎えに行った。


 玄関を抜けると廊下を進んでリビングに向かう。


 日曜日という事もあり、中ではお父さんとお母さんがくつろいでいた。


 夏目さんが2人に丁寧に挨拶をする。


 友達が来る事は事前に伝えてあったので、お父さんとお母さんは落ち着いた様子で迎え入れる。


 しかし、やはり初めて見る相手という事もあってか、どこか品定めするような目で夏目さんの事を観察していた。


 リビング階段は家族と顔を合わすからダメだなぁ……心の中でそんな事を思いつつ2階へ上がる。


 食事中などにお兄ちゃんやお姉ちゃんの友達に会って気まずい思いをした記憶が甦ってくる。


 階段を上ると自分の部屋に夏目さんを通した。


 ごくごく普通の6畳の洋室


 あらかじめ中を綺麗に片付けていた甲斐もあり「サッパリしてていい部屋だね」と褒めてもらえた。


 それから部屋の中央に置かれたミニテーブルを挟んで、夏目さんが座布団の上に腰をおろす。


「桜井さん、よかったら」白いトートバッグの中からお菓子の小箱を取り出して私に渡してきた。


「気を遣わなくても大丈夫なのに! ありがとう」


 お礼を言いつつ、それをキッカケに、出す予定だったお菓子を下に置いてきたままにしている事に気づく。


(しまった! せっかく準備してたのに!)


 私は電光石火で部屋を出る。


 階段を駆け降りてキッチンに飛んでいき、お菓子や飲み物の乗った丸盆を両手で掴むと、また部屋に戻ってくる。


 両手が塞がっているので足でドアを閉めそうになったけれど、人の前だという事を思いだし、どうにか腕を使って丁寧に閉めた。


 グレープジュースの入ったグラスを夏目さんの前に差し出し、それから個包装入りのアーモンドチョコレートで山盛りになったトレイをテーブルの中央に置いた。


 おもてなしの気持ちが高ぶるあまりファミリーサイズの大袋を2つも開けてしまったのだ。


「沢山あるから遠慮しないでね! なんなら全部食べてもいいよ!」


「ありがとう」夏目さんがおかしそうに笑った。


 せっかくなので、貰ったばかりのお菓子を開封して2人で食べる事にした。


 水色のフラワーが散りばめられたキュートなパッケージの中からバターサンドが現れる。


 いただきます、さっそく1枚かじってみる。


「うん! 甘酸っぱくて美味しい」


 四角い2枚のクッキーの間にレーズン入りのクリームがサンドされていて、バターの風味やレーズンの甘味、酸味が口の中いっぱいに広がる。


「良かった、お口に合って。フェアリーで買ってきたんだよ」


「フェアリー? ってもしかして夏目さんのバイト先の?」


「うん。朝シフト入ってたから上がるついでに買ってきちゃった。お店の中でも結構売れ筋なの」


「そうなんだ。……ごめん、私もこんな安っぽいアーモンドチョコなんかじゃなくて、もっとしっかりしたケーキでも出せば良かったかも」


「ううん、気にしないで。私、アーモンド好きだから」


 夏目さんはアーモンドチョコレートを1粒食べ終えるとグラスに口をつけた。


 グラスが傾くのに合わせて、中のグレープジュースが少しずつ消えていく。


 先ほどから私はさり気なく夏目さんの装いをチェックしていた。


 透明感のある白いシフォンスカート、ピンク色のタートルネックTシャツ。今の季節に溶け込むようなセンスの良いファッション。


 ピンク色のマニキュアやシンプルなチェーンネックレスが程よいアクセントになっている。


 また、元から綺麗な顔はフルメイクで彩られ、全身から美人オーラが放たれていた。


「夏目さん、前にカフェで会った時も思ったけど、お洒落なんだね。学校にいる時の真面目な雰囲気と全然違うというか」


「そうかな。私、MiMiみみとかLiMEらいむとかよく読むんだけどね、そこに登場するモデルさんのファッションを真似してるの。同じ服は高くて買えないから、似たようなアイテムをプチプラの中から見つけてコーディネートしたりて。その時に新しい発見もあって結構楽しいんだよ」


