5.やっぱり血が飲みたくなりますわ!


 Q.吸血鬼の本能には抗えないのか?




 吸血鬼お嬢様・波旬はじゅんオリヴィアのヒト活に付き合い初めて数週間。曇天の空とは別に、万波絆汰に荒れ模様。


「絆汰ッ、お前オリヴィアさんと付き合ってるってマジか⁉︎」

「事と次第によっちゃ…………」

「ありません。違います。あの方とはなにもございません」


 どうやら俺とオリヴィアが一緒にいたところを見かけたヤツがいたらしい。それで付き合っていると考えるのは早計だろう。こちとら脅されているのだ、多分。


「お付き合い? ふふ、絆汰さんは大切な友人ですけれど、お付き合いはしていませんわ」


 小一時間後、お嬢様からの公式回答により袋叩きに遭ったのは言うまでもない。



 ◇ ◇ ◇



「どえらい目に遭った」

「恋バナの中心になる……ますますヒトっぽくなってませんっ⁉︎」

「ヒト活しなくても中心になれるポテンシャルあんだろ……」


 放課後。

 いつもは車で帰るはずのオリヴィアが隣を歩いていた。さすがに夜が近づいているからか、それとも曇り空からなのか、堂々と歩いている。


「それはそうですけれど、意外性があるニュースの方が面白くありません?」

「面白くない、絶対面白くない」

「まぁまぁ照れてしまって、お可愛い」


 他愛もない会話も束の間、鼻頭に冷たい感触。ぴと、ぴと……と短い感覚で当たるそれは、やな予感。


「雨ですわね」

「冷静に言ってる場合か、走るぞ!」

「一体どこへ⁉︎」

「とりあえず俺ン家!」


 徒歩圏内で助かった……!

 雨足は強くなり、気づけば制服は重みを増していた。


「こっちこっち」

「…………」


 急いで鍵を開けてドアを開けると、オリヴィアは玄関より少し手前、雨に降られる位置で立ち止まっていた。


「風邪引くぞ⁉︎」

「入って、よろしいんですの?」

「……? 襲いにゃしないからさっさと入れ」


 お嬢様に風邪引かせたなんてことになったら最悪終わるかもしれん。丁重にもてなさねば。


 急ぎ風呂を沸かし誘導。

 まぁ温めながらシャワー浴びて貰えばいいか……


「は、絆汰さんはよろしいんですの⁉︎」

「リヴィさんの方が大事なんでね。ほらほら、入った入った!」


 世間体的に。


「えーと、タオルと……着替えはTシャツとジャージでいいか。後であいつの家に持ってきてもらうとして……」


 あれ……勢いのまま連れてきたけど、家にあげた時点で俺、終わったのでは……?


「ええい、やましいことは何もないのだ! おい、扉のすぐそこにタオル置いとくぞ!」

『……感謝致しますわ』


 即退散。

 しかしリビングにいるというのに、雨音よりもシャワーの音が気になって仕方ない。


 ……余計なことを考えてはならない。

 意外にも早風呂のようで、30分もしないうちに浴室の扉が開いた。


「もしや風呂がお気に召さなかった?」


 お気に召すポイントはないけども。ひとまず穏便に済めばそれで良い……のだが。廊下から近づく足音は、なぜか遅い。


「いい、お湯でしたわ……」

「え? お、おぉ……」


 髪はしっとり、身体も濡れたまま俺のTシャツを着たオリヴィアが立っていた。のぼせたのかぼーっとしている。艶っぽいその姿に、一度視線を逸らす。


「ちゃんと身体拭けよな、ホントに風邪引いて……」


 もう一度見た視界には、赤い目を光らせたオリヴィアが迫っていた。


「え、ちょっ⁈」


 およそ少女と思えない力で押さえつけられ、上に乗られてしまう。


「吸血鬼を家に招くということは、何をされても同意済みということ……!」

「色々見えそうだから離れてぇ!」

「その首筋、あぁ……なんて魅力的なんでしょう」

「フェチ開示は求めてないッ!」


 ダメだ、話が通じてない。

 手首を抑える力はさらに増し、リヴィの吐息が顔に触れる。


「大丈夫。ほんの少し、牙の先だけですから」

「それ絶対全部入るやつぅーっ!」


 柑橘系の香水の匂いが近づく。首を左右に振ったところで逃げ場はなく、オリヴィアは徐々に口を開け……


「では──」


 かぷり。

 上顎の犬歯が左の首筋を突き刺し、流れる血液を吸い上げた。オリヴィアの言うように、その刺激はとても官能的で……


「あだだだだだだだだ!」


 ……はなく、噛みつかれてるので普通に痛くて当たり前だ!!


「ゔぇぇ、どっでもまずいですわぁ〜」


 正気に戻ったのか、よっぽどまずかったのか、どちらでもいいけどオリヴィアが至近距離で悶絶していた。


「いてて、やあっと戻ったか。ほら口拭いて」

「め、面目ありません……」


 口元をティッシュで拭うその姿だけ切り取ると、ゾンビ映画もかくやという光景である。


「最近吸血もしておらず、突然のこととはいえ、暴走してしまいましたわ……」

「なんという運の悪さ、俺」

「だって、本当に素敵な首筋でしたのっ!」

「嬉しくねぇ〜っ」

「あ、味の確認のためにもう1回よろしいかしら?」

「試食じゃねーつうの! ハウス!」

「あぅっ⁉︎」


 デコピンをお見舞いさせると、オリヴィアはソファに倒れた。


「……なかなかヒトには近づけませんわねぇー」

「最近はじめていきなりなれるかっての。お手軽ダイエットじゃないんだぞ」

「そ、そうですわね! 次は血の欲求にも負けませんわ!」


 ぜひそうして頂きたい。

 

「そうと決まれば口直し! 美味しそうなラーメン屋さんを見つけましたの!」

「さらっと俺の血をディスるな」

「まぁまぁ、今夜は奢りますから全トッピングしてもいいですわよ!」

「なら許す。今日は替え玉だ」


 目指せ人間、倒せ本能、親愛なるニンニクの名の下に。棺桶から抜け太陽に微笑もう。


 波旬オリヴィアのヒト活は、まだまだ始まったばかりだ。




 Q.吸血鬼の本能には抗えないのか?

 A.地道に行きましょう



       (了)

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吸血令嬢はヒトになりたい ムタムッタ @mutamuttamuta

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