むささび

@musasabi3912

肩たたき券、輪投げ、ちまき

「ここはどこなんだろうね…」

一応投げかけた僕の疑問は小さな波の音にかき消されていく。ケンジは答えない。二人で浜辺に座り込んで、どれくらいの時間がたっただろうか。一通りこの島の探索を終えた僕たちは、おおよそこの島には人など住んでいないだろうと分かってしまった。島を囲う浜と中心に深く茂る森。スマホの電波も入らない。いわゆる無人島で、僕たちは遭難したんだと思う。こういう時はどうすればいいのだろうか。まずは火を用意しなければならなかったと思う。いや、誰かが助けに来てくれるわけでもあるまいし、それならわざわざ生き延びようとする必要もないんじゃないのかな。

「タカシ…起きてるか?」

ごちゃごちゃと考えていた頭が急に呼び戻されて、ぐらぐらする。

「一応…。」

「とりあえずさ…火…起こせばいいのかな。」

「それ考えてた。」

「森の方行くか。」



「なんかさ…こういうの見てたんだよ。動画。ジャングルの中にあるもの使って、火起こしたり道具作ったりするやつ。」

これでいいのかなとかいいつつ、ケンジが色々やっている。そういえば小学生の頃にこういう火起こしの体験とかやったっけ。なんかできそうな気がしてきた。僕たちは記憶を頼りに試行錯誤しはじめた。



火を起こせたのは一晩があけてからだった。それまで野生の動物に襲われなかったのは奇跡だったのかもしれない。手のまめが潰れていてじんわりと痛みがにじむ。ひとまず達成感の中に身を置いていたが、次はどうしようか考え始める。何か別のことに必死になっていないと、迫ってくる不安に押しつぶされそうだった。

「飯…だよなあ。」

「ケンジ食えそうな草とか分かる…?」

「わかんねえよ…」

「とりあえず森の方行くか。」



今回の探索の収穫は、たんぽぽの葉と猫じゃらし。見覚えがあるものだから多分大丈夫だろうと判断して摘んできた。というか、他に食べられるものが分からない。猫じゃらしを適当に脱穀みたいなことして、たんぽぽの葉でくるんで、一応熱して…

料理とも呼べない何かの工程を経て、食べるものを作ってみた。

「なんかさ、見た目だけだったら柏餅とかさ、ちまきみたいなもんだよな。」

「見た目ねえ。」

見た目だけだったらまだギリギリ食べられそうではある。

その後は、苦みに嗚咽する二人の阿鼻叫喚地獄だった。



遭難してから何日が経っただろうか。なんとなく自分の体が衰弱してきているのが分かる。水は森の中で見つけた水源のものを飲んでいるため何とかなっているが、とにかく食べるものが植物ばかりで腹が満たされない。身体も精神もすり減らしていく中で、僕たちは遊ぶ時間が増えた。誰もいない浜で砂の城を作ったり、森の中に無限にある植物を使って輪投げをしたり、幸いなことに遊び相手はいるので色々な遊びができた。遊び始めて気づく。ここは僕たちしかいなくて、社会の目的や理由なんて関係なくて、どうしようもなく自由だった。そうして遊びに没頭している間は、すり減っていく身体と精神を無視することができた。



多分、僕たちはそろそろ死ぬのだろう。頭がぐらぐらして変なことばかり考えている。きっと体はまだ生きようともがいているけど、それは何でなんだろう。心は何を求めているんだろう。原始的な生き方に立ち返って、人間はこうやって発達していったんだなあなんていう発見ができた。それだけでもこの人生が少しは有意義になっただろうか。ケンジは多分また幻覚を見て、ふらふらとさまよっている。



夢を見ている。何の変哲もなかった大学生活。今思えば友人に恵まれていた高校生の頃。ケンジは高校生の時に出会った。後にも先にも、これほど気が合う友人はいないだろう。何かと嫌な思い出が多い中学生の頃。恥ずかしい思い出も多いけど、何より担任の先生が嫌だった。もうあまり覚えていない小学生の頃。母にプレゼントした肩たたき券、最後まで使われることはなかった。幼稚園の頃はさすがに記憶が細かすぎて、思い出されるのは色のような微かな欠片しかない。良いことよりも嫌なことの割合の方が多かったような気がするけど、これが僕の選んだ世界だからなあ。今こんな終わりを迎えようとしているのも、息をしていないケンジが隣で寝ているのも、自分の選択の延長線上にあることなのだろう。でも、この瀬戸際になって分かりそうなんだ。自分の体に触れる砂の感触、わずかに体を揺らす鼓動、きっと私の中を流れている赤い血、空気に溶けていきそうな体、自分が生きていること、僕たちが生きていたこと。


今更何かを残すこともできない。隣人に言葉を伝えることもできない。


「分かるよ」

ケンジがつぶやいた気がする。


そう言ってもらえると、なんだかんだ生きるのは楽しかったかもしれないと思えた。

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