幻現マッシュアップ

シグマサ

幻現マッシュアップ

 摩天楼の一部であるダウンタウンには人と同様悪魔がさも当然と行き交う。驚くべきことに悪魔は人とさして変わりなく暮らしていた。それが許されているのは摩天楼の灯りのひとつに『教会』と名乗るエクソシスト達のUSA支部があるからに他ならない。

 フィクションよろしく人に害なす悪魔は、これまたフィクションのようにエクソシストによって力でねじ伏せられていた。

 映画の撮影が多いこの街では悪魔による暴動はそれとさして変わらない扱いであった。多少負傷者が出てもチンピラに絡まれたくらいの扱いである。

 そんな悪魔に絡まれた不運な男が発見され、『教会』に派遣要請が出たのは四十分程前。路地裏で白目を剥いて痙攣していた男を通りがかった酔っ払いが見つけ、もたつきながら携帯電話で緊急電話番号に連絡を入れていたところ、痙攣していた男が突如起き上がった。

 救急隊員と警官が現場に到着すると、倒れていたはずの男は相変わらず白目を剥いたまま、なんだかよくわからない言葉を発しながらビルの壁にくっついていた。蜘蛛の某アメコミヒーローというよりは猿がそのまま重力を無視して壁にくっついた感じと語ったのは駆け付けた警官の片方である。白目の男は警官によってハンドライトの光を向けられると、奇声を上げてビルの壁を蹴り上り、屋上へと消えてしまった。

 そんなこんなで追加で呼び出されたのは対悪魔のエキスパートである『教会』のエクソシストとFBIの特異事件──悪魔関連事件担当の捜査官である。

 ちなみに初の顔合わせであった。

 というのもその特異性からFBI特異事件課の面々は入れ替わりが早い。

 肌に合わないからの異動願い八割、発狂一割、他一割。発狂が半数を超えてないのはひとえにエクソシストのおかげである。手の施しようがない以外は大体なんとかなる。頼りになる専門家だ。

『教会』から派遣された専門家はまだ若い。ティーンエイジャーを卒業したばかりの褐色の青年。

 名はダニエル・ウィント。愛称はダニー。

 同僚の大半から『スクリーンから飛び出してきたような奴』といわれる。そのタイトルは決まってポップコーンと炭酸飲料を片手に見るような娯楽映画だ。

 ダニーは新しく特異事件担当の捜査官として派遣された男を見て、「あ、これまたすぐ変わるな」と思った。

 堅苦しい印象の男だった。身長も厚みもある上に太い眉の下の目は鋭い。印象はどちらかといえば軍人に近い。姿勢がいいから余計にそう感じる。

 隙のなさそうな巨躯を前にダニーは過去を思い出す。こういう堅物そうな奴は悪魔が引き起こすトンデモな事件を受け入れることが難しい。

「ノーウィッグ・ハイアウッドだ。同僚からはノックと呼ばれている」

 ダニー差し出された手を握る。分厚い、デカイ、熱いの三拍子に益々軍人イメージに拍車が掛かる。

 性格的にも噛み合わなさそうだ、と思うのは仕方のないことである。

「俺はダニエル・ウィント。ダニーって読んでくれ」

 対してノックはダニーに、というか『教会』に対して随分若いのを寄越すなと多少不安と不満を覚えた。ダニーは悪目立ちをするまでではないがそこそこに洒落た着こなしであり、これから悪魔を討伐しますよといった雰囲気ではない。

 この時のダニーは預かり知らぬことだがノックの父、そして妹はエクソシストである。ノックが特異事件担当課に配属された主な理由は、悪魔やエクソシストに理解があるという点であった。

 しかしノックの記憶の限り父は本職である保安官の制服、妹は動きやすさを重視した服であったはずだ。少なくとも動き回るのに洒落たハットは被らないし、ビスがいっぱいついた重そうなブーツは履かない。

 互いに思うところがあれど、とにもかくにも悪魔の捜索である。被害が出たらそれだけ始末書が積み上がる。

 さて今回のような人間にとり憑いた悪魔の捜索ならエクソシストと地元警察でもこと足りそうだと思うかもしれないが、実のところ悪魔に対して人間と同じフットワークを当てはめるのは難しい。

