企画参加

-ion

肩たたき券 輪投げ ちまき

 子どものころから、お祭りが好きだった。

 私は、都会というものにあこがれて、今現在、大人になってからは、それなりに都会に住んでいる。昔は、田舎に住んでいたが、めっきり帰らなくなった。


 すでに、両親は他界しているものだから、大体どれくらいだろうか、もう数十年は帰えっていない。兄が、実家を引き継いではいるものの、実家というものは、空き家になっているだろう。風通しくらいはしているだろうが、もうボロボロになっているかもしれない。


「ねぇ、お父さん、これってお父さんの実家でやっているの?」


 私がリビングで晩酌をしていると、後ろから娘が声をかけてきた。旅行雑誌を開いて、指さしている。


「ああ、これは、そうだなぁ」


 雑誌の中には、真新しい神社の境内が映っていた。そうして、縁日が開かれており、色とりどりのこいのぼりが飾りつけされている。私の田舎は、こいのぼりを作る街で有名であった。その中で、神社での縁日は大きなイベントであったものだから、子供の時には、良くお祭りにいっていたものだ。


「これ行ってみたいな!」


「んん、この祭りに行きたいのか?」


 娘が目をきらきらとしておねだりをしてくる。珍しいこともあるものだ、と思いながらも、雑誌をじっと見ると、恋愛成就のパワースポットであると書かれていた。


「なるほど、そういう・・・」


 ぼんやりとつぶやくと、娘が真っ赤な顔で否定してくる。なんとも可愛らしくて、日付のカレンダーを見てみると、ちょうど、仕事も落ち着きそうな時期であった。

 少し連休をとって、家族旅行をしても良いだろう。


 この神社は、私の実家にほど近い場所にある。私は、スマホで兄に電話をかけて、実家を開けてもらうように、連絡を取ることにした。




 5月5日、端午の節句。

 娘の恋愛成就の為、という名目で、子供の日と称される日。私は、家族を連れて、実家に帰ってきた。ずいぶんと、懐かしい。やたら段差のある土間に靴をそろえておいて、実家の中へと入った。


「いや、久しぶりにこっち帰ってくるんで、風とおしといたで」

「ああ、ありがとう助かったよ」


 そういって兄が、実家のカギを渡してくる。もっとゆっくりと語らいたいところであるのだが、どうやら、仕事が忙しいらしい。


「無理いってすまんね」

「いやいや、久しぶりに会えたのに、なんも構えんですまんな」


 申し訳なさそうに、兄が言った。無理を言って、こちらが急に押しかけたのに、相も変わらず、人が良い。都会のお土産を大量に手渡すと、「相変わらず、土産ばっか多く買ってくるんな」と笑った。


 そのお土産の代わりに、と、兄が風呂敷包みを私に手渡した。


「これは・・・?」


「ああ、今日は端午の節句じゃろ?ちまきだ、嫁のばあさんが食べさせって作ってくれたん持ってきたで。おまえ好きやったろ」


 風呂敷の包みをひらいてみると、菖蒲の葉に包まれた白い餅がいくつも入っていた。懐かしい匂いだ。ぐうと、腹がなった。


「ちょうど良いから、これ食べて休んで祭りいこうか」

「わー!おいしそう!」


 昔懐かしい素朴な味のちまきを家族みんなで食べた。

 昔は当たり前だった。こういったことは、ずいぶんとできていなかったな、と少し反省する。父も母も、なんだかんだで、行事ごとは、家族みんなで楽しんでいたものなのになぁ。


「あ、そういえば、仏壇に挨拶していなかった」


 田舎に帰ってきて、一番にすることといえば、仏壇へと手を合わせることだった。ずいぶんと帰っていなかったから、汚れていないかと思ったが、小ぎれいに整えられている。兄がやったのだろう。まめな性格だからな。


 おりんを鳴らして、眼を閉じて、手を合わせる。

『あまり顔を出せなくてすみません。これからも兄ひいては私共を見守りください』

 と、心の中でお祈りをする。そうして、眼を開いた先に、仏前の小さな引き出し部分に、小さい紙きれのようなものが見えた。


 これは、なんだろう?と、引っ張ってみると、何やら見慣れた字で書かれた、小さな手作りの紙だった。『肩たたき券』と書かれたそれは、子供のころに私が両親に送ったものであった。


「ああ、これは懐かしいものが・・・取っていたのか」

 思い出す。肩たたき券を作ったのは、いつだったか、そう、このお祭りの時期だったろう。


 そう、私はお祭りが好きだった。

 縁日で遊ぶお金が欲しくて、親にあの手、この手の方法で、強請ったものだ。それの一環で、この肩たたき券を贈った覚えがあった。

 父へ、母へ、祖母へ、祖父へ。

 子供が、そういったことを贈ることに対して、親は喜んでくれたものだったが、使い切ることはできなかったようだ。


 それでもこういう風に大事にとっておいてくれたのか。


「ああ、もっとたくさんここに帰って来ればよかったなぁ・・・」

「お父さん、どうしたの?」


 なんでもない、よ。と、娘へと返す。大人になると、少し涙もろくなるもので、そういったことが悟られないように、指で目元をぬぐった。


「さあ、そろそろお祭りの時間だろう。可愛い娘の恋愛成就のために参りに行こうか」

「はあっ!?そんなんじゃないってば!」


 娘が顔を朱く染めて、否定をしてくる。親としては、少し複雑なものだが、とりあえず、その好きな子は、どういった子かどうか、それとなく探りを入れたい・・・が、妻に止められているからどうしたものか。



 空に高く、色取り取りのこいのぼりが舞う。にぎやかな祭囃子が聞こえ、人々の笑顔で溢れていた。神社の境内を取り巻く屋台の数々からは、良い匂いをしてきた。


「ああ、久しぶりだけど、いいなあ」


 私はお祭りが好きだ。そう再確認できた。こういう雰囲気に包まれているのは大変良い。

「!ねぇ、ねぇ、お父さん、あれ欲しい!」


 そういって、娘が私の袖を引っ張る。なんだろうと、見てみると、輪投げの景品の中に、可愛らしいぬいぐるみがあった。ハートを持ったうさぎ?のようなぬいぐるみであった。


「あのうさぎみたいなのか?なんでまた」


 娘はぬいぐるみなど、欲しがったことはないと記憶していたが、趣味が変わったのだろうか。


「・・・あれ、持ってると、恋愛がうまくいくって書いてあったから」


 もう隠す気はないようだった。可愛い娘の為なら、仕方がない。


「でも、あれ、難しいかな・・・」


「まぁ、まかせて」


 私は、お金を払う。輪投げの輪をいくつかもらった。


「私は、祭りが好きだからね」









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