少女A

六辺香 文華

少女A

首輪をつけた少女は、突然飼い主から突き放された。

暗い、暗い、底の知らない世界へと。

『…何も感じない。』

少女はそう思った。否、元々感情などとうにどこかへ捨て去ったはずだから、ないに決まっているとも思った。

そう考えているうちに、冷たい地面にたどり着いた。

ゆっくりと少女は体を起こし、あたりを見渡した。

まだ、何も見えない。

触ることも、においをかぎ取ることもできなかった。

しかし瞬間的に、ぴかっと何かが光った。

その光は次第に光る速さを増し、ついには一つの光として少女の足元を照らした。

「…進んでもいいのかな」

少女はぼそっとつぶやいた。


すすんでいいんだよ


少女はハッとした。女性でも、男性でもない。でも、どこかで聞き覚えのある声だと少女は認識した。

そして彼女は進むことを決意し、一歩ずつ、チマチマと歩き出した。

歩く度に、足元を照らす光は強くなり、最初は白色だったのが、次第に虹色へと変化していった。

そして一番奥だと思われる場所へとついた途端、虹色の光は上に打ちあがり、少女のいる「世界」を照らした。

その「世界」は、少女が生きてきた「セカイ」とは全く異なる、異世界だった。

たくさんの人が笑い、幸せそうに暮らしている。

どこどこまでも続くネオン街。

何もかもが、きらめいて見えた。

『…息が、しやすくなった気がする』

少女は不思議に思いながらも前に進んだ。

「ねえ!」

「えっ」

振り返ると、そこにはピンク色のやや派手な服を着た少女と同じくらいの女性がニコニコしながら立っていた。

「あなた、名前は?」

「えっと…―――です」

「そうなの!私めちゃって言うんだ!この世界の案内人をしてるの。見た感じはじめてだよね?」

少女はこくりと頷いた。

「じゃあ一緒に探検しよ!ほらこっちこっち」

めちゃはパッと少女の手を取り、小走りした。それに釣られて、彼女も走った。



めちゃは少女にいろんなことを教えた。

おいしい食べ物屋さんや映画館、ホテル―

「今紹介したやつは、その首輪があればぜーんぶ無料だから安心してね!」

「い、いいの、ホテルまで…」

「うんっ!もちろん」

「だけどね。一つだけこの「世界」に住む条件があるの」

少女はごくりと唾をのんだ。

「それは、絶対にめちゃたちから離れないこと。ね?簡単でしょう?」

そういう彼女の瞳には光が通っていなかったが、そんなことも気づかずに、少女は

「うん。わかった」

と返事をしてしまった。

「うんうん、そう来なくっちゃ!これからもよろしくね!」

とめちゃは幸せそうな笑顔になった。



それからどれだけの月日がたったのだろうか。

少女はすっかり「世界」の虜となり、昼夜問わずに遊び暮らしていた。

しかし、少女にとっては良いことばかりでしかなかった。

味がしなかったごはんもおいしいと感じられ、忘れ去っていた感情も、取り戻していった。

そしてなにより、彼女の顔に本当の笑みが戻ったこと。

めちゃやほかの人たちによって、少女は元気を取り戻していったのである。



ところがある日のこと。

少女に異変が起きる。

突然、息ができないと苦しみだしたのだ。

その原因は、すぐに分かった。

彼女の首輪が、とある方向へと引っ張っていた。

最初は何故、引っ張られていたのかわからなかった。しかし、少女は我に返った。

そう、この首輪の持ち主のことを。

少女は震えた。

もう二度と、あんな世界には戻りたくないと。

しかし、そう思う度に引っ張る強さはますます強くなっていった。

「―――?どうしたの?」

「めちゃ…」

めちゃは心配そうに少女を見つめた。

『私は、どうしたらいい?』

少女は苦悩した。どうしたら、どうしたら―。

「…そうか」

少女は首輪に手をかけ、ぐっと力を入れた。

『この首輪さえ、壊せれば―!』

「めちゃもお手伝いする!」

そして二人は首輪を壊そうとした。その時、ちらりとめちゃの細い腕が長袖から見えた。


―少女は、思わず首輪にかけていた手を緩めた。

彼女の腕には、おびただしい数の真っ赤な線が引いてあった。


次の瞬間、少女はグイッと押し倒されるような形で地面に引きずられた。

「―――!いやっ、いかないで!」

「めちゃ…っ」

少女は手を伸ばそうとしたが、怖くなってやめた。

「は?」

その時、めちゃの様子が豹変した。

さっきまでの表情は消え、すっと立ち上がり、少女の方とは逆の方向に歩き出した。

「めちゃ…?」

「結局、みんな「そっちの人間」なんだ。ずっと一緒にいれないあんたなんかいらないし」

どんどんと距離が開いていくのを、少女はただ見つめることしかできなかった。

「嫌、嫌!違うの!めちゃお願い、私は、私は―!」

「…さようなら。二度と来ないでね」

めちゃは振り返らずにそう言うと、ギュンッと「世界」が消え去った。

少女は、まだ引きずられていた。

涙も、声もでなかった。

また、何もない、暗い所へ来てしまった。

これからどうなっちゃうんだろう。

怖い。苦しい。息が、苦しい―。

そう思った時、温かい水のようなものが少女の頬に当たった。

「あ…」

当たった箇所を指で触れた次の瞬間、持ち主の顔がくっきりと映された。

罵声の矢とともに、少女は繰り返し殴られた。

「ごめんなさい、ごめんなさい!もう二度としませんから!」

するとピタリと持ち主の手が止まり、険しかった表情が天使のような微笑みとなった。

そして、少女を優しく抱きしめ、首輪を外した。

『やった―』


ガチャン。


「え…」

彼女はゆっくりと下を向いた。

少女の首には、新たな首輪がなされていた。

「…はは」

最早、笑うしかなかった。少女は笑顔で持ち主に抱き着き、そのまま姿を消した。

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少女A 六辺香 文華 @Fumika_Rokuhenkou

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