 とり憑いた悪魔による事件はままあるが、州を跨ぐことはわりと珍しくない。

 過去、悪魔がとり憑いた人間が人外じみた動きをしたまま百㎞近く移動した前例がある。その幾つかが目撃され都市伝説になっているのは割愛する。

 そういうわけで連邦捜査局の力が必要なのである。何度か『教会』に協力するうちにFBIに悪魔事件専門の特異事件担当課ができあがり、今の体制ができた。過去の英雄たちに深く感謝しなければならない。

 ――などとはまったく思っていないのがダニーであった。

 エクソシストが少なく、一般人も仕方なく駆り出されるようになっただけだ、という彼の考えも強ち間違いではないのだ。

 UKにある総本部にはエクソシストを養成する施設もあり人手不足とは無縁だが、他国はそうはいかない。UK本部からもエクソシストは派遣されるが、大体は少人数では対処ができないだとか悪魔が強力過ぎて現場だけでは太刀打ちができないだとか、いわゆる緊急事態になって初めて派遣されるのだ。基本は自国のエクソシストで対処することになる。だからこそローカルルールが通じるという利点もあるのだが。土地ごとに現れる悪魔が偏るというのは『教会』では常識のことだ。

 事実USAの悪魔はUKに比べ理性のない悪魔が多い。国民性が関連するのかはさておいて、国が大きいだけ多種族を抱えるし、治安の悪い町には恨みで霊に転じた人間が蔓延る。それがまた凶暴な悪魔を呼ぶわけだ。ギャング周りなんて見たくもないと頭を振るのはなにもダニーだけではない。

 そういう輩は霊だとかは大概信じないし、人間から転じたゴーストも大したことはできないから直接被害を被るのは霊的なものを寄せやすい無関係な一般人になる。エクソシストと特異事件担当課の捜査官はそんな人間を守るのも仕事なのである。

 逃げた白目の男が見つかったのは不幸にも、それはもう大変不幸なことに治安の悪い町の、それまた町で幅をきかせたワルの家だった。FBI捜査官であるノックはまだしもダニーも名前と顔を把握しているレベルの男の家。

 まさかギャングから警察署にヘルプのコールが掛かるとは思わないだろう。しかしノックの車で現場に向かうとヘルプが掛かるのも理解できる惨状であった。

 豪勢なお宅がほぼ全壊していた。

 屋根どころか壁のほとんどは瓦礫と化しており、ミサイルでも落ちてきたのか? と思うような壊れっぷりである。水浸しのプールには車が一台突っ込んでいる。しかもお高いやつだ。UKの有名過ぎるスパイ映画に出てくるようなそれが、プールにその大きな体を浸からせて瓦礫によるプレスを食らっている。なんてもったいない、とダニーは青ざめた。

 この事態にすでに地元警察と消防は駆け付けており、瓦礫の中から人を引きずり出していた。始末書が増えたことにダニーはひきつった笑いを浮かべた。喜びの笑みだコンチクショウ。

 ノックは身分証明書を見せながら警官にかいつまんで事情を話した。

 ああ、例の。そう言いたげな怪訝な目がノックとダニーに向けられる。ダニーはその視線に辟易しながらも、そういえばノックは顔合わせでありがちな訝しげな雰囲気がなかったな、と思い出す。いつもはこの警官たちのような反応が当たり前なのに。

 ノックは瓦礫から引きずり出された男になにがあったかを聞き出した。

 男いわく、白目を剥いた男が突然窓をぶち破って家に入ってきた。男と目が合うと獣のごとく飛びかかってきたので、男は腰に携えた銃を抜くと馬乗りになったそいつの横腹を二、三撃った。

 が、呻きこそすれ力は増すばかりだった。肩は強く握られ過ぎて鎖骨が折れるし、爪が食い込んで血は出るし、馬乗りのそれは理性がないのか白目を剥いたまま涎はだらだら流すしで、男は恐怖の余り悲鳴を上げた。

 銃声を聞き付けた仲間たちが現れたが、次の瞬間馬乗りになっていたそれは駆け付けた者たちに物凄い速さで飛び掛かり、仲間のひとりを体当たりで壁ごと吹き飛ばした。

 それから先は滅茶苦茶としかいいようがない状態だったらしい。

 壁に仲間がめり込むわ、天井に人が突き刺さるわ、なんなら天井吹き飛ばすわ、寧ろ自分はよく生き残ったものだと今更ながら恐怖で震え出した。

 一通り家をぶっ壊したそれは、最後に最上階にいた男の上司を引っ付かんで消えたらしい。

 警官たちはあんぐりと口を開けて話を聞いていた。だが確かに人間の力だけでは家が全壊まではしないだろう。それこそミサイルでも落ちてこない限り。キョトン顔のまま納得せざるを得ない状況だった。