 夏目さんには愛読しているファッション誌があるらしく、しばらくその話題になった。


 饒舌な様子からファッションに対する関心の高さがうかがえる。


(ファッション誌かァ……)


 時々立ち読みする程度の理解しかない私ではついていけない。


 でもこういうトークは新鮮で相槌あいづちを打っているだけで楽しかった。


 しばらくお菓子を食べつつ雑談を続けた後、勉強を教えてもらう事にした。


 教科書や問題集を開いて分からない部分を夏目さんに尋ねる。


 優等生らしく丁寧な解説を交えながら次々と私のつまずきを解消していってくれた。


 途中、夏目さんがお手洗いの為に席を立つ。


 教科書と睨めっこをしながら夏目さんの帰りを待っていたところ、廊下の方から何やら話し声が聞こえてきた。


「へぇ、澪と同じクラスなんだ」


「はい。いつも仲良くしてもらってます」


 お兄ちゃんと夏目さんだ――。


 どうやら廊下で鉢合わせしたらしい。


 思わず聞き耳を立てる。


 会話の内容は他愛もないものだけれど、部屋に戻ろうとする夏目さんを、お兄ちゃんがしきりに引き留めている様子だった。


「いやぁ〜それにしてもこんなに可愛い友達がいただなんてねぇ! 澪の兄としてこれからも妹の事をよろしく頼むよ、コトハちゃん」


「いえ、そんな……!」


 夏目さんが恐縮したように言葉を返した。


 私はムカムカした気分になった。


 普段私の事をうとんじている癖に、なに兄貴ヅラしているのだろうあの人。


 しかしもいきなり夏目さんの事を下の名前でちゃん呼びって……。


 可愛い女の子の前だからといって格好つけようとする魂胆が透けて見える。


 自分の下心の為に兄の立場を利用しようとする浅はかさ、妹の友達なんかと親しくしようとする節操の無さがしゃくさわった。


 数分ほどしてようやく話し終えたようで、夏目さんが部屋に戻ってきた。


「桜井さんどうしたの? そんな険しい顔をして」


 ドア越しに廊下の方を睨む私を見た夏目さんがギョッとした顔で尋ねてきた。


「ううん。別に」


 ◆


 窓から見える景色が少し薄暗くなり始めた頃に、夏目さんがおいとますると言った。


 わざわざ遠くまで来てくれたお礼に、私は駅まで見送る事にした。


 玄関まで降りていき靴を履いて外に出る。


 それから家の敷地を抜けたところで、夏目さんが不意に立ち止まって後ろを振り返った。


 黙って私の家を見つめる。


 その視線からは憧憬しょうけいの念を感じられるような気がした。


 私は慌てる。


「こんな家じっと見たところで何の有り難みもないよ!」


 私の卑下ひげに夏目さんが首を横に振った。


「春日市でこんな立派な家に住めるなんて凄く素敵な事だと思うよ」


 思いもよらない褒め言葉に返す言葉が見つからない。ただ夏目さんと一緒になって我が家を眺めた。


 築10年ほどが経過する二階建ての一軒家。


 飾り気のないシンプルモダンな外観をしているけれど、それなりに横幅と奥行きに恵まれ、広い庭や駐車場がついているので、客観的に見れば少しリッチに思えるかもしれない。


 でも。


「春日に住んでる事は全然プラスなんかじゃないよ……。どうせならもっと中心部が良かったし」


「そんことないよ。住みたい街みたいなランキングでも毎回上位の方にいるし魅力的な街だと思うよ」


「えっ、そうなの?!」


「うん。自然豊かでアクセスが良くて教育環境も充実してるから憧れる人が多い事で有名だよ」


 私はとても驚いた。いつもなんとく過ごしているこの街がそんなに人気のエリアだっただなんて。


 その後、雑談を交わしながら、線路に沿うように道をまっすぐ歩いていった。


 西の地平線から差す太陽の光でほんのり体が暖かい。


 それと同時に心もポカポカしていた。


 私の事を友達と呼んでこうして家まで遊びに来てくれる子がいる事を嬉しく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Rey♯Rei 雪屋敷はじめ @winterhouse

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