第9話 放課後、一緒に帰ろう
「今日、ずいぶん早く来てたじゃん。惠斗のくせに珍しい。いつも遅刻ギリギリなくせに」
通学鞄を枕にして顔をうつぶせにして寝たふりをしていたら、友人の猿飛に背後から肩を組むように起こされて、顔を上げる。
短い髪に男にしては低い身長、中性的な声に女顔、100年に1人の美少女と言われるルックスを持ちながら、男である悲しいサガを背負っている男子生徒。クラスの男からは姫と呼ばれている。しかし、中身はガサツで思春期真っ盛りな高校生、日頃の言動と行動は野郎である。
「うるせぇー」
「惠斗、感じ悪いな。反抗期か?」
猿飛はそうやって甘ったるい鼻にかかるような声で背後から抱きつき腕を回し、肩に顎を乗せた。本人はかっこいいイケメンボイスを出しているつもりなのだが、可愛い女の子の声にしか聞こえない。彼のその愛くるしさは一部のクラスの男子生徒をおかしくしていて、睨みつける鋭い視線が向けられた。僕は毎回のことに辟易しながら、猿飛の顔を肩からどけた。
「ベタベタひっつくな。男同士で気持ち悪い」
引き離そうとすると、猿飛は抵抗するように引っ付いてくる。
「いーじゃんよ。俺とお前の仲だろう、な! ところで親友。知ってるか? 今日も校門のところに可愛い小学生がいるみたいなんだよ」
「……いい加減離れろ、お前! 暑苦しい!」
「いーやーだ! 俺の安息地はここしかないだから! 少しくらい我慢しろ!でさ、その小学生結構可愛いくて、誰かの妹かな? 俺、ちょっと声をかけてこようかな」
「お前……もしかして」
次の言葉を口にしようとしたところ、猿飛は俺から離れ、腕を俺の口の前に出して静止させる。
「おい、勘違いするなよ。俺は小さい女の子だけが好きな奴じゃない。世の中の女子
すべてが好きな男なだけさ。あとお前も好きだ」
「それを教室で堂々と言えることに僕は驚きだ。周りの女子の表情を見てみろ、嫌悪感、丸出しのお前を見てるぞ」
「ふふふっ、クラスの連中は俺の魅力にようやく気づいたか、だけど、ごめんな。俺の隣は惠斗専用なんだ」
その言葉に嫌悪感を抱いていたはずの一部の女子から「きゃぁー」と黄色い甲高い声が上がる。
「なに、気持ち悪いこと言ってるのお前……頭をどこかぶつけたか? 病院一緒に行く?」
「そうだな……ナースのお姉さんに看病されるのも悪くない。惠斗、ナース服って萌えるよな。旧型のスカートもいいけど、今の利便性を求めたパツパツのパンツ姿もいいよな?」
猿飛は腕を組んで頬を赤く染めると、僕があきれていることも気づかないまま看護師の魅力について力説していた。
だめだ、こいつ早く何とかしないと巻き込まれる。
「なんの話をしてるの?」
そんな猿飛と僕の間に入るように犬飼が顔を割り込んできた。整った精巧な顔立ちにテレビの俳優顔負けのルックス、群を抜いてクラスで一番、背が高く、女子人気もある。あと猿飛と幼馴染だ。
「げっ、犬飼。お前は来るなよ。しっしっ」
「なに? またエッチな話でもしてるの」
「お、お前には関係ないだろう男女!」
「ふーん、そんなこと言っちゃうだ。悪い口だね」
背の低い猿飛と背の高い犬飼が並びたつとどちらが男かわからなくなる。
犬飼が猿飛をのぞき込むように見下ろす。
「お口……チャックしちゃうかな」
犬飼が猿飛の顎を掴みくいっと持ち上げる。
「き、気持ち悪いんだよ。お前! くそっ離せ」
猿飛は身をよじり、犬飼から逃げるように教室の扉まで走った。そして扉から顔を出して僕のこと目に映すと手を小さく振った。
「惠斗またな」
猿飛のその行動も女子っぽいよ。
「犬飼さん、ありがとう」
「ん? あぁ、また変に絡まれたら言ってね」
そう言って僕の前から立ち去る犬飼さんはスカートをはいていなければ、誰も女子だなんて誰も思わないだろう。教室出ると、犬飼さんは女子に腕を組まれ、王子様のような笑みを見せた。
「あれがイケメンってヤツか」
僕はテーブルにひじをつき手に頬を乗せそう思った。
青いジャージに着替えた学生がグラウンドに向かうなか、部活のない学生は僕を含め校門の前を通り過ぎていた。
「……あっ、惠斗!」
僕の姿を見つけて、嬉しそうに近寄ってくる赤いランドセルを背負った陽菜。白いシャツに黒いジャンパースカート、頭には黄色い帽子をかぶった姿は高校では珍しい。そのため下校中の生徒の目をよく引き付ける。
「一緒に帰ろう!」
陽菜は僕の左手を両手で掴んだ。そしてぐいぐいと引っ張る。その勢いは僕の身体を引っ張っていくほど強かった。
「どうしてここに……」
彼女に注目していた好奇な視線が一目散に僕に集まる。野次馬に混じってヒソヒソと話す女子の声が耳に入った。