 ノックはといえば冷静にどちらの方角に白目の男が逃げたかを聞いていた。

 今まで話を聞いていただけだったダニーは、男が答えた方角に心霊スポットか曰く付きの場所はないかと地元警官に聞いた。悪魔が好む場所だ。これだけ派手に暴れたなら一度体を休めるかもしれない。悪魔の体力も無尽蔵ではない。それか拐った男をゆっくり味わうか。できれば後者はごめん被りたい。始末書が更に増える。

 警官によると倉庫があるとのことだった。十年ほど前にギャングが仕入れた武器を隠していたところに警察が突入し派手な撃ち合いになった。どっちがどっちともわからないような死体まみれになったというオチである。

 ダニーはそれに当たりをつけてノックと共に倉庫へと向かった。

 道中ノックはチュアブル錠を口に入れ噛み砕いた。悪魔を目視できるようになる薬だ。手慣れた様子にダニーは興味があるようで助手席からノックを見ていた。それこそ半身を向けて。

「あんた本当に今日が初仕事?」

「特異事件捜査官としては」

「ふーん。の割りに落ち着いてんのな」

 普通はビビるか嫌々仕事に徹するか混乱するのものなのに。ダニーの指摘にノックは特に隠すこともないかと父と妹がエクソシストであることを話した。途端にダニーは驚く。そりゃあそうだろう。エクソシストはそもそも少ない人種だ。それを身内に二人も抱えている。親がエクソシストだからといって必ずしも子が素質を引くわけではない。これがエクソシスト減少に拍車をかけている。

「うちは代々エクソシスト兼保安官として地元を守っている。俺は素質がないからエクソシストにはなれなかったが、悪魔に関する知識は一般人よりはあるはずだ。それで特異事件捜査課に志願した」

「はー。そうなんだ」

 なんと物好きな、と出かかったのを飲み込む。ノックの申し出は大変ありがたいし感心するものだが、生まれた頃から悪魔に脅かされて育ってきた身としては物好きと思ってしまうのも仕方のないことであった。ただでさえ奇異な目で見られるし。

「あんたみたいな人ばっかりだと俺達も楽できるんだけどなァ」

「それは褒めているのか?」

「褒めてる褒めてる」

 軽い調子のダニーにノックが溜め息を漏らすのも仕方のない話であった。

 時刻はとっくに日を跨ぎ一時。ご近所迷惑なんてものじゃないぜとダニーは肩を竦めた。幸い住宅地とは距離があるが、大体は寝静まっている時間だ。銃声はよく響くだろう。FBIの特異事件捜査官には悪魔にも効く銃弾が支給されている。

 ノックは長年放置されて雑草まみれになった駐車スペースに車を入れた。道路脇に並ぶ外灯により倉庫のシルエットがぼんやりと宵闇に浮き上がっている。

 不気味なほど静かだ。とはいえ曰く付きの場所が煩くてもろくなことにはならないが。要らぬ邪魔が入らないだけマシと考える。

 倉庫の扉は錆び付いていたが難なく開いた。鍵は掛かっていない。

 もしかしたら今日はたまたま人がいないだけで、普段は溜まり場になっているのかも。ダニーがぼんやり考えていると鼻を掠める臭いがあった。血の臭いだ。

 おめでとう。始末書が増えたぞ。ダニーは心の中で泣いた。

 ノックは支給品のオートマチックではなく銀に輝くリボルバーを手にゆっくりと進む。ダニーはそれに続いた。

 呻き声が暗闇に響く。コンテナでできた通路を少し進むと人が倒れていた。

 ダニーは辺りを見回してからノックに頷いてみせた。ノックはそれを見て倒れた人影の肩を叩く。

 倒れていたのは男だ。いかにもチンピラといった風貌だが、よく見れば膝が逆に曲がっており痛みで涙目になっている。死んでないならツイているほうだろう。本人がそう思うかはさて置いて。

