第4話 傘のきみ
“幸福の左腕”
と書かれたさらにその下に
“nike ”
と書いてあった。
nike…名前かな。
ないけ…?
幸福って何。
というか、私は幸福な人間じゃない。
大学だって奨学金をもらって行ってるし、実家に帰るたびにお金のかかる娘だと母が嫌味を言ってくる。社会人になったら親にこれまでかかった学費を返さないといけないし、たぶんこの貧しい連鎖から離れる事はできないのが想像できる。
本当にありえない。
幸福の左腕とやらを見ていると、なんだか惨めになってきた。
腹がたってきた。これやっぱり不幸の手紙じゃん。
次の日
大学の学内掲示板に社会学部の交換留学を試験的に行い、募集するという掲載があった。
アジアだとシンガポール。
ヨーロッパだとフランス。
条件は推薦を受けた者。
nene「留学かぁ…いいなぁ。」
ため息をつきながら学内掲示板を眺めていると、横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
xxx「あ、もしかして!昨日の傘のきみだよね!あの時はありがとね!こっちの大学だったんだね〜。
社会学部だったのか〜。あ、僕のこと覚えてる?」
昨日のバスケさんだ。やっぱり早口だった。
でも何か雰囲気が違う。
バスケさんは昨日の黒いパーカーのようなカジュアルではなく、グレーチェックのスーツを着ていた。シルエットが綺麗で、濃紺のカフスが青黒く光っている。これが…オーダーメイドというものか。
髪型はツーブロックの編み込みのままだった。
聞いてみるとバスケさんは大学生じゃなくて、R大学理工学部のy准教授だった。
…信じられない。
量産型の服装をしている大学生の私との違いが多い。
y准教授「君が社会学部ということは、uちゃんのとこの学生さんだね。uちゃんの入学式の祝辞凄かったよね。覚えてる?
“入学おめでとう。君たちは頑張れば報われると確信してこの大学に来たのでしょう。
ですが、君たちが入学できたのは自分だけの力でここまでこれた訳ではなく、君たちを褒めて伸ばしてくれた人たちや、環境のお陰であることを忘れてはいけない。
この世界では頑張っても報われない人、金銭的に恵まれなく進学できなかった人、頑張りすぎて心身を壊した人、頑張っても「お前には無理だ」とやる気を削がれ、諦めた人たちがいる事を忘れないで下さい。
そしてどうか、恵まれた君たちの知識は人を貶めるために使うのではなく、恵まれない人たちを助けるために使って下さい。”
だよ⁉︎やばいよね。uちゃんかっこ良すぎだよね〜」
社会学部のu教授と仲がいいらしい。
私の尊敬する大学の先生をuちゃんと呼んでいる。
というかずっと喋っている。
y准教授「そうだ、社会学部の交換留学どっちか行くの?どっちの国も面白いよ〜。でも若いうちは遠くに行った方がいいよね。よかったらuちゃんに推薦状書いてもらうように言っておくよ?あ、とりあえずフランスでよかった?」
…え⁉︎ 今、なにがおきてるの?飛んでくる言葉の速度についていけない。
nene「…え⁉︎どういう事ですか?良いんですか?
でも私あまり、というか留学の費用が無いんです…。」
y准教授「留学費用に困ったら国際部か僕に連絡すると良い。あ、どうせなら友達も一緒の方がいいね。
誰かいる?彼氏いる?勿論同じ学部の子ね。英語話せる?まぁいいか、uちゃんには2人分お願いしておくね〜。
これ僕の連絡先だから、何かあったら連絡して!じゃあ僕これから講義だから。ではまた!さようなら〜」
バスケさん、いえ、y准教授は早口で早足でさってしまった。
あの人は、人と流れている時間の速度が違うのかもしれない。
後日、u教授が本当に推薦状を書いてくれた。
y准教授の連絡先にお礼の文章を送ると返信がすぐに届く。
傘のきみへ
傘のお礼です。留学費用は試験的な交換留学の為、免除されるそうです。
あなたのような親切な方には積極的に知識を深めていただきたい。これからも沢山の出来事に興味を持ち、経験をしてくれたまえ! y准教授
と書いてあった。
一本のビニール傘が、留学費用を免除してくれました。神様がいました。奇跡です。
ありがとうございます。これからも人に優しくします。
後日、推薦状のもう1人で同じ学部のk君を誘ってみた。えっ⁉︎なんで俺⁉︎とびっくりしてたけど、凄く喜んでた。
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