これはきっと明日には学校中に噂が広がっているに違いない。
「えへへっ、学校終わって急いできちゃった」
悩みなんか無いように無邪気に笑う彼女に思わず僕は一瞬にして、周りの生徒のことを忘れた。
「歩きで来たのか? 小学校から結構な距離があると思うけど……」
「ふふふっ足には自信があるから、これでもクラスで一番足が速いの」
その場で走って握ったこぶしで自分の胸をぽんっと叩いて自信満々に胸を張る彼女に僕は苦笑いを返す。
「お母さんにはちゃんと来ていることは言ってあるの?」
「あっ……イッテアルヨ」
僕の質問に香里はカタコトのロボットみたいな口調で返した。
これは言ってないやつだな。
「じゃぁ、清華さんに話しても……」
「だ、ダメ!! いっちゃダメ!」
香里は僕の左腕を胸に抱え込むように掴んで僕の顔を下から覗き込んでくる。
「いってないの?」
「いったもん……たぶん」
僕の腕から手を放して香里は、後ろで手を組むといじけたように地面の石を蹴った。
「次からはちゃんと家に帰って清華さんに言ってから」
「んっ!」
香里は僕の腕を引っ張る。お説教はもうこれ以上勘弁だという感じに不貞腐れた横顔が見える。
僕は彼女につられて歩きだす。
「子ども扱いしないで」
「小学一年生はまだ子どもだろ」
「惠斗だって高校一年生で子どもでしょ」
「高校生と小学生は違うだろう。身体も大きいし、歳だって……」
「そんなの一緒だよ!! 同じ一年生!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
確かに中学と高校ならまだその理屈はわかるが、小学一年生と高校一年生は10も歳が離れているのだから、まったく別物だと僕は思う
「知らない。惠斗かわいくない。そういう融通が利かないこと言ってると女の子にモテないよ」
年齢=彼女なしの僕にとってその言葉はグサッと胸に刺さる。
「陽菜には関係ないだろう」
「あー、そうやってまた子ども扱いする」
手を繋ぐ僕のほうを見上げて香里は歩く。
「子どもだろう。背だってちんちくりんだし」
「小さくないもん、すぐに大きくなるから、給食の牛乳だって残さず飲んでるから」
「牛乳だけじゃ大きくならないよ」
「えっ、そうなの!?」
「そうだよ。背を大きくしようと牛乳パック半分を毎日飲み干していた奴が言ってたんだ。それに早く背を大きくしてどうするつもりなんだ」
僕は自分の経験談を話しながら小さな手の持ち主の存在をそばに感じながら歩く。
「だって、早く大きくなりたいだもん。大きくなれば、惠斗と一緒になれるでしょ」
「その頃には僕は社会人だ」
「えー! 待っててよ」
香里は手を引っ張って立ち止まる。僕は振り返って彼女の顔を見下ろした。
「一緒に高校生になろうよ」
そう、無垢に笑う目が合う彼女の視線が悪魔のささやきのように思える。
僕だった本当は勉強なんてしたくない。だけど大人ってそういうものだ。やりたくないことをやる。だから大人になれる。そうやって僕たちは、得意でもないことや好きでもないことをして大人になるトレーニングをしている。だって大人は自分で稼いで食べていかなくちゃいけないから。大人になったら自分のことは自分で面倒を見なくちゃいけない。いや、今もそうだけど。
「どれだけ留年させる気?」
「だって、一緒に行きたいだもん」
「こうして高校に来てるからいいだろう」
「やだっ、やだっ、やだっ! 一緒に行きたいの!」
駄々をこねるように香里は何度も首を横にふった。
「無理なものは無理だ」
「惠斗のケチ!」
僕にそんなことを言われても困る。この世界のルールは大人たちが決めてる。僕たちより早く生まれた子どもがこの世界を支配して動かしているんだ。僕はそのおこぼれに預かっている一人にしか過ぎない。社会になんの影響力も持たないただ一人の子どもだ。
「一緒に帰ってあげるから、それで我慢しなさい」
「わかった我慢する」
やっとわかってくれたか、年長者の言うことは素直に……ん? なんかやけに素直じゃないか。
「これからも一緒に帰ろうね。惠斗!」
香里の赤い両頬を万遍にあげた笑みに、僕はようやく自分が誘導されていた事実に気づいた。
「やられた……」
一緒に帰る言質を取られてしまった。頭を抱える僕の隣で、香里は両腕を僕の腕に巻き付けて嬉しそうに笑みを浮かべていた。その太陽みたいな眩しい笑みに僕は思わず自然と笑みをこぼしていた。
また君に会いに行きます 二村 三 @333323333
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