 男は肩を叩かれびくりと体を跳ねさせたが、ノックを見て安堵したのか更に目尻に涙を浮かべた。

 よほど怖い思いをしたのだろう。チンピラが明らか警察関係者のような男に話しかけられて安堵するするのだから。

「なにがあった」

「わからねぇ…なにがなんだか」

「見たままを話してくれ」

 ノックの言葉に男は声を震わせたまま語りだした。

“世間話”をするために倉庫にきた男は奥から物音がするのを聞き、銃を片手に進んだ。血の臭いに冷や汗を浮かせながら進むとそこには“世間話”の話し相手が血を流して倒れていた。

 痛みに呻いていることから生きているのはわかったが、腕や足を折った犯人の姿は見えず。なにがあったのか聞き出そうと近寄ると突然背後から首根っこを掴まれた。

 そのまま後ろに投げ飛ばされコンテナに頭をぶつけ、ぶれた視界で見たのは己の足を掴む腕だった。

 そのまま『文字通り』振り回され、何度もコンテナに叩きつけられた。自分を振り回すものが人間であるのはわかったが、その力は明らかに人間のそれではなく、途中から悲鳴上げることしかできなくなった。

 気づけばコンクリの床に転がされていた。掴まれた足は関節が逆になっており一気に痛みが現実となって襲ってきた。痛みに呻いていた時にやってきたのがノックとダニーである。

 見れば周囲のコンテナに血の痕が残っている。男が叩きつけられた痕だろう。ノックはその痕を睨み、悪魔の力の片鱗に一層気を引き締めた。捕まれば自分もこうなってもおかしくはない。

 ダニーはといえば、ノックが情報を聞き出している間にチョークを取り出して、二人を囲むようにペンタグラムを冷たいコンクリの床に描いていた。

「それはなんだ?」

「結界だよ。お手軽なやつだけど。そいつと一緒に入って守ってやってくれよ」

 魔除けの印ともいわれるペンタグラムがダニーが近付けたジッポによってぼんやりと浮かび上がる。

 チョークの線をなぞるように青い炎が走った。だが不思議と熱くはない。呪いは人間を守る盾であるから、中の者には作用しないのだ。

 ダニーは簡易の結界を作り終えると今一度辺りを見回した。相変わらず冷たく重そうなコンテナが威圧感を放つように並んでいる。

 だが確実に息を潜めた悪魔がいる。エクソシストとしての勘がそう告げていた。

 ノックもただならぬ気配を感じているようで緊張の面持ちだ。手に握られたリボルバーはペンタグラムの光を映して青白く光って見えた。まるでエクソシストが魔力で作り出す武器みたいだな、とダニーは思った。

 気配が現れた。感じた時にはすでに間合いを詰められている。

 ダニーは男が飛び掛かってきたのを倒れるようにしてなんとか避けた。

 銃声。悲鳴。

 戦いの火蓋が落とされたことに逆関節の男が叫ぶ。倒れたために悲鳴をダイレクトに耳で受けたダニーは「うるせェ!!」と一喝した。結界があるうちは大丈夫なのだから静かにしておいて欲しい。

 ダニーは指の間に魔力で出来た発光するナイフを作り出し、起きざまに悪魔憑きに投げつけた。

 ノックの銃弾を受けた悪魔憑きは避けることもままならず、光るナイフが突き刺さる。

 人のものとは思えない断末魔が響く。逆関節の男がとうとう恐怖で震え出した。這うように逃げようとするのを見てダニーが鋭く叫ぶ。

「そいつを押さえろ!」

 ノックは言われるがまま背中に無遠慮に乗っかった。大柄なノックに押さえ付けられれば怪我人が逃れる術はない。

 悪魔憑きが吼え、再び飛び掛かってくる。二度も不覚をとるわけにはいかない。ダニーはしっかりと間合いを読んで人の握力を超えているであろう手を避けた。

 再び銃声。悪魔憑きがぎゃっと鳴いてコンクリの床に落ちる。

 ――速い。

 ダニーは横目でノックを見た。狙いが正確な上に悪魔憑きのスピードについていけている。

 先読みが上手いのだろう。悪魔憑きが直線的な動きをしているのもあるが、ノックはすでに悪魔憑きのスピードを捉えているようだ。

 やるじゃん。ダニーは内心褒めて負けていられないとばかりに唇をひと舐めした。

 両の手にナイフを作り出し、コンクリの床と壁のように並ぶコンテナに投げつける。悪魔憑きを囲むように八方に刺さったナイフを確認し、ダニーはすっと指先を伸ばしてナイフを指差した。

