安楽死制度

ユウケン

第1話


今流行りの安楽死というものをすることにした。

数年前から漠然と計画していたことだ。ついに実行するときが来た。


メールボックスにあった企業のお祈りメールをゴミ箱フォルダに振り分けると、背伸びをしてこわばった体をほぐした。



「困窮者救済のためのに関する法律」が施行されて早7年。

安楽死は既に、年金や消費税のように社会のシステムに浸透しつつあった。


僕にとっては正直、この制度は救済そのものであった。

安楽死制度が施行された7年前はちょうど14歳。中学で将来への絶望とクラスでの嫌がらせに悩んでいた僕には、安楽死が天からの贈り物のように見えた。


僕は、中学以前もそれ以後もろくな生き方をしていない。


うまれつき病弱で小柄だったため、小学校の6年間、友達はできなかった。それどころかどのクラスでもいじめの対象になった。無視をされることから田んぼに突き落とされることまで、大抵のいじめられパターンは経験したと思う。中学校でもそれは同じであった。

地元から離れたくて頑張った高校受験では市内のちょっと良い高校に入学。それが自分の人生のハイライトであったと思う。


今から死ぬ準備をする覚悟を決めたせいか、過去の嫌な思い出が脳内に蘇ってくる。

くたびれたリクルートスーツをクローゼットに放り込むと、ベッドにダイブして心を落ち着けた。


これでいい。これでとうとう大学に行けなかったことも、再起をかけた就職に失敗したことも悩まなくて済む。つらい持病の治療からも開放される。


自分は社会にとって必要ではないし、むしろ邪魔なだけだ。

そう思うと、自分の安楽死がすごい社会貢献であるように思えた。


着慣れた私服に着替えると、役所に行く準備をした。安楽死するにも、色々手続きが必要らしい。一応家族には連絡しようと思ったが辞めた。大学受験を諦めて家を出て以来両親からの扱いは冷たかったし、上場企業に就職した姉からは冗談扱いされるに決まっているからだ。連絡は全ての準備が整ってからでいい。いきなり連絡が来て慌てる家族の様子を想像してにんまりしながら玄関を出た。


平日の午後、役所は相変わらずイヤな空気が流れていた。公務員に八つ当たりしたい人間が集まってくるから当然だ。


整理券をもらって待合に座る。ふと横を見ると、安楽死制度に関するポスターが貼られていた。


「終活、できていますか?──安楽死の前に財産、身辺整理のご相談を!!」


思わずため息が出た。死ぬためには思ったよりやることがあるらしい。よく分からないが役所の人に任せよう。

そんなことを思っていると、すぐ後ろで待っていた。家族が揉めている声が聞こえてきた。


「なぁ、やっぱり安楽死はもう少し先にしないか?」

見るからにくたびれた、白髪交じりの男性が言った。

「はい!!?さんざん相談して決めたことじゃないですか!もう準備は進んでいるんですよ!」

男性の娘と思わしき女性がとがめるように声を上げた。

「まぁそうだけど、やっぱりもう数年頑張ろうかなって」

「いやいや無理しない方がいいよ。闘病もつらいんでしょ?」

女性の旦那らしき男が女性に加勢する。

「うーん、それでも安楽死はなんか抵抗が出てきたっていうか・・・・・・」

「怖くないですよ!一瞬です、多分」

どうやら安楽死をするかしないかで揉めているらしい。人の生き死にについて揉めているのを傍から聞いているのは良い気分ではなかった。

事前に用意していた安楽死関係の申請書を見直しながら効いていると──


「あなたも安楽死の申請をしにきたの?」

老人の親戚が声をかけてきた。

「あ、はい、そうです。自分自身の安楽死申請で──」

少し話しすぎたかも知れない。本来こんな気安くしていい話ではない。そう思って口を閉ざした。しかし──


「ほら!この人もちゃんと準備して安楽死しようとしてるじゃん!!大丈夫だよ!」

老人の娘は心強い助っ人が来たと言わんばかりに、強気で老人に言い返した。

「いやだけどさ、こういうのは本人の希望を優先すべきだろ」

「もうずっと前に結論出したのに、まだ迷うんですか!!?」

老人の家族はなんでこいつは無s駄に生きながらえようとしているんだとでも言いたげな表情だ。


この空間にいるのは耐えられなかった。


「やっぱり、今日は辞めときます」


申請書を鞄に突っ込むと、脇目も振らず役所の建物から飛び出した。

空気が冷たくて気持ちいい。


正直安楽死したい気分が萎えた訳ではなかった。ただ、何となく自分を疎ましく思っている連中、家族、地元の同級生、親戚──それらのことを思い出して、我に帰ったのだ。

今僕が死んでもあの人達はびっくりするどころかむしろ歓迎するかもしれない。


役所での一連のもめ事を思い返す。もし自分が安楽死制度を薦められたとしたら──

帰り道に本屋で寄り道をしながら考えた。

もし家族から安楽死制度を薦められたら、全力で拒否しよう。


本屋で公務員試験の対策本を買った。


僕の延命計画が今日、決定した。



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安楽死制度 ユウケン @yuken88

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