第30話 評定

 亡き妻の敵討ちという話は人々の同情を誘う。

 しかも、通り魔的な犯行で被害者側に非が無いとなれば、加害者へ怒りが向くのは当然だった。

 幕府が公認する敵討ちは主家筋か父母に限るものであったが、この際そういう建前はどうでもよくなる。


 草双紙の中では、人名は金本甚兵衛と梅木高太夫と変えられ、足利義満の時代に起きたこととされていた。

 しかし、話の中で御所襲撃ということが組み込まれていれば、何のことを指しているかは分からないはずがない。

 世評は一気に甚内への同情論に傾いた。


 瘧で正気を失っていたもう一人の下手人は衛士を傷つけていたが、甚内がやったことと言えば、門扉に鉛玉をぶち込んだことだけである。

 もちろん、やんごとなき陛下の御心を騒がせ、御所の門を傷つけたのは、無罪放免というわけないはいかないが大逆の罪という話は早々に消えた。


 評定の結果、甚内への刑は都の十里四方の所払いということになる。

 同時に松本三太夫とその兄は御所勤めを首になり、さらに三太夫本人は奉公構えとなった。

 この処分は概ね好評をもって受け止められる。


 このような判断となった背景には、いくつかの要因があった。

 元長が駿府まで早馬を出させて早々に事実確認を行ったことも影響する。

 伴左衛門が草双紙の版元に話の筋を売り込んだというのは本人以外知らないが、世評を動かしたことは間違いない。

 また、朝廷や幕府としても、蜂矢家に罪を被せて反旗を翻させるという陰謀が巡らされたことを隠したい意図があり、民草が喜ぶ単純明快な筋書きを好んだのだった。

 この処分と前後して蜂矢図書頭は京都所司代の職務を解かれる。

 洛中に無頼の徒を放った部下の責任を取らされる形となった。

 

 事件が一応の落着を見ると4人は料理屋に集まり、改めて義兄弟の契りを結ぶことにする。

 三方の上の銚子から同じ盃に酒を注いで、順に飲んでは注ぎ次に回すというのを繰り返した。


 杯が一巡したところで元長が厳かに告げる。

「我ら4人、今日より義をもって兄弟となった。これより互いに背くことのないことを誓おう」

 誓いが終わると手を打って料理を運んでくるように頼んだ。


 鱧のつけ揚げ、牛肉の味噌漬けを焼いたもの、高野豆腐の餡かけなどが並ぶ横には葛餅や赤福が載っているのが少し変わっている。

 もちろん、これは久太郎のために用意されていた。

 飲み食べしながら和やかな歓談が始まる。


 もちろん話題の中心は伸之介であった。

 甚内を巡る事件でもっとも活躍したのだから当然と言えば当然である。

 ただ、本人は周囲が誉めそやしても恥ずかしそうにしていた。

「やめてくださいよ。行き先を考えたのは兄上ですし、僕は60人も叩きのめしたり1斗升のお酒を飲み干したりできないですから」


「あ、なんか私だけ酷い言われような気がするぞ。そうかそうか、伸之介も飲みたいということだな」

 伴左衛門が猪口に酒を注ぐと伸之介に突きつける。

「初めて会った時は本当に可愛らしかったんだがなあ。いつの間にか生意気になってしまった」


「それは伴左衛門の薫陶が行き届いた結果じゃないのか? 伸之介、無理して飲むことは無いからな」

「食べ損ねた伊勢神宮名物の赤福です。なが餅と安永餅、立石餅に太白永餅も取り寄せました」

 久太郎が胸を張った。


「赤福はまあ違いが分かるが、他のものはあまり差が無いように思えるな」

「この違いが分からないんですか」

 伴左衛門の発言に久太郎が説明を始める。

「そう言えば、久太郎が葛餅の味の違いに気が付いたのが始まりでしたね」

 伸之介がそう言うと久太郎は相好を崩した。


 伴左衛門が悪い笑みを浮かべる。

「済んだことはもういいとして。伸之介、同輩の娘を娶ってくれという話はどうなった? なかなかに見目がいい娘だと聞いたぞ」

 伸之介は下座の次郎吉を睨むが自分の膳に夢中になっていて気づかなかった。


「伴左衛門はすぐそういうことを言う。僕はまだ所帯を持つには早いですから、そんなことは考えていません。だいたい、みんなもまだ独り身じゃないですか」

「だそうですよ。兄上が身を固めないと長幼の順を守りたい伸之介が所帯を持てなくて困るそうです」

「そんなことは言ってません」


「まだ酒が足りてないな。よーし、本音が出るまで飲ませてやる。今夜はとことん付き合えよ」

「だから無理強いはやめろと」

「そんなことを言っているけど、兄上も伸之介の本音は知りたいくせに。まあ、兄上も根回しやらなんやらお疲れさまでした。さあ、1献どうぞ」


「あ、お前と5合賭けてた話をこれで無しにするつもりだな」

「ははは。そんなことはありますよ」

「お前なあ。そういうところが良くないぞ。だいたい……」

 元長のお説教が始まると久太郎は細長い餅の乗った皿を伸之介に差し出す。


「悪酔いしないためにも食べておいた方がいいですよ」

「そうですね。頂きます」

 もぐもぐと2人で餅を食していると、元長から逃れてきた伴左衛門が徳利を手に伸之介にまとわりついた。

「伸之介。今度はこっち。はい。飲んで飲んで」


 こうして賑やかに宴は続く。

 検非違使になるという伸之介の目的はまだ達成できていない。

 今回の働きで却って禁裏衛士から手放せないという話も出ているとは聞いている。

 それでも、伸之介は3人と兄弟になった喜びをかみしめていた。


 ***


 作者の新巻でございます。

 既定の文字数に到達しましたので、ここで筆を置かせていただきます。

 ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

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花の検非違使三人衆と禁裏衛士 新巻へもん @shakesama

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