第29話 話題
京の都に戻った元長は検非違使庁で3人に別れを告げるとどこかへと出かけていく。
前後して護送されてきた甚内の取り調べが少尉によって行われた。
事前に伸之介の出した報告書どおりの供述が得られ少尉は満足げに頷く。
下手人が捕縛できたことで伸之介は特別任務を解かれて建春門の陣所に報告に戻った。
上長を通じて顛末を記した報告書を上げると翌日には衛門督に呼び出されて直々にお褒めの言葉を賜る。
「此度の働き、まことに大儀であった。早々に下手人を捕縛でき、御所にお住いの方々も枕を高くして寝れるとお喜びである。そなたの願いの筋もお聞き届けいただけたぞ。相役の者も引き続き役目につくことが許された」
「はっ。有難き幸せ」
「褒美は改めて与えることになろう」
衛門督のところから下がり、伸之介は通常の門番の仕事をこなした。
今日の持ち場は御所の北にある朔平門である。
1刻勤めては半刻休むという勤務の3回目に門番に立つ頃から妙に人が多いことに気づいた。
油断無さそうな目つきの若い男が近づいてくる。
手に帳面と矢立を手にしていた。
「ちょっとお尋ねしますが、御所襲撃を防いだ衛士の高橋様ですか?」
事前に上長から言い含められていた伸之介は無言を貫く。
同僚が若い男に警告を発した。
「用もないのに御所に近づくんじゃない。不審の廉にて捕らえるぞ」
「へへっ。あっしは瓦版屋のもんです。大活躍されたという高橋様にお話を伺いたいと存じましてね」
「勤務の邪魔をするなら捕らえるぞ」
若い男はすごすごと引き下がるが、通りの反対側まで離れると、そこにいた頭巾を被った中年の男になにやら囁く。
中年の男は紙の上にさらさらと何かを書いていた。
よく見れば似たような恰好をしているものが数人いる。
そして若い娘たちの姿もちらほらとしていた。
「伸之介さま~」
「こっち向いて~」
「あ、今こっち見たわよ」
きゃーきゃーと喧しい。
その反応を見て周囲の男たちの目の色が変わった。
明朝、妙に気疲れする門番を終え、迎えに来た次郎吉と一緒に帰宅しようとした伸之介を女性2人が待ち受けている。
中年の女性とまだ若い娘だった。
2人は深々と伸之介に向かって頭を下げる。
「高橋様。この度は夫の権蔵の命を救って頂いたのみならず、仕事が続けられるようにとお口添えを賜ったとのこと。本当になんと申し上げて良いものやら。このような場所で不躾ながら、一度お礼を申し上げたく参上いたしました」
路上で土下座せんばかりの勢いに伸之介は困った顔をした。
「あ、いえ。僕は仕事をしただけですので」
「いえいえ、そんなご謙遜をなさらなくても。お疲れのところと存じますが、拙宅にお越しあそばすわけにはいかないでしょうか? 主人もぜひお礼を申し上げたいと」
権蔵の妻は伸之介の手を取らんばかりにして口説く。
その横で娘は目の下を朱色に染めながら熱視線を送っていた。
あーうー、と役に立たない伸之介に代わって次郎吉が如才なく誘いを断る。
「親分は夜通し働いてお疲れだ。お気持ちは親分に十分に伝わったと思うんで、また日を改めてお伺いするってことで、ここは一つ」
伸之介を抱きかかえるようにして次郎吉はその場を去った。
「次郎吉。助かったよ」
「親分も人が好すぎだよ。あのままだと一体どうなっていたか。油断していたら祝言をあげるって話になりかねませんよ」
「しゅ、祝言?」
「そうですよ。父親の命と仕事を救ったって話です。路頭に迷うところを救った恩人だ。なんとか小町って名がついてもおかしくなさそうな娘っ子がいるとなりゃ、親分に添わせて尽くさせるって話になるのは自然でしょう。おいらなら喜んで嫁に貰いますけど、親分はもっといい縁談が山ほど来そうだしなあ」
「ははっ。何を言っているんだか」
その二日後、次郎吉が1枚の浮世絵を手にして伸之介のところにやってくる。
多色刷りの浮世絵には御所の壁を背にして身構える姿が活写されていた。
海外からの文物が入ってきているため、その技法も取り入れられており、江戸時代のものとされる絵とは趣が異なっている。
いずれにせよ、知る人が見れば1発で伸之介と分かるように書いてあった。
「親分。こいつは光画堂から出てるやつですが、他にも2、3あるようです。中には吉祥庵先生が書かれたものもあるとか。いずれにしても飛ぶように売れているらしいですよ」
「うわあ」
絶句した伸之介は次第に顔が赤くなる。
この姿を描かせればもっと売れるだろうに惜しいなと次郎吉は思った。
ふらりと訪ねてきた伴左衛門に訴えかけてみるが反応は薄い。
「まあ、仕方ないね。伸之介は見栄えがするもの。私もこれまでに何枚か出されたよ。こっちには1文も入ってこないし、いい迷惑だよな」
久太郎は慰め顔で紅葉を模した饅頭を差し出した。
そして、元長は同情しつつもさらに恐ろしいことを言う。
「甚内さんの仇討ちを題材にした草双紙が出たんだが、伸之介も重要な役割があるから、結構登場するぞ。甚内さんの身の上に同情して命を助けるところなんか山場だな」
「事実と全然違うじゃないですか。これ出版を差し止められないんですか?」
「そういうわけにはいかんなあ」
そう言いながら元長が差し出した一冊を目にした伸之介は悶絶するのであった。
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