「俺様得意のローピングスキルを見せちゃる!」

 空でナイフを素早くなぞっていけば発光する縄がナイフ同士を結び、キンと高い音が響く。結界で悪魔憑きを閉じ込めてダニーはぐいと空からなにかを引き寄せた。

 結界を作っていたナイフが抜け、光る縄が網となって悪魔憑きを囲む。ダニーが縄を引けば網はさながら海から魚を引き上げるように悪魔憑きを閉じ込めた。人間にとり憑いた悪魔だからこそ出来る捕縛術である。

 ノックは警戒を解かずに銃口を向けているが、恐らくもう出番はないだろう。ダニーが作り出した縄を解くのは至難のわざだろうと素人目でもわかる。

 悪魔憑きは涎を撒き散らしながら吠えていた。縄さえなければ結界内の男に今すぐにでも飛び掛かりそうな勢いだ。

「あーあー。よく見りゃあ血塗れじゃねぇか」

 こりゃあ始末書増えるな、とダニーはがっくりと肩を落とす。悪魔憑きの前面は血がべったりとついていた。服は血を吸って赤く染まり、乾いていないのか身動ぎする度に血が滴った。

 ノックは逆関節の男の上から退くと「奥を見てくる」とダニーにいった。悪魔憑きを押さえたまま「気をつけろよ」といわれ、頷く。

 倉庫の奥に進むにつれ血の臭いがきつくなる。臭いのもとを探せば、死体がひとつ転がっていた。首や手足が折られ、あり得ない方向に曲がっている。逆関節の男のように振り回されたのだろう。壁やコンテナに血の痕が残っている。

 こちらに向けられた死体の後頭部はなにかに打ち付けられたのだろう。血でべっとりと髪を濡らしていた。

 恐らく街から連れ出された男だろう。顔を覗きこめば犯罪者リストで見掛けた顔があった。

 逆関節の男はこの男と取り引きをするつもりだったのだろう。

 ――たまたま悪魔憑きはこの倉庫に来たのだろうか。

 浮かんだ疑問にノックは思案する。調べたほうが良さそうだ。

 ダニーたちがいるところに戻り、拐われた男はすでに死んでいたのを伝えるとダニーはがっくりと肩を落とした。

「ひとまずこいつを祓っちまうか」

 未だに網の中で喚き続けているのを見てノックは先程の疑問を思い出す。

「そいつから話は聞けないだろうか」

 ダニーは瞬きした。明らか会話が成り立つか怪しい様子の悪魔憑きから話を聞き出そうなどというのだから、きょとんとしてしまうのも仕方のない話だ。

 だがダニーはノックのいいたいことを察したのだろう。薄く笑って怯えたままの逆関節の男を一瞥した。

「代わりの証人がいるじゃねえか。心当たりがあるからそこまでビビってんだろ?」

 逆関節の男がびくりと跳ねた。ノックはふうと息を漏らすと頷いてみせた。

「ならいい」

 ダニーはその言葉を聞いて悪魔憑きから悪魔を祓った。


 後日、山からバラバラの死体が埋められているのが見つかった。それも複数。

 ダニーは現場を見に行ってはいないが、さぞ怨霊から下級の悪魔に転じたものが蔓延っていたことだろう。

 ノックの調べで逆関節の男は“掃除屋”であることがわかった。料金は格安なため隠し方は雑、と定評があるらしい。まあそのまま放置よか埋まってるだけ丁寧なんじゃね? とダニーは新聞を見ながら思う。

 ノックとはあれから連絡を数度した。後は任せろといっていたからか律儀に報告してきたのだ。やはり真面目な男である。

『次もよろしく頼む』

 電話を切る間際そういわれた。ダニーは思わず笑ってしまった。

 今までの捜査官より遥かに特異捜査課に合わないキャラをしているのに、意外や意外。ノックはやる気に満ち溢れている。

 そして次が楽しみだな、と感じている自分がいる。

 まだお互いにジャブを繰り出してもいないから、次は一手投じてみてもいいだろう。

 非科学の世界からのエージェントをからかうというのはなかなか楽しそうだ。

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